第二十八話 とある男
「ふー……。」
メルンに向かう山岳の道中、今の所パトロックは結界石を使っていない、モンスターに遭遇しても、回避する方向性で動いてた為、隠れて気配を消してという事をしていた、それが功を奏してか、屋や進行状況としては遅くなってしまっているが、モンスターと戦って消耗をする、という事にはならなかった。
今は山岳の横道、獣道から少し離れた場所で、ドラゴン・キッスを吸いながら呼吸を整えていた、医者の判断と手腕が良かった、と言うのもあるのだろうが、片腕を欠損した以外に欠落はなかった、基本的にの話ではあるが、身体能力が下がったり、肺活量が落ちたり、という事はなかった、それがパトロックの現状だった。
そもそもが煙草自体が肺活量には影響を及ぼすとは言われていた、それを成人した頃から吸っている現在三十五歳なパトロックは、未成年の頃、十五歳の頃にトルマリンが逝去し、そしてそこから二十年間カイル家の当主として立場と工房を守ってきた、そのパトロックが十五年間吸っているのが、今吸っているドラゴン・キッスだ。
クォーツと違って、「トルマリンが吸っていたそれをそのまま吸い始めた」パトロックは、最初は良くむせていた、咳き込んで、ルチルに心配をされていた。
ただ、それでも父トルマリンの痕跡を継ぎたい、と言ってやめる事をしなかった、その結果に肺活量が落ちたのであれば、それは本望だ、と。
「この山を越えて……。」
アルニードから山岳を超えてメルンに到着する、この山岳「ガルダ」は、ある意味では勇者達にとって第一の関門になる、ローランにおいてはそう伝わっていた、パトロックはその意味を実感していた。
モンスターが出る場所、そしてアルニードからほど近い場所、尚且つアルニードの人間は基本的には踏み込んでこない場所、そして城塞都市であったメルンへと向かう道、それらを統合して、勇者一行にとっては第一関門になっていたのだろう、と。
メルンを超えた先、は沼地があって、その沼地を超えた先に魔王の居城のエリアが存在しているのだとか、そんな地図を見た事がある気がする、とパトロックは思い出す、メルンは本当に第一線の城塞として機能していた、ここアルドの施政者足る国王が居を構えていたのもメルンで、元老院が生活していたのもメルンだ、と言われている、それ位には、かつての彼らにとっては「第一線で戦う」事の意義はあった、という話だ。
元来アルニードは後方支援の地域だった、アルニードが前線区域と称される様になったのは、メルンが陥落してから少し経ったのちの事だ、と歴史書には書かれていた、メルン陥落、そこから一年を掛けてアルニードを前線の城塞として組み直した、その際に「前線に残る気が無い者」はアルニードを追われてしまったのだとか、そんな話も眉唾ながら聞いていた、パトロックはそれが事実だろうと感じている部分があった、その程度にはアルニードの住人達は戦う事が当たり前で、上は壮年の世代から下は少年少女まで、魔法を習得していたり武器を扱えたり、勇者程ではないが戦える者しかいない、と言うのが肌で感じていた感覚だ、ローランの人間達が戦いとはほど遠く、平和に過ごしているの中で、アルニードの住人達は数千年間、ローランやランドルと言った他国にモンスターが進軍してこない様に、それを維持してきたのだ。
「まったく、凄い連中だ。」
アルニードの住人達の精神性、奉仕の精神ではなく、守る事を尊命としたその精神性に脱帽だ、パトロックはそう思考していた、自分達カイル家が千代を継ぐ鍛冶職人の家系として家督を継いできて、そして継承して勇者への武器の鍛造方法、ある意味での「光属性という勇者にしか許されていない、そして光属性に産まれた者は基本的に勇者として扱われる」という特異な存在に対する適性武器、今パトロックが持っている片手剣もそうだが、基本的にこの世界においては、属性と装備の相性と言うのは重要だ、火属性なら火属性の武器を、水属性なら水属性の武器を、それぞれに扱わないときちんと武器の能力の真価を発揮できない、それがこの世界における属性の重要性だ。
