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第二十六話 もう一度向かうにあたって

「まったく……。」

 結界石を買い直して、紅い巾着に入った護符を身に着けて、食料を買い足して、パトロックはもう一度メルンに向かうべく、準備をしていた。

 ここから先、例えば一か月掛けてメルンに赴いて、一か月「賢者の石に関する情報」を集めて、そして転移処に戻ってきて、それを何度繰り返す事になるのかはわからない、ただ、パトロックにはそれをする意義も意味もあった、だからそれをやめる事はしないだろう。

 幻肢痛、と呼ばれる痛みが時折する中、パトロックは久しぶりに煙草を吸っていた、アルニードの入り口付近の居酒屋、に来ていたパトロックは、灰皿に杯を落として、ため息をついていた。

「はい、豆の塩茹でね、飲み物はビールで良かったのかい?」

「あぁ、それで頼む。」

 片腕を失った人間と言うのはこの国ではそこまで珍しい存在でもない、四肢欠損者、と言うのは、この前線区域においては珍しい怪我の類ではない、だから、腕が無いものがいたり義足をしている者がいたり、松葉杖をついて片足で動いている者がいたり、そもそも下半身が欠落して車いすで動いている人間がいたり、様々な怪我の仕方をしている人間が点在している、それが前線区域アルニードが「前線区域」と呼ばれている所以だ。 

 勇者程ではないが、戦える者達とそれを支える後方支援の専門職、そして生活インフラを支えている人間、で構築されているこの都市は、アルドの元老院が消えてしまって以降、ローランの施政者である国王と元老院の意思決定によって前線として定められた、そもそもはメルンのもう少し南に施政者足る国王が居城を持っていたのだが、それも滅んでしまった、アルドは「施政者を失った国」であって、現在はそのすべてをローランの元老院に委ねている。

「お客さん、ここいらじゃ見ない顔だねぇ、ローラン出身かい?」

「あぁ、そうだな。ローランの出の中じゃここには縁がある方だけど、基本的に俺は後方支援が主だった役割だ。」

「そうかい、そんなお客さんが、片腕失くして何をしに出ていくのか、ってのはきくのは野暮かい?」

「……。賢者の石関係だ、とだけ言っておくよ。」

「賢者の石?って事はあれかい?グラン一家の関係者かい?」

 グラン一家、それが賢者の石を採取する事を生業にしてる一家で、基本的にメルンまで赴いて、そして賢者の石を採取して、転移処から帰ってきて、賢人機関に賢者の石を献上している、それがグラン一家、と呼ばれている一族だ。

 かくいうパトロックも、一度はグラン一家に出会っている、メルンで賢者の石が採掘されている、という事と、グラン一家と言う一家がそれを統率している、と賢人機関から受け取った本には書かれていて、そしてその現実を知る為に、一度グラン一家に赴いていた、ただその結果はけんもほろろに断られる、何処でどう採掘をして、どう言った特徴を持っているのか、については知る事が出来なかった、だからパトロックは単身メルンに赴いたのだ。

「グラン家には断られたよ、ローランの人間にそれをさせる事は許可できないってな。」

「あそこの家は偏屈者が多いからねぇ、口が堅いのが売りだ、とは言っていたけれど、しかしまあ、お客さんも手ひどくやられたもんだね、はい、ビール。」

「ん、助かる。」

 パトロックは普段は飲酒をしない、勇者の武器を作っている期間に関しては水すら飲まない事が多く、そしてその前準備として「神酒」と呼ばれる、神の祝福を受けた酒と言うのを飲んでいた、それ以外は、それが終わって一呼吸おきたいときにビールを飲む、それがパトロックの中でのルーティーンだった、ただ、その「神酒」がここアルニードでは手に入らない、何かを始める際には神に祈って、神酒を飲んで、と言うのが当たり前だったパトロックにとっては、それは誤算に近かった、ここアルニードでは神に祈るの場所もない、アルニードの住民達は勇者信仰が強く、パトロック達ローランの神に対しては懐疑的な者が多い、ある意味では不信仰な人間が多い、という話だ。

「……。」

「お客さん、何をしてるんだね?」

「……。祈りを捧げてた、ここの人達にとっては神様って言うのはいないものなのかもしれない、信じるに値しない存在なのかもしれない、ただ俺達ローランの民にとっては神って言うのは大切な存在でな。」

