第二十九話 勇者アルベルトの死
「……。」
山岳を抜けて、川の近くまで来ていたパトロックは、メルンにも到達できず、そして神官がいないが為に回復も出来ず、という勇者の末路を見つけた。
阿鼻叫喚の末だったのだろう、パトロックが数年前に武器を渡した青年、今頃育っていれば十八になっていただろう青年アルベルト、若き勇者として目されていた、産まれた時からずっと運命を決定づけられていた青年と、その友柄の亡骸を見つけた。
人間を食べる類のモンスターではなかった為か、まだ亡くなったばかりであろう血の匂い、そして出血痕を残している遺体、それを見てパトロックは改めて「自分がどういった立ち位置にいるべきか」「魔王と勇者の関係性とは正しいのだろうか」「そもそも歴史において倒され続けているはずの魔王が復活している意味は」と、考えを巡らせる。
開いたまま仰向けになって亡くなっているアルベルトの眼を閉じさせて、安らかにと祈りを捧げて、アルベルトとその友柄の亡骸から、痕跡を一つ拝借して、その場を立ち去るパトロックは、自分達が武器を作って、そして若き勇者達を戦地に向かわせている意味、勇者と魔王という輪廻の意味、何度倒しても復活する魔王に対して、和平交渉ではなく戦いを仕掛け続ける意味、それらを考えていた。
勇者が死んだ事、に関しては賢人機関が認識しているだろう、でなければ次の勇者を戦地に送る意味がない、勇者とその友柄は一組ずつアルドの北部、魔王の居城に赴く、その昔に勇者が複数同時に旅立って、結果として共倒れをした、というよりは手柄の奪い合いでいたずらに命を落とした、それ以来一組ずつ、という法が出来たのだと歴史には語られていた。
「……。」
メルンにたどり着いていれば、もしかするに転移処から戻れたのかもしれない、恥さらしだと言われて生き恥を晒すのだとしても、死ぬよりはましだろう、死んでしまったら全てはそこで終わってしまう、自分達カイル家が技術を継承して生きているのに対して、勇者は基本的に一代きり、突然変異的に光属性の者が生まれる、その者は必ず勇者にならなければならない、そして、それは産まれた時に決定づけられている、それが勇者の歴史であり、ルチルはその一族の家系の出だ、異端者の一族として、アルドでは信仰の対象にすらなり、ローランでは異端者と呼ばれる一族になる、それが勇者を輩出した家系の定めだ。
ならば勇者の家系の人間は必ずしも光属性に属し、そして勇者の末裔として飾り立てられるのか、と問われると、勇者の一族は必ずしも光に属するわけではない、ルチルは属性としては光に分類されるが、勇者として選抜される程の強さを持った光ではなく、ただ単に勇者の一族の出として「おこぼれ」を受け取ったに過ぎない、賢人機関はそう言ってルチルを突き放していた。
「水がないな。」
川を超えればすぐにメルンに到着する、この川はどうした事か穢されていない、と言うべきか、神官が水を清める祈りを捧げないと飲料水としては扱えない、がアルドの基本らしかったが、ここの水は飲んでも問題がない、と言うのは意外な発見だった、とパトロックは感じていた、メルンにとっては神域に近い水域だった、という記述こそあれど、そのメルンが滅んでいるのだから、清流が穢れていてもおかしくなかったはずだ、それなのにも関わらず、この川のせせらぎは穏やかで、この地域がモンスター蔓延る危険地帯だ、という事を忘れてしまいそうな程だ。
モンスターは自然発生的に存在する存在の中で「闇に類する者」「闇として生まれた者」だったとパトロックは認識していた、それを魔王と呼ばれる存在が統括して、現在においては人間と争っている、そもそも自然発生的にいたもので、そして闇に生まれた者は闇に還る、という話が基本的な歴史における大前提だった。
「闇墜ちする」という言葉も存在していて、中には人間やそれ以外の属性に生まれた生物が、何かの拍子に魂を闇に明け渡してしまう事がある、その存在は二度と「広義の意味での光」には戻ってこれない、自分達人間や動物が「広義の意味での光」であり、その中で地水火風の属性に分かれて生きているのに対して、闇に生まれた者や闇に染まった者達は、二度とその魂を光に帰還させる事は不可能なのだ、とパトロックは歴史書で読んだ事があった。
「一服するか……。」
