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第二十三話 一命をとりとめて

「ん……。」

 暖かい、とても暖かい、何か。

 何かがある、何かが生きろと言っている、何かが生きてほしいと願っている、自分には、生きる意味と生きなけれならない意義がある、還るべき場所がある、戻るべき家がある、だから、死んでは行けない、そう訴えかけられている様だ。

 意識が遠のく、戻さなければ、この暖かさの正体を知って、在るべき場所に戻らなければ。

 そう考えた直後、ぷつんと思考が止まった。


「……。ここ、は……?」

「あ、目を覚まされたんですね?ここは前線区域アルニードの、戦線病院ですよ。転移処の店主様から依頼をされた救急隊が、貴方を運んできてから一週間になるでしょうかね?」

「戦線、病院……。俺は……、生き残った、のか?」

「貴方が幽霊でもなければ、そういう事なのでしょう?左腕は傷みますか?痛むようでしたら、鎮痛剤を追加しますが。」

「左、腕……。そうか、俺は……。大丈夫、だ、鎮痛剤が、必要な程、痛みが強い訳、じゃない。」

 パトロックが目を覚ますと、そこには白い天井と、レースのカーテン、そしてナース服に身を包んだ女性が、丁度パトロックの点滴を変えている所だった。

 生きている、パトロックは左腕の痛みと共にそれを実感した、自分は生きている、朦朧とした意識の中で、アルニードの転移処の店主と話をした覚えがあったが、それ以降の記憶はない、一週間が経った、と看護婦は言っていた、意識がまだはっきりとしない、そんな中でパトロックは受け答えをしていた。

 ずきずきと鈍痛が続く左腕、しかし全身に回っていた痛みはなくなっている、だからこそ、パトロックは自分が生きているのか、それとも今際の際の走馬灯を見ているのか、それがわからなくなっていた。

「俺、の……。荷物、は……?」

「転移処の店主様から預かっていますよ、こちらにございます。ただ、まだ体を起こされない方が良いでしょう、輸血をした、と言ってもまだ体に馴染んでいない場合もありますので。血が患者様の血と馴染むまで、は横になられていた方がよろしいでしょうね。」

「そう、か……。」

 まだ意識がはっきりとして来ない、どうやら自分は輸血をされた、らしいという所までパトロックは理解した、輸血された、という事は火属性にまつわる誰かが血を分けてくれたのだろう、献血所、と呼ばれる場所で輸血の為の採血をした事はパトロックも何度かあった、妻ルチルは貧血気味だった為に出来なかったが、基本的にここ前線区域アルニードで消費されている、という献血はパトロックも実体験があった、だからこそ、自分が輸血されたという事をすんなりと受け入れていた。

 血が濁る、と言われた事もあった、カイル家の血が濁るから、輸血が必要とされる様な自体にはなってくれるなよ、父トルマリンの言葉だ、そして、祖父トパーズの言葉でもあったそれは、血縁主義だったカイル家において、血を濁らせる事は血を穢す事、と言われていて、それゆえに忌避されている事だった、自然な結びつきである婚姻以外で、遺伝子を穢してはいけない、と散々ぱら言われてきたパトロックだったが、生きる為には必要な事もあるだろう、自分が生き抜く為には輸血だろうと何だろうと必要な事があるだろう、とずっと反発していた、だからパトロックの中には血縁主義の考えはない、そこに関しては今「なくてよかった」と感じていた、トルマリンやクォーツが今生きていて、そしてパトロックに輸血が必要だ、と言われたとしても、それを拒否してパトロックが死ぬ事になる、その道を選んでいただろう、と。

 心電図の音がする、パトロックが自分で感じていた心音である「勇者独特の呼吸法からなる止血」の時のリズムとは違うリズムで心電図が鳴っている、という事は、今は通常の呼吸法をしている、という事になるだろうか。

「母さん……、クォーツ……、ルベ……。」

 薄い意識の中で、暖かさを感じた覚えがある、パトロックはそう考えた、もしかするに、心配していた三人が何かをして、パトロックを生かしてくれたのかもしれない、三人のうち誰かが神に祈りを捧げて、パトロックの延命を祈ってくれたのかもしれない、三人の暖かさを感じるという事は、そういう事なのだろう、パトロックの宗教的思考としては、そこに行きつく。

 自分達を捨てた、と思われても仕方がないだろう、自分達の事を捨てて失踪した、と思われても仕方がないだろう、パトロックはいつか帰るつもりでも「帰る場所」があるかどうか、については考えていなかった、ルチルには旅に出る事を告げて出てきたが、それを息子達に伝えていたかはわからない、もしかするに、クォーツやルベライトの中では「父親はいらない存在だ」という結論を出されてしまったかもしれない、ならば、クォーツが跡を継いでやってくれているのか、千代以上続いたカイル家の歴史を途切れさせる様なことになっていないだろうか、それが今になって不安だった。

 しかし、パトロックは三人の祈りを、三人の魂を感じていた、自分には還るべき場所がある、自分には戻るべき家がある、それが結果として、悲しい現実を運んだ結果だったとしても、それが苦しい結果を生み出す現実なのだとしても、自分には帰るべき場所がある、パトロックはそれを実感していた。

 ただ、今帰る訳にはいかない、まだ賢者の石の製造法を知らないパトロックは、まだ帰る訳にはいかなかった、それを知ってからでないと、いつかは軋轢が酷くなって、ルベライトとまともに会話も出来なくなってしまうだろう、そんな予感がパトロックの中にはあった。


