第二十二話 生死の境
「……。」
朦朧としている混濁した意識の中、何かを感じる。
それはとても温かくて、温もりにあふれていて、懐かしくて、切なくて。
パトロックの意識が戻るまで、の間だけいてくれる様な、そんな心地良さ、それをパトロックは感じていた。
「父さん……。」
ルベライトの誕生日、夏と冬が交互に訪れるこの国における、夏季の最中に、ルベライトは生まれた。
ルベライトが十三歳の誕生日、クォーツはもう十七歳から十八歳になる、祖父トルマリンが急逝した後に、パトロックが千代以上続くカイル家を継いだのが、十六歳の頃、その頃のパトロックより熟達した鍛冶職人なのか、と問われると、クォーツは「パトさんには敵わない」と答えるのだろうが、そうも言ってられなくなってから一か月と幾日か、今日はルベライトの誕生日だった。
「母さん、ありがとう……。父さんの事、心配だよね……。」
「……。ルベが心配する事じゃないわ、私達大人が心配する事、それは、誕生日の祝福を迎えた子供が気を遣う事じゃないのよ、ルベ。だから大丈夫、今日はケーキを焼いたわよ?」
「……。ありがとう。」
ルチルは日に日に弱っていく姿を子供達に見せない様にと気を張っていた、ただ、碌に食事もとれていない、ろくに眠れてもいない、家事仕事をしている時と買い物に出かけている間以外、ずっと祈りを捧げている現在、頬がこけてきた、そう言った印象をルベライトとクォーツは感じていた。
ただ、ルベライトとクォーツの根幹的な違いは「将来を拘束された、決められた未来ととしてカイル家を継がなければならない」クォーツと、「まだ未来においては自由が許されている」ルベライト、という違いだった。
ルベライトは気楽な立ち位置なのか、と問われた時には「クォーツからルチルの事を託されている身」として、そもそもが母の衰弱していく様子を見て、ルベライトはルベライトなりに苦悩をしていた、ただルベライトは「家督を継ぐ事に焦っているクォーツの苦悩に比べれば、自分の苦悩はないに等しい」とも考えていた、勇者に武器を鍛造し、そして勇者を送り出す、という事は、それにふさわしい重責を担う事になるのだから、と。
「今日は母さんと一緒にご飯食べたいな。母さん、最近碌に食べてないでしょう?」
「……。子供に心配されるなんて、私もまだまだ勇者の末裔としては半人前ね。ごめんなさいね、ルベ。母さん、しっかりしないといけないのに。」
「ううん、父さんがいなくなっちゃって、不安なのは俺達も一緒だから。兄ちゃんだってそう、だから兄ちゃんは、父さんの跡を継ごうとして頑張ってる、パトさんの事は放っておこう、なんて言っておいて、兄ちゃんは兄ちゃんなりに父さんを心配してるんだよ。」
「……。そうね、ルベもクォーツも、そう言う子だったわね。」
そんな話をしていると、リビングに設置してある電話が鳴った、この世界における電話とは黒電話と言われる種類で、携帯通信装置、と言うのを科学者達が考案した所、まではルベライト達も知っていた、テレビを見た時に、大々的に携帯通信装置が発売される可能性が!とやっていたのを覚えている。
「誰かしら?もしもし?」
ルチルが電話に出て、ルベライトは暫しテレビを見ながらぼんやりする時間になった。
何でも、異世界においては「魔物」という未知の生命体が跋扈している事があるのだ、モンスターとは違う「闇に属する存在か、それとも闇そのものと言われているか」という話だった、なんでも竜神王という太古の神が、その魔物の排出機能をどうこうした結果、異世界やこの世界においても「魔物」という闇に属する存在が現れる事がある、そして現在、精霊と言う種が統治している世界において「アリナ」と呼ばれるカウンター、守護者と呼ばれている存在が、その闇そのものである魔物を討つ為に修行を始めた、そこには「竜神王」が関わっているのだとか、そこに関してはい世界の情報を扱っているテレビ番組でも不透明なのだとか、賢人機関によると、透明性をもって報道させようにも、竜神王がそれを秘匿としている以上は、それが出来ないのだとか、そんな話を流していた。
「えぇ、私はルチルですが……。貴方は?」
「……。」
電話をしているルチルの話に耳をそばだたせると、相手はルチルに用事があって電話をかけて来たらしい、その相手がどんな相手で、ならばルチルはその相手を知らない、という事の意味を考えるが、ルベライトにはその相手がどんな人間なのか、は想像がつかない、ルチルは友達がいなかったと話をしていた事があった、勇者の末裔、敗走した勇者の末裔として、煙たがられて腫物を扱う様にされたり、いじめられたりしていたルチルには、友と呼べる存在がいないのだ、と。
かくいうルベライトも、そもそもが内向的な性格という事と、歩ける様になったのはここ半年という事で、友達はいなかった、勇者が成人していて、子供がいると言う時には、武器を持ち出す際にその子供と話したりする、という事はあったが、友達と呼べる存在はいなかった、それがルベライトの本心だ。
だからこそ、ルチルはクォーツが不良仲間とつるんでいるのを止めなかった、勇者の鍛冶職人の息子、そして勇者の末裔、という友達が出来にくい環境において、友達を作ってくれた事、が嬉しかった、とかつてるちるは喜んでいた。
