第三十八話 勇者の在り方
「まったく……。」
ソーラル達一行がアルニードを出てから数日、パトロックはメルンを目指してアルニードを出た。
モンスターに遭遇しない様に、出来るだけ岩陰や隠れられる場所を、それはここ三年間でよく理解した事だ、基本的に嗅覚で探しに来るモンスターに対しては風下に行く事で、視覚で探してくるモンスターに対しては死角に行く事で、対処をしていた。
モンスター、その原点は生物にある、とは言われていた事だ、モンスターはかつて存在した生物達に、魔王の祖である初代の魔王が、この世界がこの世界として創立してすぐに、闇による支配と改造をして、それ以来モンスターはモンスターとして生まれ変わる様になった、ある意味では「モンスターも魂を持つ」と言うのが、歴史学者の中での通説だ、モンスターは命を落とすと霧散する、霧散していなくなると思いきや、その魂はまた輪廻の輪に戻って、そしてモンスターとして生まれ落ちるのだ、と。
ならば、モンスターに「堕ちた」魂を帰還させる事は出来るのか、と問われた場合、現在における科学や魔法では「不可能」だと言われている、魂を歪め干渉する能力、と言うのは魔王の特権らしく、一度モンスターに墜ちてしまった魂は、二度と元に戻る事がないのだ、と言われていた。
魔王によって歪められた魂、それは何も動物に限った話ではない、人間もそうなる可能性はある、基本的に光を内包して生まれてくる人間の中にも、時折「闇が表に出て産まれてくる」存在がいる、そう言った存在は人間社会では生きていけない、結果として命を落とした後、魔王によってモンスターへと改造される、それが人型と呼ばれるモンスターの正体だ。
ならばアルニードで「闇に与する者」と呼ばれている、メルンに入れないはずのモンスターが入っている理由、については、「モンスターになり切れてはいない人間とモンスターの境界に存在する者」と言うのがアルニードにおける通説らしい、らしいというのは、パトロックが情報を集めようにも、識字率がローランほか諸外国に比べてめっきり低いアルニードにおいては、口伝のしきたりしか残っていない、本がないから歴史書もない、だから憶測や通説でしかない、と言うのが現状だ。
「ソーラル……。」
数日前にメルンに向かって行ったソーラル達は無事だろうか、あの臆病なソーラルがモンスターと戦えているだろうか、友柄達はきちんと若いソーラルに判断の材料を渡しているのだろうか、そんな事を考えてしまう。
元来が子煩悩な類であるパトロックは、クォーツと同い年であるソーラルがどうして、どうなっているのかを気にしてしまうのだろう、勇者の定めと言っても、勇者は勇者として生まれるべき者が生まれるのだとしても、ソーラルが臆病者である事に変わりはない、数日前、薬酒を飲んでいたグラスを揺らして、必死になって恐怖と戦っていたことに変わりはない、ソーラルが変わり者の類、というべきか、勇者は基本的に無謀とも取れてしまう程に勇敢で、血気盛んに育つ事が多いのだが、その中でもソーラルは臆病者として有名だった、勇者になるべきではない魂が勇者としての素質を持って生まれた、と育て役に言われていた程度には、周囲からの認識もそれに近しい状態だった、それでもソーラルは勇者に選ばれた、選ばれてしまった、そうなってしまった以上は、務めを果たすか逃げ帰って糾弾と蔑視の対象として生きるか、それとも道半ばで死んでしまうか、そのどれかしか道は残されていない、パトロックからしたら、糾弾されるとしても生き残る事の方が大事だと思っているのだが、勇者はそうは教育されていない、勇者は世界の為に散っていくもの、そう定められていると幼少より教育されるのが基本だ。
「ふー……。」
風下で煙草を吸いながら、勇者のシステムに対する疑問を考えるパトロック。
勇者は「光属性」に属する者、地水火風が基本で、稀に光と闇の属性が強く出る者が現れるこの世界において、光属性に属する者は勇者の卵として教育者に強制的に預けられ、闇に属する者は忌み子として扱われ、収容所にいれられて生涯を過ごす、基本的に光が大きな括りな属性であるのに対して、勇者の素質を持つ者と定められた存在達は「光属性を主だった属性としている」違いがある、地水火風が基本、光と闇は大きな括りとしてどちらかに必ず属している、のがこの世界の住人にとっては当たり前だが、その中で「光を主だった属性として発露する異端者」が勇者と呼ばれている人間達の正体だ。
