第三十二話 二回目の冬
「……。」
ルベライトが十四歳になってから何か月か経った、アルドとしては冬季になった時期、パトロックは二度目の冬を体験していた、今年の冬は冷える、だから傷がうずくという老人がいたり、体を温めに熱めに温めたを飲みに来る客がいたり、アルニードの居酒屋は騒がしい、冬季は変温系のモンスターは活動を停止するらしく、少々モンスターの数が減る、人間と同じ機構を持っている恒温系のモンスターに関しては活動をしているらしいが、冬季は休みどころだ、とところどころから声が上がっている。
「熱い酒ってのは美味いんだな。俺はビールが殆どだったから、知らなかったよ。」
「ホットウィスキーって言うのは、この地域独特の文化だからねぇ。ローランには冬季が無いんだろう?だから、この国と違って熱い酒って言うのはないだろうねぇ。」
すっかり常連になったパトロックは、カウンターに座って冷えた体に熱い酒を流し込んでいた、寒さで古傷がうずく、という言葉の意味を理解した、というよりは、絶賛失った腕の部分が痛むパトロックは、身をもってその言葉の意味を体験していた。
ホットウィスキー、冬季限定で居酒屋各位が出す、所謂ウィスキーのお湯割りなのだが、普段はビールを好むパトロックとしては、飲みなれない味だが寒さに冷えた体に染み渡る、そんなウィスキーだ。
「お客さん、ここにきて一年位になるかね?家族なんかはいないのかい?」
「家族……、家族か。俺は、家族がいても良い理由を探しに来たんだ、もしかしたら、呆れられて忘れられちまってるかもしれないけどな。……。忘れられてたら、それはそれであの子らにとっては良い事なのかも知れないな。」
「写真でもないのかね?」
「ん、見たいのか?大将、物好きだな。」
写真はある、ルベライトが十一歳になって少し、自力で歩ける様になった頃、そしてパトロックが賢人機関から書物を渡されて、引き籠る様になる直前に撮った写真、をパトロックはお守り代わりに持ち歩いていた、勇者達も、家族との写真を小さな巾着に入れて、それをお守り代わりに持っていく事が多い、という話を聞いた事があったパトロックは、それに倣う訳ではなかったが、と写真を一枚バッグに入れていた。
「これが俺の伴侶で、こっちが長男、こっちが次男だ。」
「ほうほう、長男君は奥さんに似たんだな?で、次男君はお客さんに似たと。」
「そうなるかな、眼の色はクォーツは母さんにそっくりで、ルベは俺の色が遺伝した、って言う事になるかな。」
赤茶色の吊り目をした、痩せているか太っているかだけが違うよく似た二人、そして、ルチルの青色で丸い目を受け継いでいる、そんなよく似ている二人、旅に出てから一年と半年程度が経っただろうか、パトロックには「家族と過ごした時間」が遠い昔の様に想えなくもない、今となっては片手剣の扱いにも慣れてきた、賢者の石の製造方法は相変わらず書物が見つかっていない、それを見つけるまで家には帰らない、帰れないと頑固に考えていたパトロックが、唯一家族を思い出す要素、が一枚の写真だった。
顔をくしゃっとさせて笑っているパトロックと、微笑んでいるルチル、ニコッと笑っているクォーツに、不器用そうに笑みを浮かべているルベライト、それらが懐かしく、そう言えば笑った事もここ一年半はなかった、笑うという事を忘れてしまった気がする、そんな事をパトロックは思い出す。
「そう言えば、そろそろ次の勇者様が選抜されるんだとか、そんな噂を聞いたねぇ。」
「……。アルベルトは死んだからな。看取ったさ、遺品はあいつの家族に渡してもらってる、と良いんだけどな。」
「悲しんでる暇なんてここにはないからねぇ、お客さん達みたいなローランの人間って言うのは、遺品を大事にしたりするんだったね。ここじゃそんな事をしてたら、遺品だらけになってしまうかねぇ。愛情も憐憫も捨てて、ここの連中は前線を維持してる、儂達はそれを誇らしく思っているからねぇ。」
価値観の違い、ローランでは血統や愛品の継承と言うのが重視される、家が古ければ古い程に「受け継いでいくもの」があるというのがローランの価値観だ。
