第四話 日常風景
ルベライト・セレン・カイル。
彼は、パトロック・カナリート・カイルと、ルチル・ローズ・カイルの息子、兄にクォーツ・ツァボライト・カイルを持つ、小さな少年だった。
ルベライトは生まれつき体が弱く、赤子の頃からハイハイをするのに精一杯、立ち上がる事が出来ず、車いす生活を送っていて、下半身不随、という程ではないが、自分一人では生きていけない、程度の筋肉量しか持っていなかった、鍛冶屋であるパトロックの後継者として修行を始めていたクォーツとは仲が良かったが、けれども父であるパトロックとは、微妙な関係値と言うべきか、微妙な空気になりがちな少年だった。
「ルべ、起きたか?」
「父さん……。俺、一人でもできるって、ずっと……。」
「いや、お前は体が弱いんだ、頼って当たり前だ。ただでさえ未熟児だったんだから……。」
「独りで出来るって言ってんだろ……!」
「……。済まない、お前もいつまでも赤子じゃない、それはわかってるんだがな。」
赤茶色の吊り目に刈り上げた短髪、父パトロックの品であったツナギを着ているルベライト少年は、絶賛反抗期真っ最中だった、母ルチルとは良好な関係値を築けているのにも関わらず、父パトロックとは中々良い関係値を築けずにいた、兄クォーツは親子げんかに口を出すつもりはない、と言っていて、ルベライトとよく遊んでくれていた、ただ、クォーツはパトロックの後継者であり、「勇者の為の武具を作る鍛冶屋であるカイルの家系」を継ぐ者だ、中々遊ぶ時間はない、パトロックが現在三十代なのを加味しても、クォーツが十五歳、そろそろ一人前になってもらわないと困る、という感覚なのだろう。
「ふー……。」
何の因果か、ルベライトは父パトロックによく似ていて、兄クォーツは母ルチルによく似ていた、パトロックとルベライトが吊り目の赤茶色の瞳、パトロックは脂の乗った体格をしているのに対して、ルベライトは細身、と言うのはあったが、ルチルとクォーツが蒼色の瞳をしていて、クォーツは筋肉質、ルチルはやせ型、という事を考えるに、ルベライトはパトロックの性質を大きく継いでいる、という事になるだろう。
未熟児として生まれた、と言われてから十年、ルベライトは十歳になって、「自分は出自が人間とは違う」という事は知らされていた、体に継ぎ目のある人間が他にいない事、街を車いすで移動していた時に、何の気なしにルチルに聞いた言葉がきっかけで、ルベライトは自身が人間とは少し違う出自である事を知らされた、賢者の石という「成長すらする鉱石」を素体とした鉱石人間、が自分である事、をルベライトは知っていた、それを知った頃から、パトロックと関係値がぎこちなくなり始めてしまったのだ。
鉱石人間として産んでくれ、と言った覚えはなかった、自分が奇形嚢腫として産まれて、そし手パトロックの手によって賢者の石の体を与えられた、ということ自体は感謝していたのだが、自然的な生命体ではない、という一点において、ルベライトはパトロックに反発をしていた。
「よいしょ……。」
慎重にベッドから起き上がって、ふちに座って車いすに乗り換えて、リビングに向かう。
ルベライトの部屋は元来は客室で、二階を子供部屋にあてがう予定だった、という話だったが、けれどもルベライトが虚弱体質であった為に、そこを寝室に変えた、という経緯があった。
「母さん、おはよう。」
「おはよう、ルべ。昨日は眠れた?」
「うん、眠れた。」
リビングに向かう廊下の途中で、母ルチルと話をする、ルチルはルチルでルベライトを起こしに来たのだが、先にパトロックが世話を焼いていた、と言うのが正解なのだろう。
「クォーツ!お前は我慢が出来んのか!」
「ごめんパトさん……!我慢できなくて……。」
リビングの方から怒鳴り声が聞こえてくる、いつもの事だ。
