第二十四話 どうしているのか
「ふむ、だいぶんと良くなってきてはいますな、血液もきちんと馴染んでいる、火属性の中でも、カイル家に属する者は特別だ、と何処かで聞き及んだ事がございますが、それもまやかしだったのでしょうな。」
「……。退院、しても良いって事か?」
「ふーむ……。おそらくパトロック様は、またメルンに向かう腹積もりでございましょう?ならば医者としては無謀な事をするな、と進言したいところなのですがね。パトロック様の先代であられるトルマリン様も、それはそれは頑固一徹な方だった、と記憶しておりますので、我々が何かを言ったとて無駄なのでしょう。ただし、闇に与する者に対する対策をしないままいかれるのは、感心しませんな。」
「確か、護符?だったか、それが必要なんだろう?何処に行けば手に入るんだ?」
入院してから二週間、目を覚ましてから一週間、パトロックは痛みも消えて、片腕での生活にも順応し始めていた、だからこそ、もう一度メルンに向かう必要があるのだ、それは必然的な事だ、と。
医者はため息をついて、トルマリンやトパーズと言った「パトロックの前の代」のカイル家の鍛冶職人は皆頑固者だった、という言い伝えを思い出していた、勇者や勇者の供回りが言っていた事だ、医者が現在六十を超えて、そろそろ引退をして次世代に引き継がなければ、と思案している年齢なのだが、その医者から見ても「パトロックはカイル家の当代として相応しい頑固さ」を持っている、それが話をしていて推測した結果だった、パトロックは何を言った所でメルンに戻る、たとえそれが命の危機に迫る事だったのだとしても、もう一度命を落としかける事になったのだとしても、それでもパトロックは止まる事をしないだろう、と医者が推測をしていた。
「君、あれを。」
「はい、先生。パトロックさん、今お持ちしますね。」
「お持ちって、何をだ?」
「護符に決まっておりますでしょう?護符はこのアルニードにおいては必需品、特にメルンに賢者の石を採取しに行く者だったり、勇者一行には必ず必要とされるもの、そして我々が街を出る時には必ず持ち合わせる者でもございます、私の護符を差し上げましょう、基本的にアルニードの護符職人は勇者かアルニード出身の者にしか護符を渡したがりませぬ故、私はもうここを去ろうと思うておりますのでな、必要もないという事です。」
医者が看護婦に何かを持ってくる様に伝える、パトロックが何をかと問うと、それはなにやら護符らしい。
護符職人、という存在がいる事は知っていた、パトロックは博識な類だ、だからこそ「闇に与する者が注入してきた毒が致死毒だ」とすぐに気づいた、その程度には博学なパトロックだったが、護符職人に関しては「結界師」と同じ役割だと誤認していた、アルニードを出る際、何も言われなかったというのもあるが、結界石はすぐに入手出来て、護符が入手出来なかった意味、に関してはそこだろう、と推察する。
事実、アルニードに一軒存在する護符職人の家系、カイル家と同じで、この世界がこの世界として出来上がってからずっと護符を造り続けていた一族は「勇者やアルニードに従事する者以外に護符は作らない」を家訓としている程だった、頑固一徹というレベルではない、カイル家が一子相伝の鍛冶職人の技を伝え継いできたのと同じかそれ以上の秘匿事項として「護符の作り方」を継承してきたのが護符職人の家系だ。
アルニードの外からやってきて、アルニードに従事する者ではないパトロックは、どう足搔いた所で正規の手段では入手出来ない品、それが護符だといえるだろう。
「良いのか?医者って言うのは、誰かに何かを託すのがよくある事なのか?」
「いえいえ、それは稀な事ですぞ、パトロック様が賢者の石をローランの町医者から渡された、それに関しては何かがあったのでしょうし、私がこうして護符を譲るのも、パトロック様には生き残って貰わなければ、勇者達への武器を鍛造する者がパトロック様のご子息だけ、になってしまうからに他なりませぬ、いわば我々の都合で、パトロック様には生き延びてもらわねば困る、という訳ですな。……。生き延びろ、それがどんなに惨酷な言葉か、時に惨酷で、命を切り裂いてしまうかもしれない言葉か、それを我々医者は重々承知しております。ただそれでも、パトロック様に生き延びてもらわねば、我々は魔王に立ち向かう術を失ってしまうのです。どうか、ご子息様の為にも、生き延びてくださいませ。パトロック様が何を決断され、そして何を知る為にメルンに固執するのか、は存じ上げませぬが、それでも……。それでも、生き延びてくださいませ。護符をお渡しする対価は、次代の勇者にでもお渡しくだされば、それで結構です故な。」
「はい、パトロックさん、こちらを身に着けておいていただければ、闇に与する者はパトロックさんに近づけなくなりますよ。」
「……。助かる、感謝する。」
「いえいえ、全ては世界の安寧の為に、です故な。」
パトロックは入院着から看護婦が洗濯をして血を洗い流してくれていたツナギに着替え、半袖のシャツを着て、病院を出る。
そろそろ冬季が近い、この二週間で随分と冷え込んできた、パトロックは片腕でも使える上着があれば楽だが、と考えながら、改めてアルニードを歩いていた。
「父さん、無事かな……。」
「さぁ、な。でもパトさんは責任を取るタイプだ、俺はそう思ってるからな。片腕を失くした位じゃ、めげたり責任を放棄したりはしない人だと思ってるよ。」
「……。そうだよね、父さんは、いつだってそうやって生きていたんだもんね。」