一方のアルドでは「亡くなったらそこでお終い、全てを捨てて次を育成していく」が価値観としては一般的で、遺品や遺産と言った何かを継承する事がない、金銭を継承していく、というよりは残った者達には金銭が与えられているが、例えば「戦士として散っていった者の遺族で、かつ継承する子供がいない」家庭に遺された婦人や両親と言った「戦う事をしない、戦う者を育てない」人間は、基本的にはローランや他の国に飛ばされるのが当たり前だ、そう言った遺族と言うのがローランにもいたりする、それはパトロックも知っていたし、そう言った人物と交流がなかったわけではない、中にはその後に再婚して「勇者」を産む者もいた、勇者や魔法使い、神官などの育て役として生きた者もいた、今ローランで「勇者の育て役」を担っている老人も、元々はここアルドの出身者で、アルニードで前線を戦っていた、という経歴を買われて育て役になった、という背景があった。
なんでも、前線で戦っている間に子供が生まれて、そしてその子供に前線で戦う事を引き継いで、自分が引退した後に子供が戦死、そしている場所がなくなってローランに渡り、そして勇者の育て役として抜擢されたのだ、と言っていた覚えがある、そんな老人とは交流を持っていて、歴戦の戦士であるその育て役にはかつては「パトロック坊ちゃん」と言われていた、そんな記憶さえ残っていた。
それが許されない、ある意味では「自分達が生きた足跡を残して、この地で死を悼む」事すら許されない、それがアルニードにおける常識だ、アルニードの滞在者は、個の居酒屋の対象の様にインフラを担う者、そして前線で戦う者、二通りの人種が基本だ、戦っている者に求婚をしに来る人物だったり、アルニード出身で「戦う者」「インフラ担当」の子供として生まれた者が、同じ命運の元に生まれた者と結婚をして、子供を成して、そう言った命の繋がり方をしてきた、それがアルニードの在り方だ。
「お客さんもここで戦うってのは考えてないのかねぇ?儂らは金をもらってる以上は受け答えをするがねぇ、ここの連中にはいい顔をされないだろう?メルンに行って何をしてるのか、までは誰も聞かないがね、賢者の石に関して聞いて回ってる人間、なんてのは好奇の目で見られて警戒されるのが当たり前だからねぇ。」
「それは痛い程実感してるよ。」
「賢者の石の採取を使命として生きている一家」であるグラン家を除いて、継承に意味を持たないアルニードにおいては、パトロックは外部の人間、そして賢者の石について知りたがっている奇人変人、として扱われていた、物流関係や宿屋、食事を提供している場所に関しては「金を積まれれば別段だれでも良い」というが基本的なスタンスである為に何かを言われるわけでもないが、グラン家を始めとし、護符を作っている一家然り、戦士達然り、そういった人物達からしたら「外部の人間」と言うだけで珍しいのに、さらにグラン家と縁がないのにも関わらず賢者の石の事を聞いている、それは好奇の目で見られても仕方がない、それ位にはパトロックはここでは「よそ者」として扱われる人物だ、とも言えるだろう。
よそ者として扱われる、勇者やその友柄であれば「勇者様」として低調な扱いを受けるが、よそ者だった場合は冷たく扱われる、それもこのアルニードでは当たり前の光景だ、時折商人だったり貿易会社の人間が興味本位でアルニードを出て、モンスターに襲われてしまう事もあるらしいが、基本的にアルニードの人間はそれを助けない、「自分の身は自分で守れ、そのうえでこの前線区域アルニードを成立させろ」がこの区域における教育の基本で、ローランの様に学校があるわけでもなく、ならばパトロックの様に学校には通わずとも、教育として語学を習熟する訳でもなく、ある意味では識字率も低い、最低限居酒屋と買い物と、話し言葉だけが伝われば十分だ、という家庭が多いアルニードでは、後続の人間に武術を教える事はあっても、子供が子供らしくあれる学校や公園があるわけではない、それだけアルニードはシビアな世界だ、それをパトロックは改めて感じていた、自分の様なよそ者が「金を払えば施設を使える」だけ有難い話なのだ、と。
「さ、はちみつは入れるかね?」
「いただこう。」
はちみつ入りのホットウィスキーを一杯ひっかけて、明日からまた移動を始める、雪には慣れてきた、ローランでは降らない雪に苦戦した時期もあったが、現在となってはもう慣れた、ガルダにおいては「モンスターが現れにくく、尚且つ人間が通れる道」と言うのも見つけていた、そこに関しては父トルマリンが登山家だった事が有難い、その知識から「肉食動物」が現れない道を「モンスターが現れない道」に置き換えて歩けるのだから、交戦の可能性が減るのは助かる話だ、と。




