第二十五話 権力
「ふー……。」
「兄ちゃん、それって父さんが吸ってた煙草だよね?手に入らないんだ、って言ってなかったっけ?」
「ん、そうだな。パトさんが個人で依頼してたにゅにゅう販売店って言うのがあってな。商店なんだが、そこにパトさんの後継者として依頼したんだ。金に関しては、問題がないからな。」
「そっか、忘れがちだけど、俺達って金銭的には恵まれてるんだもんね。この前母さんの代わりにお金降ろしに行った時、通帳見てびっくりしたんだ。」
パトロック失踪から一か月と三週間、クォーツは相変わらず工房に籠っている生活を送っていて、今は煙草休憩にリビングに戻ってきていた、ルベライトは煙草の匂いがあまり好きではなかったが、しかしパトロックとクォーツが違う銘柄を吸っている、程度の知識は持ち合わせていた、だからクォーツがマイルド・アイスではなくドラゴン・キッスを吸っている事に気づき、頭に?を浮かべていた。
カイル家の口座、と言うべきか、パトロックは基本的に金銭関係をルチルに任せていた、ルチルが家計管理をしていて、パトロックは鍛冶職人としての仕事に集中したい、と普段から話していたのだが、そのルチルがダウンして、財布の中に入っていた金銭では足りない、とルベライトが気づいて、ルチルに許諾を得て金銭である「ドル」を口座から引き出してきた、ドルという金銭の単位については、「セスティア」にある大国である「アメリカ」という国が使用している金銭単位と同じらしい、という事は知っていた、ただセスティアのそれとこの世界のそれが違う、それは当たり前の話だった、アメリカと言う国のドルは「大統領」と呼ばれる施政者の顔と印象的な建設物、の印刷がされているのに対して、この世界のドルは簡素なもので、一ドル、十ドル、百ドルという単位がかかれた紙、が発行されているだけだ、その下の単位である「セント」も、アメリカと言う国と同じだ、という話は歴史学的にあるが、こちらも大統領の顔が刻印されているアメリカに対して、一、五、十、五十セント、という刻印がされているだけ、なこの世界、の違いがあった。
それをカイル家の遺産とパトロックの稼ぎとしてルチルに預けていたパトロックは、最低限のドルだけを持って家を出た、そもそもがカイル家と言う名が強すぎて、殆どの場所では無料にしてもらえる程度にはカイル家の権力的な位置づけは高い、「勇者に対する武器を鍛造する唯一無二の一族」と言うのは、それだけ発言権と権力を持っている、パトロックに感謝してもしきれないと言っている人間が多く、逆に「クォーツの不良仲間」達は、そう言った権力的なものに対するアンチテーゼ、を持っていて、カイル家の権力に興味がないと言っていたクォーツと仲が良かった、それが現実だ。
だから、クォーツがカイル家を継ぐと言って、カイル家の伝統を重んじる立場になった時点で、彼らとの決別は決まっていた、とも言えてしまうのだろう。
「何億ドルも持ってる家、なんてそうそうないだろうからな、そりゃルベが驚いても無理はねぇ、俺も最初パトさんからそれ聞いた時にゃ驚いたもんだ。」
「他の家は貯めてても何万ドルか、何十万ドルを貯められたら何十年かは遊べる、って言われてるくらいだもんね。家が十万ドルくらいで建てられるんでしょ?ここは先祖代々の家を継承してるから、痛んだ所の修理をしたりして使い続けてる、って父さんが言ってたけど、でも基本的には、十万ドルくらいを銀行で融資して貰って家を建てるのが当たり前だ、って言われたもんね。」
「そうだなぁ、俺も世間知らずな類だとは思ってたけど、それを俺達の家は一個の武器を作るって言う段階で貰っているんだから、世間的に見れば金持ちなんだろうな。」
主食であるパンや、稲作として伝わっている米、と言うのが大体一食分で五十セント、米に関してはキロ単位で売っているが為に何ドル何十ドルとするが、外食に行った場合一食十ドルに行くか行かないか、と言われると、その金銭的優位性が伺えるだろう。
千世代を超える歴史を持っている家系、と言うのがそもそもも殆どなく、対抗する家系であるガンスミスの家系、に関しては新進気鋭の家系だ、まだ出来てから何十年しか経っていない、銃が対モンスター用として実用化した、のが数十年前、その頃に賢人機関に認められた「スミス家」という家系が「一子相伝の技として技術を受け継いでいく」という制約の元、対モンスター用の銃を扱う様になった、という歴史があった、この世界がこの世界として成立して、そこから千世代を超える歴史を守ってきて、ある意味での純血主義を守ってきたカイル家、は「権力者の類」であることに間違いはない、パトロックやトルマリン、トパーズと言った歴代の継承者達が政治に興味がない、施政者である王家に任せている、元老院に任せている、と言うだけで、発言権を持とうと思えば持てる、それがカイル家の立ち位置だ。
