第四十一話 水晶と占い
「次の勇者が、選ばれるまでには戻らないとな……。」
アルドに拠点を置いてから四度目の夏、そろそろルベライトが十八歳になるはずだ、と思い出しながら、パトロックは干し肉を買いに行くついでに、珍しくアルニードを散策していた。
と言っても多少の気晴らしにしかならない、あまり時間に猶予はない、今日一日を探索に使ったとして、明日にはアルニードを出発しなければならない。
改めてみると、アルニードは雑多な建築方式をしている、メルンの様な建築方式である煉瓦調の家があれば、ローランの一軒家の様な木造建築があったり、何階か建てのコンクリート製のビルが立ち並んでいる区域があったり、本当に区域の中でも建築方式がそれぞれに違う、そんな光景を眺めているパトロックは、懐かしげな表情をしている。
メルンでは煉瓦と石材で造られた建築が一般的で、それが今でも風化して残っている、残骸としてだが、比較的雨季の長いメルンの地理的には、木材で造る一軒家というのは、湿り気が溜まってしまう為に向いていなかったのだろう、その頃から順当に進化した建築物が並んでいる区域があれば、新興なのだろうが木材での建造物があったり、近代における一つの回答と言われているコンクリート製のビルが並んでいたり、本当に建築模様は様々なこのアルニードは、どの国の出身者が造ったかによって、建築がガラッと変わってきたり、そもそもが建築の年代によって違う、とも言われている。
築年数的には煉瓦、木造、コンクリートの順番に建築年数が若いのだが、基本的に地震と言う災害に弱い煉瓦と石造りの建築は、地震が多いとされているランドルでは採用されていない建築方法だ、と何処かで読んだ記憶があった、地震と言う自然災害は、起こる地域では頻発する、起こらない地域では殆ど発生しない事から「神の怒り」とも言われていたりする、ローランにおいて「神の怒り」と言うのは、雨季に降る雷雨の事だ、雷と言う、人間を一瞬で殺してしまうだけのエネルギーを持った電気、それが雷だと言われていた、この国アルドにおいては、「神の怒り」は雪害、所謂雪崩の事を言うのだ、という話も聞いた事があった、それぞれの国でそれぞれの「神の怒り」の形がある、それぞれに信仰の違いとして、神の所在が違うのだと。
「神は天より民草を見ている者」と言うのがローラン、「神は天より民草に恵みをもたらす者」がアルド、「神は大地にて眠りし者」がランドル、それ以外の国にも、それぞれの神の所在があり、そして信仰があり、宗教があり、そうして人間達は「神の元に生きてきた」と言うのが俗説だ、なんでも、東の国では「世界を分けた者」である竜神王を神として祀っているのだとか、そんな話もあったとパトロックは記憶していた。
兎にも角にも、この国アルドは「雪が積もる事を前提とした傾斜屋根」が基本で、ビルやコンクリートマンションの場合は、屋上に火属性の魔法を設置しておいて、冬の間だけ住人の魔力を少量ずつ徴収、発動して雪を溶かしているのだとか。
「こっちは……。」
この世界には魔力を持たない存在は殆どいない、いたとしたらそれは特異体質の類、人間としては欠落者と呼ばれ、そして賢人機関の調査対象になってしまう存在だ。
アルニードにおいては不必要な存在として扱われ、ローランやランドルにおいてはまだ差別こそされていない、というよりは「魔法をあまり必要としていない社会構造」をしているローランやランドルにおいては、魔力を持っているかどうかは重要視されていない、ただ賢人機関が勝手に大金を払って研究対象として扱っているだけだ、アルニードにいる人間だったり、勇者に与する存在としては魔力は必要不可欠、医者だったり賢人機関の所属人物だったり、魔力がまだまだ必要とされている存在もいるにはいるが、基本的にローランにおいては「魔法を行使する方が非効率」とされていて、パトロックが魔法で煙草に火を灯すところを見た人物が「異端者」としてパトロックを扱ってきた事がある程度、には魔法は一般人にとっては縁遠い技術体系になってしまっていた。
だからこそ、勇者と言う異端者を輩出した家系は糾弾の対象となる、差別の対象となる、蔑視の対象となる、茶の間で対岸の火事として魔王の事を見ているローランの住人にとっては、魔王よりも「かつては普遍的な要素だったが、現在においては異端な要素」を持っている勇者だったり魔法使いだったり、魔力を扱っている人間の方が身近な脅威として映っているのだろう。
「……。」
干し肉を買いに行くついで、と言うのは少々探索が過ぎたか、裏路地の方に来てしまっていたパトロックは、怪しげな裏路地の、少しばかり迷宮じみた構造の中で、迷っていた。
どちらから来たか、どちらに行けばいいか、それがわからなくなってしまっていた、人の気配のする方に行けばいい、と気軽に考えていたが、しかしそれが少々遠くにあるのか、少しばかり苦戦しそうな気配がする、とそう考えながら歩いていた、その時だった。
「そこの、そこの。」
「ん?俺か?」
声を掛けられた、こんな路地裏に住んでいる人間が、パトロックに用事があるとは思えないが、しかし声を掛けられたのは間違いなくパトロックだった、そちらに目を向けると、黒いローブに身を包んだ、萎びた手の持ち主、が台座に水晶を置いて、それに左手をかざしながら、右手でパトロックに手招きをしていた。
「何か用か?」
「ふむ、ようやくやってきた、儂の占いの主がやってきた、ようやくと儂の役割を終える事が出来そうじゃ。」
「……?」