「ほうほう、それで勇者がやっていたあの両手を合わせるっていう事をしてたんだね?勇者様達は何も言わずに黙って祈って、黙って行ってしまっていたから知らなかったけども、まあある意味では勇者様って言うのが、儂らにとっては信仰の対象だからねぇ。」

「勇者達も、信仰の対象だなんていわれたら、……、大変だろうな。」

 ビールをカウンターから出されて、しゃがれた声の老人の店主と話をしながら、パトロックはビールを流し込んで、ドラゴン・キッスを吸う、今まではそれがつかの間の休息の証だった、休息の際にそれをしていたという意味では、キンキンに冷やされたビールと言うのは、鍛冶職人の仕事で乾ききった体に染み渡る、有難い飲み物だった。

 ただ今は違う、これから先、先の見えない未来に向かって飛び込んでいく、メルンにおいて「あるとされているが所在は明かされていない」賢者の石の製造法を探して、それが記された書物を得て、そしてルベライトが産まれてきた意味を、意義を見つける、それが現在のパトロックのすべてだ、勿論、その中にはルチルやクォーツ、ルベライトの現在を心配する感情が無い訳ではない、ただ、今のパトロックを突き動かすのは「ルベライトの存在証明」と言う途方もない目的である、それは間違いが無いだろう。

 今までの生活が懐かしい、ある意味単調で、激情には満ちていなかった、クォーツの大喰らいを叱って、ルチルに窘められて、ルベライトに二人そろって白い目で見られて、そんな生活が懐かしい、たった二か月前までそれをしていたはずなのに、遠い昔の思い出のように思い出す、パトロックはビールを煽りながら、そんな事を考えていた。

 クォーツはうまくやっているだろうか、ルチルは体調を崩していないだろうか、ルベライトは怪我をしていないだろうか、そんな事を考える余裕もなかった、パトロックは後方支援が専門職、その中の最たる例として上げられる程に後方支援の担当だ、だから、こうして前線に出てくる事を人生の中で想定していなかったし、そもそもそれだけはしてくれるな、命を無駄に消費する事だけはしてくれるな、それが父トルマリンからきつく言われていた事でもあった。

「ビールってのは、何時だっていいもんだな。」

「そうだろう?ここのビールは特別でねぇ、東の国ランドルから仕入れているんだよ、あの国はビールの醸造が得意な蒸留所があってね、そこから大金払って仕入れてるんだよ。そんじょそこいらのビールには負けない自信があるねぇ。」

「ランドルって言うと、海を渡った向こうの国の話だったか。確かあの国は、鎖国的な政治をしているんじゃなかったか?」

「まぁ、そうだねぇ。ただ、ここは法治国家の中では治外法権が通じる方だ、だから、ここが墜ちたらランドルもタダじゃすまない、そういう意味で、仕入れてるんだよ。」

「そうだった、そりゃ飲んだ事がない味があるはずだ。」

 ローランで流通しているビール、缶ビールは基本的にローラン国内で製造されたものが流通している、あっさりとした飲み口が有名なローランのビール、に対して、ランドルのビールは飲み口が深く、清涼感よりも重厚感が深い、そんなビールだった。

 普段から冷えたビールを飲んでいるパトロックからしたら、ぬるいビールはいただけない、飲みたくないものの類であり、ここの居酒屋のビールはきちんと冷えていて飲みやすい、それがパトロックの感想だ。

「つまみには何がおすすめだ?」

「ん、こりゃまたランドルから仕入れたチーズが合うかねぇ、牛のステーキもお勧めだが、決起にどうだい?」

「頂こう。」

 チーズをお供にビールを飲んで、決起としてステーキを喰らうパトロック、ステーキは牛肉だ、牛肉は基本的に高価な品で、パトロックが質素倹約を主だった思想として持っている為に、あまり食べてこなかった肉の種類だ。

 これから先の事を考えて、少しでも気合の入る食事をしたい、この居酒屋はそういった客が多い、というよりは前線区域にあるのだから、ストレス発散か決起集会の目的で来る人間が多い、その意味をパトロックは改めて感じていた、それもわかる程度には質が良い食事、質の良いアルコール、そう言った諸々を含めて、ここの居酒屋は決起の意味合いが強いのだろう、と。

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