「……、それは、本当ですか……?」
「母さん?」
「あぁ……、貴方……!」
ルチルが受話器を落として、崩れ落ちて泣き出した、それがどうしてなのか、何故母が泣いているのか、普段は気丈で泣く事などなかった母が、どうして泣いているのか、それがわからずに、ルベライトは軽くパニックを起こす。
ルチルの傍に来たは良いが、何をどうすれば泣き止んでくれるのか、どうすれば笑ってくれるのか、それがわからずに、ルベライトはおろおろとしていた。
「……!……!」
「えっと、もしもし……?」
電話の相手が母に涙を溢させた、それだけは理解していたルベライトは、どうして母が泣いているのか、ならばどうすれば泣き止んでくれるのか、を思考した結果、電話を代わって、電話の相手と話をするという決断をした。
「ん、おまんはパトロックの息子かのぅ?」
「は、はい……。ルベライト、って言います。おじさんは……?」
「おまんの祖父、トルマリンの旧友じゃよ。かつての友、かつての友柄、かつての仲間、そう言うもんじゃ。おまんの母はどうしておる?」
「えっと、母さんは泣いてます……。」
「そうじゃろうのぅ、彼奴は何も言わずに家を出てきた、と言っておったからの、良く聞け、ルベライトの坊主。おまんの父パトロックは、今生死の境を彷徨っておる、メルンに赴いて、毒を持った闇に与する者に噛まれた、そしてその末に生き残る為に左腕を切断し、意識が混濁しておるのじゃ。」
「父さんが……、意識が……?腕を……?」
ルベライトは、一から十まで理解出来なかった、パトロックが、かつてパトロックから教わった城塞都市の成れの果てであるというメルンに行った意味、毒を喰らったからと言って、左腕を切断した意味、そして意識が混濁している意味、それらが分からなかった。
「パトロックの小僧はな、今必死に生きようとしておる、何とか解毒剤を打って、病院に運び込むまではしたがのぅ、万が一の事があれば、失血死、つまりは体を巡る血液の不足から、死んでしまう可能性がある。今医者が火属性の気質を持つ者の血を輸血しておるが、万が一の可能性として、パトロックの小僧は死んでしまうかもしれん、そんな状態じゃ。」
「病院……!じゃあ、俺達も病院に行って!」
「残念じゃが、病院と言っても前線区域アルニード、こちらの戦線病院じゃて。おまんらが来た所で、何が出来るわけでもなかろう。それにルベライトの坊主、おまん達はパトロックの小僧の代わりを勤める役割があるじゃろう?風の噂に聞いておるよ、パトロックの小僧は、二人の子を成したと。そのどちらがおまんなのかは知らんがね、長男にしろ次男にしろ、パトロックの小僧の跡継ぎとしては協力体制を敷いて行かねばならん年齢と見た。おまん達がこっちに来て出来る事なぞない、むしろ、アルニードは食料的にも医療的にも、外部の人間をあまり世話できる程には裕福ではないのじゃ。おまんらに出来る事をせい、それはパトロックの小僧の跡継ぎとして、形を成す事じゃろう。」
「そんな……。父さんを、父さんを放っておけって言うんですか!?」
「違うのぅ。」
「じゃあ!」
ルベライトは、普段の内向的な部分を引っ込めて激情していた、怒り、老人の飄々とした言葉に怒りを感じていた、ルベライトが普段感じない感情である怒り、それを発露していた。
「おまんらに出来る事は、パトロックの小僧を信じる事じゃ。彼奴は今、必死に生きようとしておる、腕を切断してでも生きねばならん理由がある、と言い換える事も出来るじゃろうて、ならば生きねばならん理由の為に、彼奴は死ぬ事を是とせんじゃろう。して、おまんらに出来る事、それは彼奴が生き残る事を信じる事じゃ。ま、伝える事は伝えたからのぅ、パトロックの小僧が生きて帰る事、を祈るんじゃな。」
ブツッ……
電話が切れる、泣き崩れているルチルの横で、ルベライトも泣き出してしまった、今泣いてはいけない、母を支えなければならない、と考えていたにもかかわらず、ルベライトの頬を涙が零れ落ちてしまう。
「ルチさん、ルベ、水……。ん、二人揃ってどうした?なんかあったんか?」
「にい、ちゃん……。父さん、が……。生きるか死ぬかの、境にいるって……。」
「誰に言われた?」
「電話、の相手……。おじいちゃんの、昔の、友達だ、って……。」
「……。そっか。パトさん、ちゃんと生きてたんだな。ルベ、ルチさん、祈ろう。俺達に出来る事、ってのが何かって言うのは分かんねぇけどさ、こういう時、神様ってのは普段の行いを見てるんじゃねぇの科?普段不信仰な俺が祈っても意味はねぇのかもしれねぇ、ルチさんもルベも、不信仰な類なんだろうさ。でもよ、パトさんは必ず祈ってた、なら、神様も応えてくれるんじゃねぇか?不信仰な俺達の為じゃなくて、信仰心のあるパトさんの為に。」
クォーツが水を取りに来て、二人揃って電話の前で泣き崩れているのを見て、そしてルベライトの少ない言葉を聞いて、状況を理解した。
クォーツは二人を祈りの間に連れていくと、三人は揃ってパトロックの無事を祈る、それが自分達に今できる唯一の事だ、無力な自分達が、不信仰であった自分達が、神に祈る事が、今パトロックの為に出来る唯一の事だ、そう信じて、祈りを捧げた。




