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第三十三話 ルチルの容態

「もう、三度目の雨季だね。」

「そうだな、パトさんは元気にしてるかどうかな。」

「……。父さん、きっと生きているよね。」

「そだな、死んでたらどっかしらから通達が来るだろうさ、って事は死んでねぇって事だ。」

 クォーツの二十歳の誕生日、ルチルはもう体が細いどころかがりがりになってしまっていて、立ち上がるのも精いっぱい、トイレにこそスロープがある為に行けるが、風呂にも入れなくなってしまっていた為、ルベライトが体を拭く、所謂清拭を行っていた、その程度には体が弱っていた、訪問医曰く緩やかな衰弱だ、と言われていて「食事を食べられなくなったら入院をお勧めする」と言われている上代だった、まだ自分の手で食事をとっていたり、トイレに行ったり、最低限の事は出来ているから入院にはならない、と言うだけで、そもそもが細身だったルチルの容態は、少しずつ悪化してきていた。

 そのルチルを気遣いながら、しかしクォーツは時期当代として生きていかなければならない、自分は子孫を成して継承していかなければならない、現状ではまだパトロックが当代として認知されているが、いつそれが変わって自分が当代になるかわからない、自分がカイル家当主として扱われ始めるのは、明日かも知れない、一年後かも知れない、十年後かも知れない、そんな事を考えていると、ルチルを心配しているばかりではいられない、まだクォーツが作った武器を勇者に渡す事はしていない、パトロックが鍛造している最中の武器を丹念に観察して、研究しながらブロンズソードやブロンズランス、アイアンソードやアイアンランスと言った雛型を鍛造して、鍛錬を積んでいる所だった、それ位にはパトロックが鍛造中だった武器は素晴らしく、クォーツはまだそれを完成形には持っていけない、という自覚があった。

「ルベ、ルチさんの容体はどうだって?俺のたまにはルチさんの顔見ておきたいと思ってるんだけど、中々な。」

「……。少しずつ、衰弱して行ってるって。このまま衰弱して、ご飯が食べられなくなる様子だったら、入院する事をお勧めする、って言ってたよ。」

「じゃあ、今から顔出すか。普段はルベに任せきりだからな。」

 食事を食べていたクォーツは、ケーキを紅茶で流し込むと、二階に上がってルチルの部屋に行く、最近では「工房に一歩でも近い方がいい、そしてルベライトも歩ける様になったから」といって、クォーツが一階の部屋を使って、ルベライトがルチルの世話をしやすい様に二階で過ごしていた。

「ルチさん、入るぞ?」

 クォーツは、数か月間ルチルの顔を見ていなかった、それ位には鍛錬に集中していた、と思い出して、ルベライトからルチルが弱っている事は聞いていたが、何処まで弱ってしまっているのか、と一瞬考え、躊躇った。

 ただ親子として、母と子として、会話をしないのも奇妙な話だろう、とクォーツは部屋のドアを開けた。

「……。クォーツ?」

「ルチさん、体の方はどうだ?歩けてるか?」

「……。ごめんなさいね、クォーツ。貴方と、ルベに、全てを……。お父さんは……。」

「……。良いんだ、ルチさん。俺は俺の意思でパトさんの跡を継ごうとしてる、それがカイル家に生まれた長男としての役割だからだとか、そんなこと関係なく、俺はパトさんの跡を継ぎたいんだ。」

 弱っているとは聞いていた、ここ数か月、ふろにも入れなくなってしまった事も、やせ細ってしまった事も、話では聞いていた。

 ただ、艶やかな黒髪だったルチルの、その美しいと言われていた髪が白髪になり、頬は痩せこけ、ベッドから出ている腕も骨と皮だけになってしまっている、それを見て、心が痛まない訳がなかった。

「ごめんなルチさん、俺はパトさんの跡を継ぎたいからって、工房に籠りっきりになっちまって……。」

「……。良いのよ、クォーツ。私も、貴方がそうなる事を、覚悟して生きてきたのだから。」

「……。俺に、パトさんの跡が継げるんかな。俺も頑張ってるつもりだしさ、誰かがやらねぇといけねぇってのはよくわかってる、逃げ出すつもりもねぇんだけどさ。俺なんかに、パトさんの跡継ぎが務まるんかな。」

