第三十九話 ソーラルの果て
「……。」
勇者の末路、どう足搔いても悲しい結果しか生みださない、勇者の末路を見ていたパトロックは、手を合わせて勇者が無事に天に昇れるように、と願っていた。
ガルダ山脈の近郊、以前アルベルトが亡くなっていた場所より手前、そこでソーラル一行は息絶えていた、誰か彼もまだ若く、魔法使いも神官も結界師も十代から二十代であろう、若い勇者一行は、儚くも散っていた。
口元を苦悩に歪ませ、半身を失い、眼を見開いて死んでいたソーラルの目を閉じさせ、パトロックはそれ以上をせずにメルンに向かう、遺品をそれぞれから一つずつ受け取り、その場を去っていった、後は動物やモンスターが喰らうか、それとも大地に還って行くか、どちらかの結末になるのだろう。
メルンの民の様に肉体が滅んで骨だけになって行く、という事はないだろう、野生動物然り、モンスター然り、人間を喰らって大地に還す生物は複数存在する、それが「微生物による風化」をしないというだけで、骨まで喰らうモンスターなどざらにいる、むしろ他のモンスターや動物が喰らった後の「骨」を好んで喰らうモンスターがいる、と言われている位だ、ソーラル達の肉体も、いずれはその喰らう者達によって大地へと還っていくのだろう。
「……。」
納得しているのか、と問われた時、パトロックは「納得している」と答えなければならない側の人物だ、勇者に武器を鍛造して、戦地に赴かせる一因となっているのだから、それは納得していると答えなければ、元老院と賢人機関が許さないだろう。
ただ、年端もいかないと言えば少し子供に見すぎているのだろうが、二十代になったばかりの青年に、勇者としての責務を押し付けて、自分達は命令や勅命を出すだけ、と言うのに納得は行っていなかった、賢人機関の中には、かつては勇者の仲間だった人物もいるとは聞いていた、魔法使いが主だった構成員である賢人機関、そして施政者足る王の直属の議会である元老院、元老院にはカイル家も動員された歴史がある、という話ではあった、鍛冶職人として引退した後、元老院に歩を進めた長生きな祖先も、居たには居たという話だ、ただ、元老院に行った所でどんな発言権を持っていたのか、と問われた場合、そこまで重要な発言権は持っていなかった、というよりは「そもそものカイル家の発言権が強く、そこまで変わらなかった」という歴史があるらしかった、カイル家の歴史はこの世界の歴史と同義だ、竜神王と言う歴史上の存在が世界を「分割」してからずっと、勇者と魔王と言うシステムが構築されてからずっと、勇者へ武器を鍛造し続けてきた、それこそ「武器の鍛造を独占」している程度にはそれに精通した一族が、発言権が弱くては困るだろう、元老院や賢人機関より歴史がある一族なのだから、それは発言権があってしかるべきだろう、そう歴史には書かれていた。
その先祖がどういった働きかけをして、元老院に行って何をしたのか、についてはパトロックは知り得ない、ただ「魔王との和解」を選ばずに、勇者を選抜し続ける事に承認をしていたのだから、ろくでなしだったのは間違いが無いだろう、その程度には「パトロックは現行のシステムに懐疑的」な立ち位置だった。
と言っても、パトロック一人で何を変えられるのか、何も変える事は出来ないだろう、発言権の強さこそあるカイル家の出自ではあるが、基本的に仲間と呼べる存在がいない、カイル家は孤独の家系でもある、カイル家に生まれるという事は、それだけで「周囲から好奇の目で見られる」事を容認しなければならない、という事になる、その程度には、ローランにおいては魔王と言う存在は対岸の存在で、勇者に選ばれるのはろくでなしの社会不適合者を収容する為だ、と実しやかに囁かれている程度には、勇者と魔王の戦いと言うのは、対岸の火事だった。
