第四十話 世間の歪み
「そろそろ、次の勇者候補でも選抜されるのかねぇ。」
「どうなんだろう?兄ちゃんが造った武器を持っていった人はいるんでしょう?」
「そだな、おこちゃまがいたな、ルベと同い年か、それより年下の子供だった。」
クォーツが二十二歳になった頃、アルドでは冬季に入ってすぐ事。
リビングでテレビを眺めながら、クォーツはタバコを吸って苦々し気に笑っていた、ニュースの内容は「勇者ソーラル、無念の死を遂げる」という内容で、ソーラルが亡くなってから数か月がたって、次の勇者は誰か、という特集をやっていた、その番組を見て「世間話」をする御婦人方がいる、と言うのがクォーツに苦々し気な笑みを浮かべさせる原因だった、自分達の子供の年齢の若者が魔王に立ち向かい、そしてその道中で死んでいった事、を茶の間の談議に使う、今ニュース番組に出ている「ソーラルの知り合い」だというモザイクを掛けられた取材対象の人物は「ソーラルがいかに臆病者で、勇者として不適切だったか」を熱心に語っている。
クォーツは知っていた、ソーラルは臆病ながらに覚悟をして勇者になった青年だと、自分と同い年だったソーラルが、恐怖も怖れも呑み込んで、勇者として立ち向かっていこうとしていた事を、知っていたからその知り合いの言葉がうすら寒く感じていた。
「こういう連中の為に命なんざ使うのは、馬鹿々々しく感じたりもしないんだろうな、あいつら。」
「あいつらって、勇者の子達の事?……。ソーラルさんって、あの人だよね、何年か前に父さんに武器を貰ってた人。兄ちゃんと同い年だ、って言ってなかったっけ?」
「あの頃はまだルベは車いす使ってたっけか、懐かしいな。……。ソーラルは確かに臆病だった、俺から見ても、勇者になれるタイプのやつじゃなかった、俺が何かを言うのは間違ってる、そんな事位わかってる。ただ、あいつはそれでも、勇者とて選ばれたのなら、その使命を全うしたい、臆病だったとしても、怖かったとしても、魔王に立ち向かうのが恐ろしかったとしても、それでも戦う道を選ぶ、って言ってたんだ。こんなどこの馬の骨ともわからねぇ連中に、臆病者で勇者にふさわしくない、なんて言われる筋合いはねぇんだ。」
「……。皆、どうして勇者の人達の事を悪くいんだろうね。だって、勇者が居なかったら、俺達魔王に滅ぼされてるんだよ?魔王が何処まで侵略してくるのか、って言うのはわからないけど、少なくてもアルドは滅ぼされちゃったんだし、ここだって無事じゃすまないと思うんだけど……。」
勇者を悪し様に言う人間は少なくない、どころか「勇者に選ばれた人間が存在した家庭」は、買い物をする場所が制限されてしまう程に差別の対象となる、「勇者として選抜された家庭」は忌避の対象として見られ、スーパーマーケットや街の商店を出入り禁止にされてしまう程に、弾圧の対象として見られてしまう、という事の顛末だ。
それを勇者達は知らない、勇者達は産まれてすぐに母体から引き剥がされ「勇者としての育成所」で赤子の頃からずっと育てられ、外界と一切の交流を持たないままに勇者としてアルドに向かわせられる、そこで初めて勇者は外部の世界を知る、それ以外で勇者が外の世界を知るきっかけがあるとしたら、それこそカイル家と関わる程度だろう、カイル家に関わる事で外の世界との関係値を知り、そして自分達の血縁が弾圧の対象となっている事も知らずに「世界を守れば皆が救われる」という甘言に唆されて、勇者としての鍛錬を積んでいく、それが勇者の現在における在り方だ。
つまり、ニュースに出ている「ソーラルの知り合い」がどこでどう知り合ったのか、という話を突き詰めるのであれば、勇者の宿舎関係者が話している、それすら気づかずに茶の間は勇者叩きに熱心になっている、勇者を育てている宿舎の人間でさえ、勇者の尊厳と「自分の言葉が茶の間に乗せられる」という事柄を天秤にかけた結果、茶の間に乗るという有名性を取るのだから、勇者達が報われないと考えても過言ではないだろう、クォーツはそこに憤りを感じて、眉間にしわを寄せていた。
