第三十四話 二年が経って
「この国の成り立ち、か……。」
数万年前、メルンと言う城塞都市が出来上がった頃の話、メルンが城塞都市として、そしてアルドの首都として機能していた頃の話、それをパトロックは眺めていた、賢者の石に直接関係があるのか、と問われたらないだろうが、もしかするに何某かの記録が残っているかもしれない、と。
この国が創設されたのは「竜神王と言う超常的存在」が世界を分割した直後、まだ国として体を成している場所がなかった時に、魔王という存在に対するカウンターとして、急遽造られた、それ以降一万年と少しの時間をかけて、城塞都市と呼ばれるまでに発展していった、幾つかの書物を読み合わせて紐解くと、そう言った話になってくる。
この国の創設期、に関しては最初は城塞としての役割をただの塀や門が担っていたらしい、魔王の進軍もモンスターの攻撃も少なく、国家としては小さな規模だった、そんな記述がされている。
かつての栄華、としては他の本に書かれていた「メルンが城塞都市に進化していった歴史」の方が正しいだろう、羊皮紙で書かれているこの本は、そもそもがアルドと言う国が創立して、メルンと言う小さな人間が統治する都市が出来た、程度の話だった。
「賢者の意志に関しては、無いか……。」
当時の書物には、賢者の石の製造法は記されていなかった、パトロックがこのメルンの書物庫に来るようになってから三度目の夏季、そろそろルベライトが十五歳になると思われる、来てから二年が経ったここまでの全ての時間を、パトロックは賢者の石の製造法を探す為に使っていたが、それはいまだに見つからない、この大図書館は「メルン創設から滅亡までの、約一万五千年」の記録と、それに付随する全ての国で発行された本や書物の写し、が遺されている、パトロックが速読な方と言っても、現代語とは意味も書き方も違う古代語で書かれた本、それを翻訳しながら読んでいるのだから、それは時間がかかるだろう。
「少し、休憩するか。」
冬季には雪が積もる為、崩れた屋内で火を灯して寝袋に籠っていたパトロックだったが、今は夏季、寝袋も必要がない程度には暖かい気候だ。
ただ、図書館の中でタバコでも吸って、灰が落ちて火が周りでもしたら大変だ、というよりは社会的損失が大きすぎる、という事で、パトロックは大図書館近くの民家の廃墟、に身を隠していた。
護符を持ち始めてからは「闇に与する者」にも出会わなくなった、闇に堕ちた人間の姿だ、魔王に与する事を決めて墜ちていった人間の姿だ、と言われている彼らが、どうしてモンスターが入ってこれないと言われているメルンに住んでいるのか、それもパトロックにとっては疑問だった。
「ふー……。」
もうすぐルベライトが十五歳、あと五年もすれば成人をする、ルベライトは体が丈夫ではない、歩ける様にもなった、散歩して外に出られるようにもなった、ただ、パトロックの中での記憶に残っているルベライトは、現実におけるルベライトの現在よりも、だいぶ体が貧弱だった。
ルベライトが工房に入ってクォーツの手伝いをしている事も、ルチルが衰弱してその世話をしている事も、パトロックは知り得ない、パトロックの家族に対する記憶は、二年前で止まってしまっている。
「ふー……。」
煙草を吸いながら、パトロックは写真をバッグから取り出して、眺める。
ルベライトが歩き始めてすぐの写真、パトロックが家を飛び出す直前の写真、これを見ていると、ここにいて良いのだろうか、ここにいたとして、ルベライトが生きていい理由など見つかるのだろうか、そもそもそんな事柄や理由は必要なのだろうか、そんな事を考えてしまう。
ルベライトが生きていていい理由、ルベライトが存在して良い理由、ルベライトがルベライトとしていていい理由、それを探しに来た、それが己の生涯において最期の役割だと感じていた、十五年前、テトラマ体として生まれて、袋に包まれながら「生きたい」と願ったルベライトが、賢者の石と言う入れ物に入れたパトロックが、そして我が子が人間として産まれてくれた事を喜んでいたルチルが、弟が出来たと笑っていたクォーツが、皆が納得して、幸せになれる様に、ここに来たはずだった。
ただ、ここにきて二年間、メルンに滞在している期間としては一年弱、進展がなく何も発見が出来ていない現在、それが正しいのかどうかが分からなくなってきていた。