老婆にも見える、老人にも見える、フードを目深にかぶっていて、声のしゃがれ方と手つきでしか判断をできない、そんな老人の方にパトロックが訝し気な瞳をしながら近づく、老人か老婆かは、そのローブの奥底に見える水晶にも似た瞳でじっとパトロックを見つめていた、台座に水晶を置いて「占いの主」と言ってた事から、占い師と呼ばれる類の人間である事は理解出来た、ただパトロックは占いと言う非現実的な話を信じた事はない、占いとは弱い人間が通い詰めて、金銭を貪られると言うシステムの事だ、とパトロックは認識していた、かつて歴史の中においては占星術師、星の灯りから予言をするものだったり、予言者と呼ばれる者達がいたらしい、という事は聞いた事があったが、それらは結果として廃れていった技術の類、だと言われてから久しい、にも関わらず、ここにきてそう言った類の人間に出会った、しかもこのアルニードの地で、たまたま路地裏に迷い込んだ時に出会った、それにパトロックは何某かの意味を感じていた。
「金か?それとも飯か?どっちだ?」
「カカカ、そんなもんは要らんのじゃよ。お主、パトロック・カリナート・カイルじゃろう?カイル家の末裔、息子の名は確か……。」
「まった、なんで俺の名前を?」
「カカカ、全てはそう準えた結果よ。儂がお主を待っていたのは、全ては水晶の導きよ。」
水晶の導き、出会った事がないはずのパトロックの名を知っている理由、そこにパトロックは興味を持った、この男とも女ともわからない老骨は、何かを知っている、薄暗がりの路地裏で、ほんのりと光を放っている水晶とパトロックを交互に見ながら、何かを知っている素振りを見せている、そして金銭も食料もいらない、という言葉、それにパトロックは興味を持っていた。
「カカカ、お主は今、賢者の石の在り方を探しておる、その在り方は、息子であるルベライトが生きていい理由を探す為……。」
「それをどこで?」
警戒しなかった訳ではない、パトロックは「行き先や行く理由」をルチルにすら告げていない、誰にも話していなかった、にもかかわらず、この老骨はそれを言い当てた、どうしてなのか、まさか本当に水晶の導きとでも言うつもりではなかろうか、パトロックは訝し気に首を傾げ、眉を顰める。
「カカカ、言っておろう?全ては水晶の導くままに、儂は水晶を通して世界を覗くのじゃよ。あるべき者達の、あるべき定めをな。」
「あるべき、定め……?」
「そうじゃな、儂の最期の役割、水晶に定められた最期の勤めじゃ。お主は賢者の石の製造法を探し出す、メルンの大図書館ではない、メルンの元老院にそれは貯蔵されておる。詰まる所、お主は探すべき場所を間違えていた、という話じゃな。数年後、そうじゃな、年月としては三年程度の月日。その後に、お主は賢者の石の製造法を見つけ出す、それがどこにあるのか、と詳細を聞くでないぞ?儂はお主の定めを見ているだけ、元老院の集合する場所である議事堂にそれはある、としか水晶には映らん、お主がその記述を見つけるところ、を見ただけで、それが議事堂である事以外は儂も知らんのじゃ。そうじゃな……。お主は、大きな選択を迫られる時が来るじゃろう。家族の命、息子の命、賢者の石がある自と定めた者の命と、それ以外の命、それを天秤に掛けなければならん日が来るじゃろう。その時、お主がどういった選択をするか、によって、この世界だけではない、この世界の外側の、あるべき場所の定めが変わるじゃろう。」
「この世界だけ、じゃない……?」
「カカカ、水晶とは世界の記憶を持つ者、水晶はこの世界がこの世界足り得る前から現存する者、別たれる前の記憶を宿す者。賢者の意思とはまた違う、お主達の定めを知る者じゃ。」
「……。選択、それは……。」
一瞬目を閉じて、老骨の言った言葉の意味を考えて、次の質問をしようとパトロックは目を開いた、が。
「いない……?」
老骨は忽然と消えてしまった、つい一秒前までそこにいたはずの老骨は「役目を果たした」と言わんばかりに、水晶だけを置いて何処かに行ってしまった。
ほんのりと輝いていた水晶が、まるで役目を終えたとばかりにその輝きを失っていく、その刹那、パトロックは視た。
「……?」
ルチルとクォーツと、三人で工房にいる、そして、ルベライトには「来るな」と強く言っている、そんな場面をパトロックの脳裏が映像として認識する。
クォーツに来いと言うのならわかる、ルベライトに攻防に入るなと言うのはいつもの事だ、ただルチルを工房に連れて行く、という選択肢をパトロックは今まで取った事がなかった、ルチルが体が弱いのは周知の事実と言うべきか、工房の熱に耐えられる程体が丈夫ではない、と言うのがパトロックの中の認識で、だからこそ「ルチルを工房に入れた事」はなかった。
「選択……。」
大きな選択、この世界だけではない、他の世界をも巻き込んだ、何かを引き起こす選択、それを迫られる、とパトロックは老骨の言葉を解釈した。
「……。」
水晶と台座は、主を失って物寂し気にしている、パトロックがその場を離れながら意味を考えて、もしかしたら水晶に何か仕組みがあるのかもしれない、と思って道を戻ると、そこにはたどり着けなかった、老骨に声を掛けられる直前まで感じなかった人の気配が近くにある、台座と水晶の方に向かったはずなのに、気が付けば大通りに戻ってきていた。
「……。」
何かが起ころうとしている、大図書館ではなく、元老院の議事堂にそれはある。
それだけしれれば上等、パトロックはそう思考を纏めて、宿に戻った。