かくいうカイル家も、無駄に歴史が長く元老院や賢人機関と言った「施政者としての側面を持っている一族」だから弾圧の対象になっていないだけで、近所には家すら建っていない、半径百メートル以内に家が一軒もたっていない、そんな孤立した場所、にカイル家は建っていた、ただ、そこに関しては一子相伝である鍛冶職人としての技を盗まれない、という意味合いでは有難い、とパトロックはかつて言っていた。
パトロックは読書が友達だと言っていた、クォーツは世間に対するアンチテーゼとしての不良仲間しかいなかった、ルベライトも友達と言う友達はいない、それがカイル家にたいする「扱い」なのだろう、パトロックはかつてそう言っていた。
「どいつもこいつも、世界が守られてる理由なんて知らずに生きてんだから、平和ってのは欺瞞だな。」
「……。でも、俺達がそれをやめちゃったら、勇者の人達が武器も持たずに殺されに行くって言う事になっちゃうし……。だって、勇者の人達は武器を持ってないからって、諦める人じゃないでしょ?」
「そだな、あいつらが死なねぇ為にも、一日でも長く生きられる為にも、俺達の一族は武器を鍛造し続けなきゃならないんだろうさ。ただ、むかつかねぇわけじゃねぇ、むかつくんだよ、ああいう平和ボケした連中見てるとよ。」
平和ボケしてる連中、ローランにおける一般市民、何も知らず平和を享受しておきながら「平和の礎となった者達」を剰え弾圧し、娯楽として消費している人間達、それがクォーツの怒りの原因だった、パトロックはそれは仕方のない事、カイル家の後継者として、何があったしてもそれを続けていくしかない、とずっとクォーツに言い聞かせてきたのだが、クォーツからしたら「光に生まれた」だけで勇者として攫われて「勇者を産んだ者達」として家族が弾圧されて、違う地方への引っ越しを余儀なくされて、親子や兄弟、家族親戚と離れ離れになって、結果として無事かどうか、勇者としての務めを果たして死んでいったのか、それとも敗走して落第者として扱われるのか、どちらにしろ茶の間で消費されて初めて「自分の産んだ子供、血を分けた家族」の行方や末路を知る、それが勇者達の扱いだ。
悲しい現実、というよりは憤るべき現実、それがクォーツの目に映っていた怒りだ、ルベライトはそれをなんとなく理解していた、パトロックから何かを教わったのかと問われると、ルベライトは過保護に育てられたが故にそのあたりの話を聞いていなかった、ただ、パトロックが行方知れずになってからずっと、クォーツからカイル家の立ち位置や歴史、勇者の在り方を教わってきたのだから、それ位の事はわかって然るべきなのだろう。
「クォーツ、今日はご飯食べるの?」
「ん、今日はそだな、ブロンズランスを作り終わったところだし、久々にルチさんの手料理が食いてぇな。」
そこに買い物から帰って来たルチルがやってきて、この話はいったんお終いだ、それが兄弟の中での暗黙の了解だった。
ルチルはその「勇者の血族として弾圧された」結果にこの地方にやってきた家族であり、そして別地方から流れてきた噂によって、友も仲間もいなかった、公園で一人遊んでいたらいじめられていた所をパトロックに見つかって、それが出会いで二人は結ばれた。
それに関してはルチルが良く話していた、お父さんには虐められていた所を助けてもらったのよ、だから貴方達も、きっと虐めを受けている子がいたら助けてあげてね、そう教わってきた兄弟が、そのいじめを想起させるきっかけである勇者の家族の末路、の事をどうしてルチルの前で話せようか、パトロックでさえ、ルチルが入ってこない工房でしかその話をクォーツにはしなかった、その程度にはデリケートな話だ。
「ソーラル……。亡くなってしまったのね、きっと、頑張ったんでしょうね。」
ルチルはニュースを途中から眺めて、祈りの部屋に向かう。
祈りの部屋には、神と呼ばれる翼のある老人の像が祀られている、この世界を創造したという伝承が残っている「竜神王」ではなく、その際にこの世界を守護する事を選んだ「守護神」の像、千代この土地と工房を守り続けたカイル家の、祖たる者が彫刻として彫った、とされる像、そこにルチルは「勇者の魂が安らかであります様に」と願った。




