第二十七話 鉄の門
「さて、行くか……。」
再びメルンへ向かうべく、準備を終えてアルニードの入り口に立っているパトロックは、これから先の事を考えて、気合を入れ直していた。
アルニードの入り口、メルン程ではないが、城壁に近しい壁が存在していて、モンスターが襲撃を仕掛けてきた際にはそれを食い止める、ある意味での防護策としての鉄製の門がそびえたっている前線区域、それがアルニードだ。
ローランで勇者が選抜され、そしてローランの転移処からここアルニードの転移処に転送され、ここから旅だって行く、そう言った意味合いでも前線の入り口、地獄への扉とも称されているこの門は、閉じてしまったが最期、モンスターが倒されて闇に回帰するまで、開く事はない無慈悲の門でもある。
今はモンスターの襲撃はない様子で、門番ががやがやと話をしている、パトロックは出るなら今のうちだろう、そして今回からはモンスターに迂闊に近づいてはいけない、片腕を失くしているのだから、出せる力のも両手の頃に比べれば半分、良くて七割だろう、だからモンスターと接敵をして、むやみやたらに戦う訳には行かない、そう考えていた。
「武器は、大丈夫だな。」
今になって、渡されたのが片手剣で良かった、両刃で軽い質感の片手剣、かつて父トルマリンが勇者に送った品、ある意味では、パトロックの身には余る品、光属性に属している勇者でなければ、百の力は振るえない片手剣、それが両手剣だった場合、そもそもが振るえる前提ではなくなってしまっていただろう、そういう意味では、片手剣で良かった、とパトロックは独り呟いた。
荷物は持った、今回は止血の為の包帯と止血剤も多めに持った、大丈夫だろう、そう結論を出したパトロックは、誰かに護衛を依頼するでもなく、グラン一家に交渉するでもなく、パトロックはそれが当たり前なのだ、と考えて独りで旅立った。
「ふー……。」
パトロックが失踪してから二か月と半月、クォーツは勇者への納品、その第一弾を済ませて、ドラゴン・キッスを吸いながらテレビを見ていた。
ここ数日、ルベライトの様子がおかしい、それを頭の隅で考えながら、しかしルベライトは病院にも通っている、そこに関しては医者が気付くはずだ、と少々懐疑的になりつつ,けれども医者が適当な事を言うはずもない、とは考えている、それが現状だった。
「ルベ、声ってのは聞こえるのか?」
「うん、何から聞こえてくる声なのかって言われると、工房の方から聞こえてくるって言う事は分かってきたんだけど……。でも、何が話しかけてくるのか、って言うのはわからないや。」
「そか、もしかしたら、妖精でもいるのかも知れねぇな。」
妖精憑き、そう言われている人種がいる、とパトロックに教わった事があった、要するに気狂いの類の事を「妖精憑き」と呼んでいる、人間の脳か精神が異常をきたして「聞こえない声が聞こえる」「何もない所に向かって何かがいるという」事を妖精憑きと言って、揶揄している人間がいると。
ただ、クォーツはその話に懐疑的だった、勇者がいて魔王がいて、そしてその勇者に武器を鍛造する自分達がいたり、魔法使いと呼ばれる魔力の操作に卓越している人間がいたり、他の世界では「ファンタジー」という言葉で括られてしまう、幻想と言う言葉と呼ばれる類の言葉や種族なりが実在しているのだから、妖精が本当にいて、ルベライトに語り掛けているのだとしてもおかしくはない、しかもそれが聞こえてくるのが「工房」という、ある意味で自分達にとっては神聖な場所から、と言うのだから、その可能性や「ルベライトには自分達にはキャッチできない何かをキャッチする能力が備わっている」と考えてもおかしくはないだろう、そうくぉーつは考えていた、言葉を知らないから「妖精がいる」と妖精憑きと揶揄されている言葉を使っているだけで、実際にルベライトが何某かを聞いている可能性、に関しては、ルベライトの出生も含めて、ありえない話ではないだろう、と。
当のルベライト本人も、それがどうして聞こえて、何処から聞こえているのか、という話はわかっていない様子だった、ただ「工房の方から複数の声が聞こえる」という話をしているだけで、それこそ「妖精憑き」の可能性もある。
「ルチさんの容態はどうだ?」
「うん、訪問医さんの話だと、ちょっと食欲が落ちて元々の体の悪さと一緒になって悪さをしてるだけで、心雑音?とか、肺雑音?とかはないんだって。」
「そか、食欲が落ちてるだけなら良かったわ。」
ルチルの容態、それはルベライトに任せきりだった、トイレと風呂以外基本的に部屋で過ごしているルチルは、時折祈りを捧げに一階に降りてくるか、風呂に入るかトイレに用をたしに行くか、以外は部屋にこもりきりだ、今はルベライトが家事全般を、クォーツが武器の鍛造を、それぞれ役割分担をしながら担っていた。
時折ルベライトも武器の鍛造の手伝いをしている、あの頃、二年前に自力で歩き出した頃から比べれば、相当な成長と言えるだろう、パトロックはルベライトを工房に入れたがらなかったが、クォーツとしては万が一の事を考えた際、ルベライトにも覚えてもらわなければならない事が沢山ある、という感情を持っていた。
「パトさん、あれ以来結局音信不通だもんな、電話相手には電話番号聞きそびれたんだろ?」
「うん、用件だけ話して切られちゃったから……。どんな人だったかって言われたら、おじいちゃん?って言うのかな、声はおじいさんだったけど……。」
「おじいさん、か……。確か、アルニードの人だったっけか、アルニードにパトさんの知り合いなんていたっけか?」
クォーツは、あまりパトロックの友人関係を知らない、知っていたとしても「先代職人であるトルマリンの旧知であった、転移処の店主」という結果にはいきつかないだろう、パトロックの旧知の仲ではなく、トルマリンの旧知の仲、なのだから、それこそクォーツが産まれる前に亡くなったトルマリンの友人関係、と言われてもそこにはたどり着かない。
おじいさんの知り合いがいる、としたら勇者の育て役の老人位しか思いつかなかったクォーツとしては、パトロックの知人友人の中で「アルニードに居を構えている」誰か、と問われてもわからない、が正解だ。
「じゃ、ルベももう一回基礎をやり直すか。」
「うん、教えてもらえると嬉しいな。」
ルベライトが槌を振るっていると知ったら、パトロックはどう思うのだろうか、誇らしく思うのだろうか、それとも悲しく感じるのだろうか、心配して槌を取り上げてしまうのだろうか。
どれもパトロックらしいと言えばパトロックらしいが、ルベライトに対して過保護なパトロックの事だ、きっと槌を没収した後に「誇らしい」とは口にするのだろう、そして、心配しながらもルベライトに鍛冶職人としてのイロハを叩き込むのだろう、クォーツはそんな姿を想像して、一瞬だけ笑いながらテレビを眺めていた。




