第三十六話 当主として
「ルベが十六歳だなんて、お父さんが聞いたら飛んで帰ってくるかもしれないわね。」
「母さんはもう大丈夫なの?お医者は大丈夫だろうって言ってたけど、暫く寝込んでたんだし……。」
「大丈夫よ、ルベ。心配してくれてありがとう、お母さん、ルベが人の事を考えられる子になってくれて嬉しいわ?」
ルベライトが十六歳になる夏季、ルチルはある程度容態が回復して、普段の家事をこなせる所まで戻ってきていた、ルベライトは安心するとともに心配をしていた、また倒れてしまって、弱ってしまったら悲しい、と。
「ルチさん、今日はケーキ焼くのか?」
「えぇ、ルベの誕生日ですもの。勿論、クォーツの誕生日にも焼くわよ?」
「はは、ルチさんが元に戻ってくれて、俺も嬉しいよ。」
ルベライトの誕生日ケーキを焼きながら、クォーツがドラゴン・キッスを吸っている事に気づいて、クォーツはきちんとパトロックの意思を継ごうとしている、それを確認して安堵していたルチルは、その事を口にはしなかったが、自分によく似たクォーツがパトロックの跡を継ぐ、それを喜んでいた。
目下のところの心配事はパトロックが失踪してから三年が経つ事、ルベライトが十三歳になった頃にパトロックはいなくなってしまった、それ以来三年間音沙汰がない、それがルチルの笑顔に陰りを見せさせる原因になっていた。
もう跡を継いで行くしかないと覚悟を決めたクォーツと、そもそも継承の予定がなく日常で手いっぱいだったルベライトとは、また違う感情をルチルは持っていた、それに関しては三者三様、皆パトロックの事を心配はしていたが、それでもそれぞれの感情がある,そんな所だろう。
「ルベ、武器は振れてるか?」
「うん、だいぶ筋力がついてきたのかな、両手で持てば振るえる様になってきたよ。」
ルベライトが脇差を受け取ったのが一年前、クォーツはそれ以来何も聞いていなかったし、ルベライトにそれで鍛錬をしろ、とも言っていなかったが、ルベライトはルベライトで、受け取ったからには意味がある、武器を渡してきたことには意味がある、そう考えて鍛錬をしていた、勇者の真似事ではないが、図書館に行った際に基本的な剣の攻撃動作を学んで、それを基に両手で剣を振るえる程度には筋力がついて来ていた、それをクォーツは知っていたのか知らないふりをしていたのか、ルベライトの言葉を聞いて笑う。
ルチルにもそのことは話していた、ルチルは最初、ルベライトが武器を持つ事、について弱弱しく反対していたが、ルベライトが良い運動になるから、と言って聞かなかった、現在においてはそれが良い方向に転んでくれて良かった、という立場になっていた。
「脇差ってさ、基本的に片手で振るうものなんでしょう?って図書館には書いてあったけど、俺はまだ両手じゃないと振るえないし……。まだまだ、これからもトレーニングしていかないとだよ。」
「んや、脇差は両手剣に近いはずだぞ?太刀が使えない状態だったり、そもそもが二刀流をする為に片手で使う事もあるけど、基本的には両手剣の類だ。勉強に使った本が間違ってたんじゃねぇのか?」
「どうなんだろう?片手剣に近いっていう歴史がある、って書いてあったから、片手で扱う剣なのかなって、勝手に思ってたけど。」
「さぁ、この世界出身の武器じゃねぇからな、歴史書には残ってても、情報がほとんど残ってない、なんて事だってあり得るんだろ。」
「まあまあ、そういう事は後にしましょう、クォーツ、ご飯は何が食べたい?」
「ん、ルチさんのハンバーグが食いてぇな。カレーも好きだけどよ、ルチさんの得意料理って言ったらハンバーグだろ?」
「はいはい、ハンバーグね。」
勇者の為の武器を鍛造する修行、を重ねているクォーツとルベライト、クォーツにはそろそろ縁談を持ち掛けないといけないだろう、とルチルは考えていて、千代を続くカイル家の家系図を絶やしてはならない、と縁談の為の話を色々と周囲に持ち掛けていた、ただ、カイル家に嫁ぐという事は、莫大な量の資産を得る権利があると同時に、男子を産まなければならない、男子を産んで、次のカイル家の当主として育てなければならない、それが絶対条件な為に、中々縁談候補が見つからない、それが現状だった。
