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第四十二話 しきたり

「ルベ、ちょっと散歩でも行くか?」

「うん、良いよ?兄ちゃんから誘ってくるなんて、珍しいね。」

 雨季を超えて夏季が来た、そろそろルベライトの十八歳の誕生日が近い、成人まであと二年と少し、ルベライトは「家を出ていくか嫁いでいくか」と言うカイル家のしきたりに従わなければならない時期が差し迫っていた。

 カイル家はその歴史の特性上、二人目以降の子供は嫁がせるか、家を出すかどちらかをしなければならない、直系長男が家督を継いで、それを継承していく、継がなかった子供達はどんなに鍛冶職人としての修行を受けていたとしても、どんなに兄弟仲が良かったとしても、結果として家を出て、勇者の供回りやアルニードの戦士達に武器を作る、という位置づけにしかなれない、どんなに夢を見ようと、どんなに憧れを持とうと、直系長男以外はそうしなえればならない、それがカイル家のしきたりだ。

「……。俺、どうしたいんだろうな。」

「……?」

 家の近所、そろそろ暑くなってきた、太陽の照っている中を散歩しながら、クォーツは何かを思い悩んでいる様子だ。

 ルベライトにはその悩みがわからない、自分は自分なりに悩んでいるが、クォーツの悩みは違うのだろう、と一線を引いていた為に、クォーツの悩みが分からなかった。

「ルベも、うちのしきたりの事は知ってるよな?カイル家の当主以外は、その母親も一緒に、二十歳になったら出て行かなきゃならない、って、子供の中で一番下の子供が二十歳になった時点で、ルチさん達母親も含めて、家を出て行かなきゃならねぇんだって、だから、俺はそれまでに結婚して、それでよ……。」

「……。俺、母さんを連れていく気ではあるよ、兄ちゃんに迷惑はかけられないし、千代も続いたカイル家の歴史の中で、例外的な措置なんてあっちゃいけない、そう考えたからご先祖様はそう言うしきたりにしたんだろうし……。」

「……。俺、やだ。嫌だって言ったら、嫌だ。しきたりがなんだ、決まりごとがなんだ、慣習がなんだ。俺は嫌だ、ルベと離れ離れになるのも、ルチさんと離れ離れになるのも、パトさんが戻ってこないまま、全てを決めるのも、俺は嫌だ。俺はカイル家当主じゃねぇ、賢人機関だの元老院だのが勝手にそう言ってるだけで、俺は何も納得してねぇ、何も納得出来る武器も鍛造してねぇ、パトさんを超えられる所か、足元にも及ばねぇ、そんな俺が、カイル家当主?笑かすのも大概にしろって話だ。パトさんがいたら、そんな俺を甘ったれるなって叱るんだろうけどよ。でも、当主権限なんてのがあるのなら、俺は家族と一緒にいる道を選びてぇ。」

「兄ちゃん……。」

 街はずれの家から少し歩いて、クォーツがかつて不良仲間と煙草を隠れて吸っていた公園まで来た。

 クォーツは、どこか悲しそうな、何処か泣きそうな、そんな声音をしながら、しきたりを拒絶していた、カイル家当主として生きる様に、カイル家当主として歴史を重んじる様に、そう元老院や賢人機関から通達されていたが、パトロックは行方不明なだけで死んではいない、アルドにいる事は分かっている、だから自分はまだカイル家当主ではない、クォーツは、甘ったれた考えかもしれないが、とそう考えていた。

 ルベライトはルベライトで、これから先はアルニードに煎る戦士達に武器を鍛造して生きていくのだろうな、と思っていた為、クォーツの想いに驚く、昔のルベライトの状態ならまだしも、今のルベライトは槌を振るえる程度には筋力もついている、能力のある、だから財産を分けてもらって、ルチルと二人で出ていく事に何か不満があるわけでもなかった、それが千代を掛けて構築されてきたしきたりなのであれば、それに従うしかないのだろう、当たり前のようにそう考えていた、だから、クォーツの蒼い瞳が涙にぬれている事、そもそもクォーツがそう考えていた事、ルチルにはまだ伝えたくなかったのだろう、だからルベライトを散歩に連れ出して話をしたのだろう、その諸々に驚いていた。

