第三十七話 勇者ソーラル
「お前、ソーラルか?大きくなったもんだな。」
「……?パトロックのおじさん?どうしてアルニードに?」
ルベライトがそろそろ十七歳になるであろう夏季、アルドは雪解けを終えて、穏やかな夏を迎えていた、酒場に冷えたビールを飲みに来ていたパトロックは、勇者様がどうの、と言われている一団を見て、懐かしい顔を見て声を掛けていた。
ソーラル、クォーツと同い年で、勇者の卵としてパトロックが数年前に武器を渡した、次代の勇者として目されていた青年だ。
ツンツンの尖った茶髪に琥珀色の垂れた瞳が印象的な青年は、これから魔王討伐に向けていくのだ、と決起集会をした後らしかった、勇者様から金は取れない、という大将の言葉を聞いて、向こうが覚えているかどうか、と思案しながら声を掛けたのだが、ソーラルもパトロックの事を覚えていた様子だ。
「……。まぁ、色々あってな。」
「そう、なんだ。あれ、左腕は?どうしたの?」
「何年か前に、ちょっとな。」
ソーラルと最後に会ったのは、パトロックが家を出る一年前、ソーラルのもう一代先、ルルという勇者の卵、にまではパトロックは武器を鍛造していた、ソーラルは両手剣を、ルルは片手剣を、それぞれに扱う勇者の候補だった、アルベルトが亡くなって数年、次の勇者が選抜される頃だろう、とは考えていたが、しかしクォーツと同い年のソーラルが選抜されてしまった事には、若干胸が痛む、とパトロックは内心思っていた。
「大将、ビールを。ソーラル、お前さんは何を飲む?」
「ん、僕は薬酒を頂いてるよ。清めの為に飲むって言われてるらしいから、これからの旅に向けて丁度良いかな、って。」
「そうか、そう言う酒もあるんだったか。」
ソーラルはまだ成人したばかり、ビールやウィスキーを飲むような年齢ではなかったはずだ、とパトロックは考えてから質問をしたが、どうやら薬酒、厄除けのハーブや着付けの薬を抽出した酒を飲んでいる、と言うのがソーラルの答えだった、琥珀色の垂れた目が少し酔っぱらっていて、これから先に待っている過酷な未来、に怯えて酔いたかったのかもしれない、という心情をパトロックは察する。
「まったく、お前さんが勇者として選抜されるなんて、賢人機関は何を考えてるのかねぇ。」
「……。光に生まれてしまったから、僕には選択肢がなかったんだと思うよ、パトロックのおじさん。クォーツ君は元気?」
「……。さぁ、どうだろうな。もう三年はあってないな。……。俺が家を出てから、三年も経つ、それに驚かなくもないな。クォーツの成人を祝えなかった、それが悔やまれる。」
震えている、ソーラルの手が、声が、不安げに震えている。
ソーラルは臆病な子だとパトロックは認識していた、光に生まれた者は基本的に無謀と呼べる程に勇気に溢れているのが特徴だったのだが、その中でもソーラルは聡明で、臆病で、繊細な子だと認識していた、だからこそ、パトロックは武器を渡した時に、この子には勇者は務まらない、勇者の卵として育てられたとしても、根っこの性格からして勇者にはなり得ない、そう考えてた、だからこうしてソーラルがアルニードにいる、それが驚きだった。
ソーラルは自分の事を臆病者だ、と言っていた、本人ですらそう感じていた、が正しいのだろう、両手剣を渡した時「僕がこれを振るえるのかな」と不安げに言っていたのを、パトロックは今でも覚えている、それが印象的な子だった為に、勇者の卵として生涯を終える、勇者にはなり得ないと考えていた、そのソーラルがこうして勇者として選抜された、それだけ勇者としての素質を持つ者が少ない、その中で勇者として実戦投入できる人材が少ない事の証左になるのだろうが、しかしそれでも「自身の事を臆病だと正しく評価している」ソーラルでさえ、勇者として戦地に赴かせる、そんな賢人機関の判断に苦言を呈したい、パトロックは言わずにいたが、そう考えた。
「僕に、魔王が討てるのかな……。アルベルトさんは、死んじゃったんでしょう?」
「……。そうだな、メルン近郊で、死んでるのを見つけたよ。アルベルトの仲間の神官がガルダ山脈で離脱して、そこから崩れてしまったんだろうな。メルンまでたどり着いていれば、転移処も使えただろうに、あと少しの所で、あの子は死んでた。」
「……。アルベルトさんは、僕達よりもずっと強かった……。でも、それでも勝てないんだから、僕が行っても……。って言っても、もう戻れないのもわかってるけどね。僕達が敵前逃亡なんてした結果、はわかりきってる、敗走した勇者がどういう扱いを受けるのか、って言うのは、先生に嫌という程教えられたから……。敗走するくらいなら死んで還ってこい、それが先生の教え、先生自身が、勇者の育て役だからっていって、まだ蔑視されてないだけで、先生も生き残ったけど勝てなかった人だ、って言っていたし……。」