「……。信じて、いるわよ?私達の、息子は。きっと、カイル家の中で、一番の鍛冶職人に、なるって。」

 咳き込みながら、弱弱しくか細い声を出すルチル、クォーツは平常心を装いながら、不器用に笑ってみせた。

「じゃあ、俺は工房に戻るから。ルチさん、パトさんが戻って来るまで、死ぬんじゃねぇぞ?」

「……。ありがとう、クォーツ。」

 クォーツは、少しだけ話をしてルチルの部屋を出ていく、言葉が上手く出てこない、今のルチルを見ていると、言葉に詰まってしまう、それをルベライトは普段から見ていて、お世話をしていて、衰弱していくのを一番そばで見ていたのだ、それを任せきりにしてしまっていた事、それが悲しく、申し訳なく、面目ないと。


「パトさん、帰ってきてくれよ……。」

 工房に戻って、何かをして雑念を振り払おうとしていたクォーツは、ルチルの衰弱ぶりを見てしまって、一人泣いていた。

 パトロックがいてくれたら、ルチルはあそこまで衰弱することはなかっただろう、ルチルが心労が祟って衰弱し始めたのは、それこそパトロックの片腕の欠損の報せを聞いてからだ、それ以来徐々にやつれてきていた、それは知っていた、まだ風呂には自力で入れていた時間に、ルチルとすれ違って話す事はあった、ただ、あそこまで衰弱している、とは思いもしなかった、想像も出来なかった、ルベライトから断片的に聞いていた情報と、現在のルチルの容態は、些かのずれがあった。

「パトさん、あんたがいなかったら、俺達は……。」

 継承も、愛情も、まだまだ足りなかった、パトロックが当主になったのは今のクォーツより年下だった頃だ、と言っていたが、それはパトロックが継ぐしかなかったから、であって、今の様に当主がまだ存命で、そして行方不明、という状況はカイル家の中では稀なケースだった、クォーツはそのお鉢が自分に回って来るとも思っていなかった、長い歴史の中で「そういう事をしていた先祖もいた」程度の認識だった、ならばパトロックが家督を継いだ時、全てを受け入れて覚悟をしていたのかと問われると、パトロックは「ルチルと言う伴侶がいたから」何とかなっていた部分があっただろう。

 クォーツたちの祖父母、先代の鍛冶職人であったトルマリンの妻は、もういない、クォーツが小さかった頃には遊んでもらっていた覚えがあったが、ルベライトが産まれる前に亡くなってしまっている、クォーツからしたら、遠い思い出の中におばあちゃんが残っている、程度の認識だ。

 ルチルの家族、ルチル側の親族だったり、ルチルの両親である祖父母に関しては、パトロックと結婚するにあたって縁を切ったという話だった、勇者の一族、異端の一族として日陰で生きる事を選んだ親族達からしたら、パトロックは厄災だったのだろう、勇者に与する者、として扱われていたパトロックと結婚する事、はルチルがまた勇者と縁を結ぼうとしている、そう判断されてしまった、だから縁を切っている、とルチル本人が言っていた。

「パトさん……。」

 クォーツは独り涙を流す、重責に、悲しみに、哀しみに泣く。


「……。兄ちゃん……。」

 何か手伝える事は無いか、と工房の入り口に立っていたルベライトは、中か羅泣いている声が聞こえる事に気づき、工房の扉を開く事を止めた。

 クォーツは頑張っている、必死になってパトロックの跡を継ごうとしている、その重圧は自分にとってはわからない程度には重たいだろう、そして、母がアンナ状態になっている事を知って、辛くない訳が無いだろう。

「……。父さん……。」

 リビングに戻りながら、ルベライトはどうすればいいのかがわからなくなってしまう。

 カイル家を存続させる事、それはこの世界にとっても大事な事で、必要な事で、自分達がそれを担わなければならない事はわかっている、ただ、ルチルが衰弱していく様を目の当たりにして、介護をしながら生活をしているルベライトにとって、鍛冶職人の跡を継ぐというのは不可能に近い、数日間もルチルを放って籠りきりになるのだとしたら、それこそルチルを病院に入院させて、それで集中するという選択肢以外に方法論がない。

 それをしたとして、ルチルの容態が良くなるという確証もない、だからこそルベライトは病院を頼らずに自力でルチルを介護しているのだ。

「そうだ、母さんの体拭いてあげないと。」

 そろそろ清拭の時間だ、ルベライトにとっては「ルチルがどんどんやせ細っていくのを実感させられる」時間であり、必要な事柄でもある。

 風呂場にある風呂桶にお湯をためて、タオルを浸して二階に上がる、クォーツの涙にも何かを出来ればいいのだが、背負っている重責が違いすぎる、そんな事を考えながら、ルベライトは二階に上がっていった。

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