「俺は何も納得してねぇ、パトさんの事も、カイル家のしきたりの事も、何もかもに納得してねぇ。俺が継がんなきゃならねぇ、それはわかってる。ただ、パトさんにまだ全部を教えてもらったわけじゃねぇ、パトさんは生きてる、生きて何をしようとしてる、なら俺に出来る事は、俺達に出来る事は、パトさんを信じて待つ事なんじゃねぇか、パトさんが帰って来た時に、三人揃っておかえりって、何何処ほっつき歩いてたんだって、行ってやる事だ、俺はそう思ってる。だから、カイル家のしきたりがどうだろうと、俺はルチさんにもルベにも、家を出て行ってほしくねぇ。」

「兄ちゃん……。でも、元老院の人達が納得するかな……。」

「納得するかどうかじゃねぇ、させるんだ。俺はそうする、ルベはどうしたい?ルチさんに最初から話しても、しきたりに従って、って言って終わりだと思ったからよ。外堀を埋める、って言うんか?ルベがどうしたいかによって、俺の意見も決めようと思ってんだ。」

 二人はブランコに乗って、ギーギーと古い金属が摩擦する音を出しながら、クォーツは最終決定権はルベライトとルチルにある、そう理解していた。

 だから、最初は覚悟の決まっているルチルではなく、まだ自分より若いルベライトから説得しようとしたのだろう、ルベライトとクォーツ、二人で説得すればルチルも納得してくれるかもしれない、と。

「……。俺は、出ていく気だったけど……。でも、兄ちゃんがそう言ってくれるのなら、一緒に居たい。俺だって、我儘を言っちゃいけない事は分かってる、分かってるけど……。でも、家族が一緒に居られないって言うのは、悲しい。とっても悲しいし、俺だって一緒に居たい。でも……。しきたりを守らないと、父さんは怒るかもね。」

「……。わかってる、わかってるんだ、ルベ。ただ、俺はそれでも、パトさんを迎える時には、皆で泣きながら、抱きしめ合って、良く帰って来たなって、言いてぇんだ。」

 ブランコをゆっくりと漕ぎながら、クォーツは寂しそうに笑う、クォーツにとって家族とは守るもの、守っていかなければならないもの、決してしきたりなどで引き裂かれていい仲ではない。

「お、クォーツじゃん!クォーツ弟と一緒とか、なっさけねー!ブラコンかよ!」

「……。」

「何とか言ったらどうだよ!っけ!詰まんなくなりやがって!」

 ふと、クォーツのかつての不良仲間の中でも、定職に就かず車で暴走をしている類、に声を掛けられるが、クォーツはそんな事はどうでも良い、そんな連中よりも、家族の方が大切だ、とルベライトの方を潤んだ瞳で見ていた。

「兄ちゃん……。俺達に、出来るかな。千代続いたって言うしきたりを変えて、父さんが還って来るまで待つって、出来るのかな。」

「きっと出来る、家族の絆ってのは、怖いくれぇに強ぇんだ。ルベは覚えてねぇだろうな、俺が五歳の頃だったか、ルチさんが出産寸前だって言われて、弟か妹が出来るんだ!なんて喜んでよ、出産が終わってルチさんが帰って来た時、死にそうな顔しててよ。パトさんは工房に籠りっきりで、何してるかもわからなかった。何日か経って、ルベ、お前の産声が聞こえた、パトさんもルチさんも、死ぬほど喜んで、死ぬほど泣いて、まるでルベの産声なんか聞こえない位に、二人が泣いて。俺は最初、何が起こったのかもわからなかった、ルベが産まれた事、産声をあげる事がどれだけ奇跡だったか、なんて事もわからなくてよ。嫉妬したもんだ、ルベにばっかり目がいって、俺は後継者として厳しく育てられて、ルチさんもパトさんも、俺の事をカイル家の後継者としてしか見てねぇんだ、、って思ったもんだ。でもよルベ、結果として、俺はお前に会えてよかったと思ってるぜ?産まれてきてくれてよかった、それがどんな結果だったとしても、最終的には元老院の議決に異議を出せなくて、離れ離れになっちまうんだとしても、それでも俺は、お前に会えてよかった、パトさんとルチさんの子供で入れてよかった、ルベの兄貴でいれて良かった、そう思ってる。」

「兄ちゃん……。俺も、兄ちゃんの弟でいれて良かったよ。」

「じゃ、まずはルチさんの説得と行きますか!」

「そうだね。」

 ブランコを降りて、兄弟は母を説得する為の言葉を探し始めた、皆が一緒に居られる様に、皆が揃ってパトロックを出迎えられる様に、そう願って。

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