「そうだぞ、ルベ。今はルチさんの傍にいてやってくれ、俺は大丈夫だ、しこたまパトさんに仕込まれてきたんだ、これ位の事は出来る、でもルチさんの傍にいてやる事が出来ねぇ、ルチさんには誰かが必要で、それを出来るのはルベだけだ、俺はそう思ってる。」
「……。わかった。」
工房に籠っていたクォーツにボトルの水を渡しながら、ルベライトは不安げな顔を見せていた、クォーツは何か確証めいた感情がある、感覚があると頭の中で考えていた、パトロックは決して責任を途中で放棄したりしない、だから絶対に帰って来る、と。
ただ、ルチルは体調を崩していた、パトロックの片腕欠損と意識の混濁を聞いて以降、寝込んでしまっていた、ルベライトは簡単な食事を作ってルチルとクォーツに食べさせていた、本当に簡単な料理、トーストにジャムを塗ったり、目玉焼きを焼いたり、野菜と肉の炒め物を作ったり、その程度だったが、出来る様にはなっていた、いつの日かクォーツを支える身として、ちょうど料理の勉強を始めたばかりだった、だから、ルチルが食べられる様にと料理を作って、それをルチルの部屋に運んでいた。
「母さん、ご飯作って来たよ。」
「……。ありがとう、ルベ。ごめんなさい、私がしっかりしないと、いけないのに……。」
「仕方がないよ、母さんは一番父さんを見て来たんだから、ショックだって思っても当たり前だからさ。俺もショックだけど、母さんと同じ位ショックなのかって言われると、母さんのショックには敵わないと思うんだ。」
「……。」
ベッドに横になっていたルチルは、食事がまともにのどを通らず、ドンドンとやせ細ってきていた、そもそもが線が華奢で細身だったルチルが、かつてテレビで特集をしていた「拒食症」と呼ばれる、食事を食べる事を精神的に拒絶してしまう、食べても吐き出してしまう、という少女達の様に痩せこけて、痛ましい姿になっている、それはルベライトにとっても、クォーツにとっても、心を砕く要因となっていた。
ただ、クォーツはそれを言っていられる立場ではない、パトロックが遺していった武器の鍛造中のものを仕上げなければ、何処までパトロックの実力に近づけているか、ではなく「勇者にとって相応しい武器を鍛造出来るか」を判断材料にして、懸命に打ち込んでいた。
それこそパトロックの真似をしている訳ではない、とクォーツ本人は語るのだろうが、数日間を工房で籠って過ごして、碌に水分もとらずに食事もとらずに打ち込んで、ある意味では儀式めいた作業をしている、それはパトロックがそうしていたから、と言い換えても良いのだろう。
煙草に関しても、隠れて吸っていたのが堂々と吸う様になっており、パトロックと同じ銘柄である「ドラゴン・キッス」という銘柄の煙草を愛煙していた、この世界における一番きつい紙巻き煙草、と目されているドラゴン・キッスを吸える様になるには、肺を慣れさせないといけない、最初から吸っていたら、むせて吸い様がないと言われている品だったが、それをクォーツは「パトロックが吸っていた副流煙で慣れる」という例外的な慣れ方をして、そして現在は数日に一度の休憩の際に吸っていた。
この郊外の街であるアルベルトではなかなか手に入らない品、パトロックが個人的に商店の店主に依頼して、ルベルに売っているそれを輸入してもらっていた、と言っていたそれを、クォーツは商店の店主に「パトロックの跡継ぎとして吸いたい」と言って買っていた、それ以外にドラゴン・キッスを吸う人間はここアルベルトにはいない、そもそもが正規の手段では手に入らない品なのだから、ルベルによく遊びに行ったり、商人として赴いたり、研究者として出張をよくする者だったり、そういった者達しか存在を知らない煙草、それが現在クォーツが吸っているドラゴン・キッスだった。
煙草の中では一等きつい、クォーツが好きで吸っているのかと問われれば、一か月と一週間前、つまりパトロックが失踪した事を知るまでは「マイルド・アイス」というそこまできつくない煙草を吸っていたのだから、その違いには誰しもが驚くだろう。
マイルド・アイスは名前にアイスと着いている由来として「薬草由来のメントール」が含まれていて、若者でも吸いやすい様になっていた、そんなマイルド・アイスから急にドラゴン・キッスに切り替えた、と言ったら、クォーツの不良仲間でさえ引いてしまうだろう、それ位にはきつさの違う煙草だった。
「ルベ、ルチさんは?」
「ちょっとだけご飯食べられたみたい、今は眠ってるよ。」
「そか、俺も飯食うべかな。」
「温めるよ。」
「助かる。」
クォーツが工房から出てきて、煙草を吸いながらルベライトが家事をしている姿を眺めている。
十三歳になったルベライトが、ここまで歩ける様になって、槌を振るえる様になって、簡単な品ではあるが料理を出来る様になって。
パトロックが一番近くで見守りたかった光景だろう、それを見て安心したから失踪したのか、それとも何か別の理由があって、自分達には何も告げずにどこかに行ってしまったのか。
それはわからない、ただルベライトの成長を喜んでいるのはクォーツも一緒だった、クォーツはルベライトがテトラマ体だった姿を見た事はない、ただ、奇形嚢腫と呼ばれる姿で産まれてきた、という事だけは聞いていた、賢者の石で肉体を鍛造して、その肉体が今でも成長している、それも知っていた。
二年前、車いすを手放して、皆でスロープを付けて、そしてルベライトが歩いている様を見て喜んだ、それが遠い昔の様に感じてしまう、クォーツは、食事と睡眠を少し取ったら、また工房に籠らなければ、ルチルの事はルベライトに任せるしかない、そう考えを纏めて温められた食事を食べ始めた。