「ふむ、闇に与する者の毒は解毒されていますな、血液検査も問題がない、輸血結果も、きちんと経過としては良い方ですな。」

「俺は……、俺は、生きてるんだよな?」

「おかしな事を仰る方だ、ローランの出身者と言うのは、そういったジョークを好まれるので?勇者一行が生き延びた際にも、同じ事を仰られる方はいらっしゃいましたが、彼らは確か、ローラン出身だったと認識しておりますぞ。ローランで生死の境を彷徨った者は、須らく自分が生きているのか、と問うジョークが流行っているのですかね?」

「……。いや、純粋な疑問だ……。俺は、生きているのか、生きていていいのか、それを知りたかった。俺は、闇に与する者に致死毒を注入された、左腕を切り落として、転移処のポッドに乗った、そこまでは覚えてる、ただそこから先、ここに戻ってきてからの事があやふやなんだ。だから、生きてるのか、それともこれは魂が見てる幻なのか……。それが知りたかっただけだ。」

 医者がやってきて採血の結果を伝える、パトロックは看護婦に模した質問を繰り返す、医者はローラン出身ではないのか、この国アルドの人間では言わない事だ、と疑問と呈している、それがジョークであると思ってしまう程には、医療的にはその質問はおかしいのだろう。

「生きているか死んでいるか、ならば我々は存在をしているのか、それとも魂が見ている夢の中に存在しているだけなのか。ふむ、何やら哲学めいた問いですな。我々医者は哲学を好まないのです、哲学的な問いをされた所で、実際に生きる者と死んでいく者に分類されるこの世界で、生きているか死んでいるか、それは我々医者からしたら、致命的な問題であって、空想の中の出来事ではない、という事ですな。」

「……。すまない、そうだよな。医者って言うのは、命を生かす為に勉強をしてきたんだもんな……。」

「その通り、貴方様は呼吸法を使いましたな?その影響で、心肺機能に少々異常が出ております、左腕も処置はしましたが、日常生活を送るのには少々不便でしょう。暫くは入院をして頂く事になりますが、血縁者の方の連絡先を、いえ、それは看護婦に任せましょうか。腕を欠損した、という意味を鑑みるに、少々デリケートな問題にもなりかねませぬので、それをご家族に伝えるか、それとも黙って治療を続けるか、それに関しては貴方様の御意志を尊重しましょう。さて、名をうかがっても?名も知らぬまま治療を続けるのでは少々我々としては悲しい。」

「……。パトロック。パトロック・カリナート・カイルだ。」

「……。そうでしたか、貴方様がカイル家の末裔の方でしたか。勇者一行に誉高いと言わしめる武具の制作者の末裔、その当代がパトロックという名だ、といつだったか勇者の方にお聞きしましたな。それで、そのパトロック様が、どうしてこの地域に?カイル家の一族の方の役割は、後方支援であって、我々の様な前線区域で医者をしている様な者とは縁がないと思っていましたがね?」

「……。それは……。」

 医者の言葉に答えを詰まらせるパトロック、賢者の石を探していた、と答えたら、ならばどうして賢者の石を求めたのか、と問われるだろう、賢者の石の製造法を探している、と答えれば、どうしてそれを求めているのか、と返されてしまうだろう、そうなった時、パトロックはルベライトの事を告げなければならない、ルベライトの肉体を賢者の石で構成した事、に関してはローランの郊外、パトロックに賢者の石を渡してきた医者、そしてパトロックとルチル、賢人機関しか知らない事だ、それを広く知られる事は、意味のない希望を伝播させる可能性がある、医者でも解決出来なかった事、「奇跡の保存を」と賢人機関に言われる程度には、貴重なサンプルとして扱われてしまっても仕方のない事、だとパトロックは感じていた、だから、言えなかった。

「賢者の石……、医者に見せてもらった事が、あってな。俺もそれで、武器を作ってみたい、そう思ったんだ……。ただ、それを許されてるのは、賢人機関に認めらえた学者や医者だけなんだろう?だから、俺は……。」

「直接賢者の石を取りに行こうとした、という所ですな?まったく、無謀にもほどがありますな。賢者の石など、そこいらの石ころと変わらないと言うのに、この前線区域には、賢者の石を採取する専門家、がいる程度には奇跡の石という迷信が伝わっている、賢人機関がどういった事を世間に伝えているのか、私の意見がそこと乖離しているのは、そうですな……。我々にとって、奇跡とは邪魔なのですよ。奇跡を願われたところで、我々は医療をもって望まなければならない、神に祈りを捧げられようと、結果として患者様の命を預かっているの我々で、我々はその重責をこなし続けなければならない。ならば、最初から奇跡などと言うまやかしに……。いえ、これ以上はやめておきましょう。パトロック様がそこまでして手に入れたいのであれば、我々には止める権利がないのでしょうからな。さて、入院に関する手続きはこちらでしておきます、それでよいですな?」

「……。頼んだ。」

 医者がカーテンを開けて出ていく、ローランの病院と違って、ここアルニードの戦線病院には個室がない、それをしているだけの余裕がない、という事になる。

 パトロック程に重症だったとしても大部屋だ、そこに関して文句を言うつもりはない、ここアルニードは医療費がかからない、いちいち医療費を回収しようとしたら、患者が多すぎて手間がかかる、という理由で、国営の医療機関として運営されていた、パトロックの認識はそうだった。

「……。」

 奇跡は邪魔、そうなのかもしれない、ただパトロックにとっては、諦めなければならない子供だったルベライトに、命を吹き込む事が出来るきっかけだった、それも確かだ。 

 製造法を知らなければ、どう命を振ったとしても、それだけは知っておかなければ、パトロックは「生き残った安堵感」よりも「知らなければという使命感」の方が強かった、だから、これから先もメルンに行って、それが知れるまで帰れない、そう感じていた。

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