元老院からは跡継ぎを早めに成して、後世の勇者に向けて安心材料を作る様に、とせっつかれていたが、今のクォーツが自分で結婚相手を見つけないのであれば、ルチルが見合いの席を作るほかない、ルベライトは子供が成せる体かどうか、がわかっていない、変声期を超えて第二次性徴をしているルベライトではあったが、所謂種に問題が無いか、と言うのはまた別の話だ、人間と同じ皮膚の特徴をしている、と言っても、陰茎の硬度が人間と同じとは限らない、子供を成す為に必要な精子が陰嚢で作られているのかどうか、も検査をしないとわからない、だから、今の段階ではクォーツに子供を成してもらって、その子供にカイル家を継がせる以外に方法論がない、ルチルはそれをわかっていて、まだ早いかもしれないが、と縁談相手を探している最中だった。
と言っても、パトロックとルチルが結婚したのは、パトロックが十五歳で、ルチルが十四歳の頃だ、そしてそこから数年経って、ルチルが子供を成せるだけの体力がついてからすぐにクォーツを産んで、そして現在に至る、そう言った意味合いでは、クォーツはとっくのとうに結婚していてもおかしくはない、という話にもなってくる、パトロックが行方知れずでいる以上、生きていたとしても現当主はクォーツと言う扱いになる、現に元老院や賢人機関からは継承を、と言われている、それはクォーツ自身が知っている事、というよりはクォーツ宛てに封書が届いて「カイル家当主として活動する様に」と直々に名指しをされているのが現在だった。
「パトさんが戻ってきたら、真っ先にハンバーグ食わしてやんないとな、ルチさん。」
「そうね、お父さんはハンバーグが好きだったからね。お義母さんの作るハンバーグの味を覚えるのは、大変だったわよ?」
ルチルにとっての義母、パトロックの実母の得意料理、がハンバーグだった、十歳を過ぎたあたりからカイル家に入り浸っていたルチルは、その頃にパトロックの未来の嫁として、家事全般の事やカイル家の教訓などを叩き込まれてきた、言い方を変えれば「嫁候補として囲われた」という話だったのだが、勇者の末裔として忌避されていたルチルからしたら、遊び相手の親が好意的で、しかも好意を抱いていた男性と結婚出来て、それはそれは幸せな事だっただろう。
カイル家の人間は早逝する事が多い、嫁いだ人間も産まれた人間も「なぜか長生き出来ない」と言うのがカイル家の伝統と言うべきか、歴史の中で長生きした人間が残っていない、千代を超えるカイル家の歴史の中で、最も長く生きたのが五十歳程度、と言われていて、嫁いだ女も産まれた子供も、皆早逝していく、それがカイル家の呪いだとも言われている。
ただ、ルチルにとってそれはどうでも良い事だった、自分が早死にしようと何だろうと、好きな人と結婚をして、好きな人と子供を成す、それがルチルが幼少から抱いていた夢だった、それを叶えてくれたのがパトロックだった、その結果として早逝しようとなんだろうと、別に構わないというのがルチルの考えだ。
「お父さん、早く帰ってきてくれないかしらね。」
「パトさんの事だから、どっかでしぶとく生き抜いてるとは思うけど、どうなんだろな。」
それぞれにパトロックの無事を祈っている、と言ってもクォーツは当主として振舞わなければならない、ルベライトは将来的に家を出る事を考えなければならない、ルチルはカイル家の呪いが実在するのであれば「そろそろ終末期の準備」をしなければならない、それぞれにそれぞれの感情を抱いていた、皆パトロックの無事を祈っていた、祈りの間で神に対して祈りを捧げもしていた、たダ「そうならなかった未来」を考えなければならい、それは現実としてあるだろう、そう考えを巡らせていた。