賢人機関が言葉を濁した理由、自分で探せと言わんばかりに「賢者の石に関する書物」を一冊だけ渡してきて、そして現在においてパトロックがここにいる事を許容している理由、それもわからなかった。
賢人機関は、この世界においては施政者である国王や、それを支えている議会である元老院とはまた別の組織だ、どちらかと言うと学問や魔法、勇者に関する事柄に詳しい人物達で更生されていて、主だった構成員は「魔法使い」の中でも上位に位置する「賢人」と呼ばれる存在達だ、この世界がこの世界として成立して、最初に国として成立したのがここアルド、そして初めてできた都市がメルン、その頃には賢人機関は存在していた、という歴史を何処かで読んだ事があった、ある意味では「何処が興りで何処が始まりか」が不透明な機関、と言い換えても良いのだろう、その賢人機関がパトロックに見せたのは「賢者の石の在り方」と呼ばれている書物で、賢者の石は奇跡を起こす、その為には魂を消費するレベルでの何かを消費する、という事が書かれていた、そしてパトロックは現在「賢者の石は人間の魂から生み出されている」という所までは理解していた、ただ肝心のその過程がわからない、人間の魂から賢者の石が生まれるのであれば、どうしてローランの人間からは賢者の石が出来ず、ここメルンにおいては未だに賢者の石が採取されるのか、そもそもこのメルンが滅んだ理由、城塞都市として、モンスターを一切受け付けなかったという伝説を遺しているここメルンが、どうして壊滅的に滅んでしまったのか、それも疑問として残っている。
壊滅の理由まではここではわからないだろう、それに関してはパトロックもわかっていた、パトロックは賢い方だ、学校に行ってこそいなかったものの、鍛冶職人の息子として、カイル家当主として、恥じない様にと知識を身に着けてきた、トルマリンが亡くなって、カイル家を継ぐという話になった頃は、鍛冶職人としての仕事や修行よりも、勉学を集中的に鍛えた程だった、「カイル家の末裔は物を知らぬ愚か者だ」と言われるのが嫌だった、と言うのもあったが、順当に学校に通って知識を付けていたルチルに憧れた、という部分もあったのだろう、そう言った意味でも、パトロックは博学な方だった、それこそ古語を翻訳できる程度の賢さと、それを理解するだけの言語能力を持っていた、カイル家の歴代の当主の中では異端と言われていたが、それでもパトロックは真面目に勉学に励んでいた過去があった。
「まったく、俺は……。」
崩れ落ちた廃墟、天幕は星空の見える大空、屋根が崩れ落ちて久しいのだろう、煉瓦調で造られているこの建物は、殆ど風化してしまっていて「何とか土地の範囲がわかる程度」の瓦礫しか残されていなかった。
ただ、道端で眠るよりはマシだろう、とパトロックはそこを拠点としていて、普段は荷物は持ち歩いているが、重たくなって来たりしたらここにおいていたりする、食料は持ち出していて、闇に与する者に食われてしまわない様にしているが、着替えの下着や肌着と言った消耗品、洗えば使えるものに関しては何日かに一度着替えて、近くの水路で水を汲むついでに洗っていた、アルニードでは一年間風呂に入らない事もままある事らしく、パトロックが臭いと言われた事はなかったが、ローランの出身の人間として、風呂には定期的に入りたい、とは考えていた、アルニードに食料を補給しに戻る時には、大浴場と呼ばれている大衆浴場を利用して体を洗っていた、それ以外の場合に関しては、川辺があれば水浴びをして体を清めて、という最低限を行っていた、上着である黒いツナギはアルニードに戻った時に洗濯をしている、それ以外は二か月は着っぱなしでいる為に、体臭が変化していないか、特に夏季は汗臭くなっていないか、と気にしているのだが、それを解決出来る方法論、をパトロックは知らなかった。
「魔法でも使えりゃなぁ。」
魔法使いの使う魔法の中には、日常生活を豊かにする類の魔法もあるらしい、電気が開発される前、に関しては「魔法で凍らせて食料を運ぶ」と言うのが一般的だった程度には、魔法と言うのは多岐にわたってその可能性を秘めているのだ、と歴史で習った覚えがある。
「ふー……。」
後どれ位、ここにいるのだろうか。
メルンに来て、アルニードに戻って、それを繰り返して、もう二年が経つ。
後どれ位の時間がかかって、もしかしたら人生の終わりが訪れるまで、それが叶わないのかもしれない、ただ、それでも探さなければならない、パトロックは煙草の煙を肺に淹れながら、改めて決意をした。