結局、皆安全圏からものを言っているだけ、勇者に選抜される者は生まれ付いて決まっている、産まれた時に「光が主だった属性である」と医者に言われた瞬間、その子供の命運は決まる、勇者として魔王を打ち倒すか、それとも魔王やモンスターに殺されて、それこそソーラルの様に、アルベルトの様に、道半ばで息絶えるか、どちらかしか道は残されていない。
「ソーラル、お前さんは逃げるべきだったんだよ。」
メルンに向かう道中、メルン近郊の清流の川で水を汲みながら、パトロックは改めてソーラルの性格を思い出す。
勇者に選ばれた者達、生まれついて光を授かった者達は、基本的には豪胆で勇敢な性格、ある意味では無謀ともとれる性質を持っていて、血気盛んに魔王と討伐しようとする、それが勇者の基本的な性格であり性質だった。
アルベルト他、パトロックが今まで武器を渡してきた勇者の卵たちは皆、それに該当する性格と性質を持ち合わせていた、例外的だったのはソーラルだけだった。
ソーラルは臆病者で繊細、勇者にはとてもではないがなる気質を持っていないだろう、と言うのがパトロックの見立てだった、八年程前に両手剣を取りに来た時然り、その前にブロンズソードを取りに来た時然り、ソーラルの瞳はいつも怯えていて、その手は剣を握ると震えていた。
怯えている瞳、震えている手、霞んでいる様な声、そう言った「勇者らしからぬ素養」を持っていたのがソーラルだった、そのソーラルが一念発起して勇者として旅立った、それは勇者の育て役からしたら「誇り高い」事なのだろう、昔話をしていた「勇者の育て役として、弟子が旅立っていくのは誇らしい」という言葉を真に受けるのであれば、ソーラルが旅立った事、そして道半ばで死んでしまった事すら「誇らしい」と言うのだろう、自分が勇者として魔王の軍勢に敗走して生き残ったから、それがコンプレックスだから、育て役として「むざむざと死にに行かせる」事だと分かっていても、自分のコンプレックスを解消する為に、弟子を死地に向かわせる、その感情の何と醜い事か、パトロックはトルマリンの跡を継いですぐに、それを感じていた。
ただ、それでも自分はその歯車の一つ、我儘を言ってこの世界の創設からずっと続いているカイル家の歴史を途絶えさせるわけにはいかない、所謂「飲み込むしか選択肢がない感情」という事柄、それが勇者に対する想いだった。
「……。」
水を飲んで少し休憩しながら考える、次の勇者候補はまだ知っている人物だが、その次の勇者候補からは「ブロンズ製の武器を渡したが、メイン武器となる属性を付随した武器」を造っている最中な状態だ、その状態で中途半端にして放り出してきてしまったのはパトロックに他ならないが、クォーツがしっかりと跡を継いでくれているか、それとも不良仲間と何処かに行ってしまっているのか、そこに関しては「知らない」情報だ。
クォーツは鍛冶仕事に関しては真面目に取り組んでいた、私生活が不良だっただけで、鍛冶職人の後継者としては正しくそれを理解している、実際にクォーツは不良仲間とは縁を切り、現在においては真剣に後継者として動いているのだが、それをパトロックは知らない、憶測では真面目にやってくれていると思っているが、実際にどうしているのか、については知り得ない情報であり、パトロックが懸念している事柄でもあった。
パトロックはもう鍛冶職人としては生きていけない、片腕を失ってしまった以上は、両手を使わないと出来ない鍛冶職人としての役割は果たせない、どう足搔いてもクォーツに継いでもらうしか方法論が遺されていないのだが、それをクォーツが是とする確証がない、と言うのがパトロックの心配事の一つだった。
ただ、今の自分にはそれ以上にしなければならない事がある、賢者の石の製造法を知って、在り方を知って、そして「ルベライトが生きても良い理由」を探し出さなければならない、そう考えていたから、ここにいるのだ、そう気を引き締めて、パトロックはメルンに向かった。