ソーラルは、怖くて仕方がないのだろう、仲間がいると言っても、最終的な判断をしなければならないのはソーラルだ、生き残って勝つのか、それとも生き残って負けるのか、死んで負けるのか、それに関してはわからない事だが、戦闘現場における最高責任者、は勇者だ、友柄はあくまで友柄、補佐は出来ても決定権を持たない、それが勇者と友柄の在り方だった。
勇者は最終決定権を持つ、つまりは最終的にどんな決断を下したとしても「勇者がその決定に関する全責任を負う」のが正しい形だとされている、勇者の友柄はそれに従うしかない、そう教育をされ続けている、それ位には勇者の発言権は大きい、と言うのが勇者の事を知っている者達にとっては当たり前の情報だ。
「パトロックのおじさん、おじさんは戻る事が出来るんでしょう?」
「……。戻れるかどうか、は俺が決める事じゃないな。俺は賢者の石の在り方を探している、それが見つかれば帰るし、それが見つからなかったらここで命を終わらせるのかもしれない。」
「……。そっか。おじさんも、背負ってるものがあるんだね。あの頃の事、今でも覚えてるよ。僕に武器を作ってくれた時、僕の手を真剣に見て、どういうグリップの形が良いのか、将来的に僕が何処まで成長して、どんなサイズの何の武器が良いのか、って言うのを見てくれて、あの時のおじさんの眼は、真剣だった。……。クォーツ君が羨ましかった、おじさんの跡を継いで、未来の勇者達の為に、命を預けられる様な武器を作る跡取りとして育てられてたクォーツ君が、羨ましかった。前線に出たくないって言うのもあったけどさ、でもそれ以上に、おじさんの真剣な指導の下で成長出来るクォーツ君が羨ましかった。」
ソーラルは乾いた笑い声を上げながら、薬酒を煽って酔っぱらっている。
今は友柄がいない、大将は別の客の相手をしている、だからパトロック以外にその言葉に耳を傾ける人間はいない、その声を、怖がって震えている手を、怯えている瞳を見る人間はいない。
「……。お前さんが勇者として選ばれる、って言うのは、可能性の話としては知ってた、というよりは、光属性に生まれた者の宿命だ、それは知ってるな?だから、俺は出来るだけお前さん達が死んじまわない様に、使いやすくて強い武器を造ってやりたかった。でもそれでも、死ぬ奴は死ぬ、生き残る奴は生き残る。お前さんが最終的にどんな決断を下して、もしかしたら逃げるのかもしれない、生き残る可能性としては、敗走するか魔王を打ち倒すか、どっちかだ。ただ、俺はお前さんがどんな選択をしたとしても、お前さんを誇らしく思うよ。使命だから、宿命だからって、何もすべてを投げ捨てて死ぬ必要はないんだ。その先に蔑視が待っていたとしても、敗走が悪し様に言われたとしても、それでも生きなきゃならない理由を探す、それもありだろうさ。」
「パトロックのおじさん……。」
ソーラルはだいぶん酔っぱらっているのか、涙ぐみながらパトロックの話を聞いている、それもそうだろう、産まれた時から「光に生まれた」という「適性」だけで全てを判断されて、個々の性格や性質を無視して勇者として育てられてきたのだから、誰かに弱音を吐く事は許されていなかっただろう。
それを「勇者の手助けをしている」パトロックに言われた事、パトロックが勇者というシステムに懐疑的なのも含めて、勇者だからと命を無駄に散らす必要はないだろうと考えている事、それを知って、ソーラルは涙をこぼしていた。
本当は戦いたくない、死にたくない、怖い、投げ出したい、そんな感情が伺える、勇者として選抜された以上、泣き言を言っている場合ではない、供回りの戦士達も、勇者であるソーラルの言葉に従って行くのだ、だから、その従わせる立場である自分が泣き言を言ってはいけない、そう心に言い聞かせてここまで来たのだろう。
「俺は何かを言える立場じゃないのはわかってるけどな。でも、お前さんは生きても良いんだ。良いはずなんだ。光に生まれたからって、何も魔王を倒すか死ぬかの二択でしかいちゃいけない理由、って言うのはないと思うぞ?」
「……。それでも、戦わなきゃならないとしたら、どうすればいいのかな?」
「さあ、な。言える事があるとしたら、後悔がない様に生きろ、とだけだな。それじゃ、俺は一杯ひっかけに来ただけだから。……。死ぬなよ、ソーラル。」
「……。うん。」
泣いているソーラルの頬を撫でて、これ以上話をしてしまったら、ソーラルがここまでにしてきた覚悟を踏みにじる事になる、臆病者だったソーラルが、奮起してここまで来たのに、それを否定する事になる、そう考えをまとめたパトロックは、居酒屋を出て宿に戻った。