それだけ「勇者の武器を鍛造し続けている」という事は重要な事で、クォーツがいつの日か結婚をして、そして子供を女性に産んでもらって、継いでいってもらわなければならない、その為にある意味での「ブライダルチェック」という、婚前に妊娠が可能かどうか、所謂不妊ではないかのチェックを病院と魔法院で確認してもらわなければならない、そして結果として「男子を産んでもらい、その男子に後世にカイル家を継がせなければならない」という、強い制約が課されてる代わりに、発言権を強く持っている、それがカイル家に生まれた者の宿命でもある。
「俺はさ、元老院のおっさん達に何か言う、ってのは気が進まねぇって言うか、そうだな……。いつか子供を産んでもらわなきゃならねぇ、その為に結婚しなきゃならねぇって言うのはわかってんだけどよ、でも、家みたいな特異な家系に嫁がせる親の気持ち、ってのを考えると、どうなんだろうなとは思うんだよ。勿論、ルチさんの選択を貶すわけじゃないぜ?ただ、それでも一家の重責を担わせる前提で子供作って、そんで継がせて、なんて事をするってのがさ、何とも言い難い、って言うのか?俺は仕方がない、俺は継ぐって子供ん頃から決めてたから、何も問題はねぇけどさ、これから先、俺の息子に継がせて、なんて事をし続けていいもんかな、とは思ってるよ。」
「でも、家をつぶすわけにもいかないし……。」
「わあってる、それは俺の我儘だ。我儘でしかねぇ、魔王が幾ら倒しても復活して、そんでまた活動を始める以上は、俺達の一族ってのはいつまでも必要だ。魔王を完全に断てるって言う話なら、そもそも俺達は必要とすらされなくなっちまう、それもわかってる。ただな、ルベ。俺は未来を信じたい、未来において、俺達が必要とされなくなるんだとしても、それでも勇者が傷つかなくていい世界になる、勇者達が必要とされて、それでいて帰ってきたら迫害される、なんて事がなくなる未来、ってのを信じてぇんだ。」
クォーツは、煙草を吸いながら水分を取り、そして夢を語る。
何億ドルという資産を持つに至ったカイル家の歴史、そもそも貨幣というものが存在する前から、物資には困った事がなかったというカイル家の、魔王と勇者の歴史の「勇者の側に与する者」としての歴史、それを知っていて、そして否定するつもりもなかった、ただ「確定した未来を我が子に進ませる」という事に疑問を持っているだけだ、跡継ぎとして考えなければならない、いずれ生まれ来る我が子、の事を考えて、哀愁に駆られているだけだ、クォーツはそう考えていた。
懐疑的になっている、と言い換えても良いのかもしれない、カイル家の長男として産まれた以上、直系長男の歴史を絶やすわけにはいかない、自分の我儘で歴史を絶やして、また一から火属性に属している者を選別して、そして鍛冶職人として一人前にして、それを待ってくれる程に、そして許してくれる程には、この世界は優しくはない。
そもそものカイル家の興り、二万年ほど前に興ったとされているカイル家は、伝説に語られている「世界分割」より前から鍛冶職人を担っていた一族だ、と歴史書には残っていた、カイル家秘蔵の歴史書には、カイル家がどうやって興って、そしてどうして元老院に通じるだけの発言権を持っているのか、が書かれていた、歴史の中では、政治にまつわる話をしていたり、引退後に元老院に入って政治家として生きていった先祖もいた、という話だった、トルマリンがことさら早く亡くなってしまっただけで、カイル家から政治の道に進む者がいる、それに関してはままある話だった。
というよりは、そのカイル家の先祖が政治家になって、政策として「カイル家だけに許されてる一子相伝の継承」として「勇者に鍛造する武器の独占」を下のだ、その先祖がどう言った意味合いでその法を作ったのか、に関してはわからなかったが、スミス家が興った理由は「剣や槍と言った、従来の武具ではなく、そしてカイル家には鍛造できる者がいない」という理由で「特権」足る勇者の銃の製造を、それこそ一子相伝の技として継承する事を条件に召し上げられた、それが数十年前の話だ。
「パトさんも、いつかは政治の道なんて行くのかねぇ。そもそも、帰ってこなきゃ何も出来ねぇんだろうけどさ。」
「どうなんだろう?父さんはどっちかって言うと信心深い人だから、牧師さんになるんじゃない?」
「はは、違いねぇな。」
ルベライトが出してくれた食事、普段クォーツが食べていた量、を覚えていたルベライトが焼いたベーコンエッグにトースト、そしてミネストローネをガツガツと食べながら、クォーツはこの大喰らいが原因でパトロックに怒られていたな、という事を思い出す、経った一か月といくばくか前の話だというのに、パトロックのげんこつが懐かしくて仕方がない、ただ、パトロックがアルニードに行って何をしているのか、そして何を持ってして片腕を失ったのか、それはわからなかったが、クォーツに遺された道は「カイル家を継ぐ」事だけだ、と気を引き締めた。