パトロックやクォーツ、ルベライトが火属性が主だった属性、光が大きな括りとしての属性、なのに対して、勇者は光が主だった属性、地水火風が副次的な属性、として発露している、その違いが勇者とそうでない者達の決定的な違いだ。
ソーラルはその中でも「光を主だった属性、副次的な属性として水属性」に分類される勇者であり、武器もサファイアを使った武器を渡していた、サファイアを刃とした両手剣、それがソーラルのメインウェポンであり、パトロックが渡した頃にはまだソーラルは十三歳程度だった、現在のソーラルが二十一歳な事を考えるに、八年間寝食を共にした武器、と言えるのだろう。
「ソーラル、お前さんはな。」
勇者に与えられる武器、の鍛造を許されているのはカイル家だけ、現在においてはスミス家という新進気鋭のガンスミスが勇者への武器の製造を許可されているが、それを扱える育て役がいない、という事で、まだスミス家の銃は勇者には渡されていない。
カイル家の歴史を紐解く事は勇者の歴史を紐解く事になる、カイル家代々の歴史書には、どの勇者がどの武器を使って、どの属性に属していてという事が書かれている書物がある、パトロックも代々の歴史に従ってそれに続きを書き連ねている、今パトロックが持っている片手剣、はパトロックの父トルマリンが鍛造したルビーの刃の片手剣だ、アルニードの長老が火属性に属する勇者だった、という事もあったが、パトロックにとっては一番扱える属性である火属性の武器、と言うのはありがたい話だった。
「……。」
今は夏季、冬季にはまだ時間がかかる、雪化粧をしたガルダと言うのは美しくはあるが、それは転じて自然の恐怖を感じるきっかけにもなる、ソーラルが夏季に勇者として旅立ったのは僥倖、とも言えるだろう、冬季に旅立っていたら、モンスターと戦う前に雪に包まれたガルダを攻略出来なかったかもしれない、勇者として鍛錬は積んでいただろうが、しかしそれは冬季のガルダを超えられる確証に至る訳ではない、そういう意味では、時期を見計らって旅立った、それは賢い選択と言えるだろう。
かくいうパトロックは、雪に関してはある程度知識があるからと強行軍をしていた、冬季だろうと時間が足りるかわからない以上は進むしかない、メルンより北に行くと、ガルダに積もっている雪とは比べ物にならない程に豪雪地帯になるらしい、という事をメルンの歴史書で学んでいた為に、メルンがまだアルドの中では南の方に位置していてよかった、メルンでさえ雪が積もるとある程度は進みが遅くなるのだから、それ以上に豪雪な地帯に足を運ぶのは、相当に苦労するだろう、パトロックはそう考えて安心していた。
冬季用に買ってあった上着、ジャンパーについては今はバッグの中にしまってある、比較的夏季でも涼しいアルドの気候において、ガルダ山脈の中でも頂上に近づけば近づく程に気温は下がっていく、ただパトロックは鍛冶職人と言う都合上、気温や温度の変化には鈍感だった、熱い炉の前に座っていたり、金属を打っている間は熱い空間に、そしてそれを終えたり休憩の為に家に戻れば少し冷えた空気が、それぞれに介在していた為、山脈の気温変化程度では別段着替えをする必要性も感じていなかった、流石に冬季に入った場合はジャンパーを着ないと気温に体力を持っていかれるが、という話だ。
「そろそろ行くか。」
今はガルダの崖近くの風下で休憩していた、岩山であるガルダ山脈の中腹、モンスターはここを超えてアルニードに襲撃していく、そんな場所だ。
個々の崖近く二はモンスターも寄り付かない、モンスターにはモンスターなりの知恵がある、脳無しで突撃してくるだけ、ならこのガルダ山脈で殆どが自然死してしまうだろうが、それをしないだけの知識を持ち合わせている、それがモンスターの生態だ。
ここを超えて、川があって、そしてメルンがあって、その先に関してはパトロックは地図でしか知らない、広大な大地が広がっていて、その先に魔王の居城がある、とされているが、それに関しては口伝な部分が多く、魔王の支配下に関してはこの世界にある記録装置では記録が出来ていない、暗雲立ち込める地域がある、という事だけはわかっているが、テレビクルーも流石にそこまで命懸けで取材をする程馬鹿ではないのだろう、アルニードの事をテレビで報道する事はあっても、そこから先に関しては取材も行かない、勇者について行くとしたらアルニードまで、と言うのがテレビ局の決まり事だ、と誰かが言っていた、そんな事を思い出しながら、パトロックはメルンに向けてあしを進めて行った。