鍛冶仕事をしている時以外は家族で揃って食事がしたい、というパトロックの方針に対して、クォーツは約束を守らない不良青年だった、鍛冶職人としての修行に関しては約束事も守る、そして真面目に取り組むのだが、如何せん私生活においてパトロックにいつも怒鳴られている、主たる理由は「クォーツの食い意地の悪さ」にあった。
ルベライトからしたら、どうして毎度毎度学ばずに同じ事をするのか、どうして学ばないのか、と冷たい目線を向ける事もあった、兄としては有難い存在ではあったが、父からしたら問題児だ、という認識と言うのは間違ってはいないのだろう。
「まったく、あの人達は……。」
「いつもの事だよ、母さん。」
どやされているクォーツの姿を想像しながら、ルベライトはルチルと共に食卓に向かう、食い散らかされた、というのには少々言いすぎなのだろうが、クォーツが先に食べてしまった分、に関しては、普段からルチルが作り足していた。
「それじゃ、全員揃ったんだし、祈りを……。」
「父さん、それもう古いって、何処の家もやってないよ。」
「む、それでもだな、ルべ……。こらクォーツ!まだ祈りを捧げとらんと言ってるだろうに!」
「んぐ……!だってパトさん、パトさんの祈りって長いんだぜ?」
「あなた、あんまり言いすぎると……。クォーツ、お父さんのやりたい事もわかってあげて?」
「でもルチさん、長いんだって……。」
「母親の事は母さんと呼ばんか!」
いつもの光景、いつもの怒声、いつもの謝罪、これがルベライトにとっては日常であり、全てだった。
気が短く涙脆い父パトロック、昔はやさぐれていた、と本人は言っていたが、けれども優しい母ルチル、そして大喰らいで学習能力のない兄クォーツ、パトロックが勇者の為に武器を鍛造している時以外は、これが基本だった、体の弱いルベライトは、如何せん外遊びという事をしない、友達がいないわけではないが、自分が人間とは違う出自を辿っている、という事を知って以降、友達と顔を合わせるのが気まずい、と言って合わなくなってしまったルベライトからしたら、これが日常の全てであって、当たり前の光景だった。
まだパトロックの工房には入った事がない、虚弱体質なルベライトが、高温多湿な工房に入ってきたら、倒れてしまうかもしれないから、と言って、パトロックが入れようとしなかった、だから入った事がなかった、工房がどんな場所で、どんな構造をしていて、どんな風景で武器を鍛造しているのか、をルベライトは知らなかった。
「じゃ、俺行ってくるからー!」
「クォーツ!……まったく……。」
「俺、部屋戻るから……。」
「ルべ……。」
食事をとり終えて、それぞれに解散してしまった後、パトロックは寂しそうな顔をする。
「あなた、あまり構いすぎるのも、かえってあの子には良くないんじゃないかしら?」
「……。わかってる、わかってるんだ、ルチル。ただ、どうしても……。」
ルベライトは覚えていないのだろう、それはそうだ、人間として生を受ける前、テトラマ体として生を受けてから一週間と少し、パトロックとはテレパスで会話をしていた、と言っても、本人がそれを覚えているかどうかは別の話だ。
パトロックが一方的に「ルベライトに対する生にまつわる問」を覚えているのであって、ルベライトは覚えていない、自分が生きたいと願った事も、鉱石の体でも生きていきたいと願った事も、その結果として色模様のあった鉱石だった賢者の石の体が、人間と同じ肌の色に変わった事も、ルベライトは知らない、パトロックは話すかどうかを悩んでいたのだが、現状では話していなかった。
だから、反抗期真っ盛りなルベライトからしたら、虚弱体質だからと言って構いきりになってくるうざったい父親、として映ってしまっているのだろう、それは仕方のない事なのかも知れない、とパトロックは何処かで考えていた。