この清流には一先ずモンスターはいない、メルンには闇に与する者はいてもモンスターは入ってこれない、その理由に関しては「大賢者」と呼ばれる古の存在が「モンスターに対する結界」を張った結果だった、とパトロックは認識していた、だからこそ「闇に与する者」という闇に堕ちた人間がいる事を知らなかった、護符がそれを近づけない為にあるとも知らなかった、無知ゆえに、と言うよりは圧倒的に情報が足りていなかった、結果としての片腕を失ったという結論だ。
「ふー……。」
アルベルトが亡くなった、という事は次の勇者がすぐに選抜されるのだろう、まだパトロックが鍛造した武器が残っている、まだ次世代の勇者へと向けた武器を作った覚えがあったパトロックは、そのお鉢がすぐにクォーツに行かない事、について安心していた、カイル家の家訓の一つである「自分がいつ死んでも後継者に託せる様に、武器の貯蔵を常にしておけ」がこういった形で正しいと証明されるとは、とある意味で納得していた、煙草を吸いながら、クォーツがまだ修行を重ねられる事、に安心していた。
残り三代、三代先の勇者と目されている少年少女や青年達に武器は残してきた、それこそ途中で放り出してきた武器もあるにはあるが、それに関してはまだ勇者の卵が幼く、渡すに至らなかった武器の雛形だ、まだまだこれから先、十年程経ってから勇者に渡す武器でもある、そう言った意味では、クォーツは十二分に修行を重ねられる、カイル家の歴史として継承してきた技術は叩き込んでいた、それを実戦レベルまでもっていくのには間に合うだろう、パトロックはそう思案していた。
「アルベルト……。」
十八歳の青年、つまりはクォーツと同い年か少し年上か、な青年が勇者として息絶えた事、死んでいった事、何かを成せる大人になりたい、いずれ復活するのだとしても、今魔王を打ち倒して、仲間と友達に平和な時間を送ってほしい、と願っていた翡翠色の瞳が懐かしい、勇者として一人前になる前に両手剣を渡した、翡翠色の瞳の少年が、こうして立派に勤めを果たそうとした事、そしてその道半ばで死んでしまった事、心が痛まない訳ではないが、パトロックに出来る事は「無駄死にしない様に武器を鍛造する」事だけだ、勇者の友柄になる事は出来ない、広義の意味合いでは勇者に与する者だが、狭義の意味で勇者の仲間にはなれない、それがパトロックの位置づけ、カイル家に生まれた者として、元来はこのアルドに立ち入ること自体がおかしいのだ。
アルドには近づくな、魔王には近づくな、それはこの世界の人間を守る為に武器を鍛造しているカイル家の人間として、第一に肝に銘じろ、そうトルマリンからは教育をされていた、賢者の石の事がなかったら、ルベライトの事がなかったら、パトロックはアルドには近づく事もなかっただろう、その程度にはその教育は絶対的な話で、パトロックもクォーツにそう言い聞かせてきた、何かが間違ってもアルドには近づくな、カイル家の血を絶やすな、跡継ぎを絶やすな、そうカイル家は続いてきた、千世代を超える、この世界においては最も長く一族を受け継いでいる者の一人の一家の長として、そして次世代に続いて行ってもらわなければ困るカイル家の歴史の継承者として、パトロックは間違った事をしている自覚はあった。
ただ、もう槌は握れない、武器は鍛造出来ない、片腕を失ったのだから、それは不可能と言って差し支えはないだろう。
帰ったとしても、パトロックに居場所があるのかもわからない、クォーツ達には恨まれているかもしれない、ルチルには呆れられているかもしれない、クォーツがカイル家を継いだ後、の話であれば、パトロックは無用の長物と化してしまうだろう。
帰るべき場所は、還るべき場所は、戻るべき家は
あると信じていた、だからこそ片腕を失ったとしても生き延びる道を選んだ、ただ、それが正しかったのか、恨まれて家を叩きだされる事があるのかもしれない、憎まれて殺される未来が待っているのかもしれない、パトロックは家族を信じていたが、それと自分が身勝手をしても許されるはイコールではない、それ位の事はわきまえている、と。
「母さん……、クォーツ……、ルベ……。」
ルベライトが生きても良い理由、生きていく為に必要な理由、賢者の石が起こした奇跡の末に生き延びたルベライトが、これから先も生きていて良い理由、それを探しに来た、それを探さなければ、結果として賢人機関はルベライトを研究材料として扱うだろう。
それだけは許せない、パトロックが全てを投げ出してでもここにいる理由は、偏に家族の為なのだから。