所謂属性間での有利不利、と言うのは存在しない、生まれ持った性質としての属性と、武器に類する属性、の相性が重要とされているこの世界においては、それぞれの属性にまつわる鉱石が存在していた、カイル家はその中でも「光属性の武器」を鍛造する事を許されている唯一の家系であり、だからこそパトロックは元老院や賢人機関といった、国家的な権力に対しても物を言えるのだ。
「さて、そろそろ。」
今は煙草を吸いたいという事もあって、風下に移動して隠れていた、周囲にモンスターの気配はない、進むなら今が良いだろう。
煙草を消して、携帯灰皿に吸殻を入れて、パトロックは気合を入れ直して山を下って行った。
「た、助け……。」
「ん、誰かいるのか?」
「こ、……、っち、だ……。」
山岳を下りながら、人間の声が聞こえたのは珍しい、とパトロックは声の聞こえた方向に向かう、誰かが助けを呼んでいる、吝かではない、事と状態によっては、一度アルニードまで戻るか、それともメルンの転移処に向かって、そして転移をさせて救助をするか、どちらかだろう、と考えながら、パトロックは声の方向に歩いて行く。
「たす……、だれ、か……。」
掠れている声、どうしてパトロックの耳に声が聞こえたのか、わからない程に掠れて弱弱しい声、その正体をパトロックは知る事になった、知らしめられる事になった。
「お前、下半身が……。」
「だれ……、たす……。」
人間、血をまき散らして、下半身を欠落してしまった人間、アルニードでよく見る洋服を着た、勇者ではないであろう人間、モンスターに下半身を噛み千切られたのか、腰からしたは見受けられない、脊椎を剥き出しにしながら、血だまりの中に伏している男、それが声の正体だった。
「……。手遅れだ、誰にやられた?」
「お……れは……、かえ、らなきゃ……、なら……、むす、めが……、けっ……、こんを……。」
「……。俺に出来る事は、お前を終わらせる事だけだ、下半身を失って、その出血量で、アルニードまでは持たない、メルンにもたどり着けない。……。俺に出来る事があるんだとしたら、それはお前を終わらせて、還らせる事だけだ。」
男は血の泡を吐きながら、涙を流している。
分かっている下半身の感覚がない、食いちぎられた覚えもある、それこそ、勇者の友柄として、神官として後方支援をしていたのに、その後方支援を狩られて喰われた、それに関しては理解していた、パトロックとは入れ違いと言うべきか、勇者達には自分を置いて行け、もう助からないと言って行かせたのだ、それ位の事はわかっている、と男は泣いていた。
ただ、人間と言うのは死の間際、どうしても願ってしまうのだろう、生きる事を、生きていく事を、死んでしまう恐怖に対する、懇願を。
「……。むす……、めを……。」
こと切れる、パトロックが手を下すまでもなく、慈悲の一撃を下す前に、男は息絶えた。
「……。」
分かっている、分かっているはずだ、ここは前線区域を超えた場所、いつモンスターに襲われてもおかしくない場所、いつ殺されたとしても、文句は言えない場所、光と闇が戦って、そのどちらかが根絶しない限り、絶対に平和にはならない場所、それはわかっていたはずだった。
それでも、血濡れになって伏している男を見ていると悲しくなってくる、言葉から推察するに、結婚が近い娘がいたのだろう、魔王が何度倒しても転生して蘇る世界、平和な時間と言うのが「魔王を打倒してから、次代の魔王が現れるまで」と言われているこの国において、娘にその平和な一時を過ごしてほしかったのだろう、だからこそ、勇者の友柄として志願したのだろう。
パトロックも一人の父として、その気持ちは痛い程分かる、自分達が勇者への餞別である武器を作って送り出す、後方支援を専門とした一族であるのに対して、この男達は前線担当、前線で戦う事を前提に鍛錬をして、そして戦いに赴く。
「……。どうか、安らかに。」
男の半開きになっていた眼を閉じさせて、パトロックはメルンへと足を進める、パトロックに出来る事はない、ああなってしまった以上は、後は自然に還るしかない、それを知っていたから、パトロックは何かをするでもなく、祈りだけを捧げて先へ歩いていった。




