第二十話 奇跡の欠片
「父さん……。」
パトロックが失踪してから一か月と二日、現在メルンにおいてはパトロックは「勇者に教わった、毒のめぐりや出血を抑える呼吸法」を用いて、止血をしている最中。
ルベライトはそんな事になっているとは一切分かっていなかったが、何か啓示の様な何かによって、パトロックの身に危険が迫っている、パトロックの命に危険が降りかかっている、と感じていた。
ただ、ルベライトにはどうしようもなかった、祈る事しか出来なかった、ルベライトは信心深い方ではない、ルチルがそうしている様に、毎日神に祈りを捧げてパトロックの無事を願う、という事をするくらいなら、攻めてパトロックが帰って来た時に、自分達がきちんとやれていたと証明出来る事、それがパトロックを安心させる為の材料だ、そう考えていた、だから普段は祈りを捧げない、それは意味を持たないと思っていたから、していなかった。
ただ、今はそれをするほかなかった、ルベライトは、父パトロックが話していた、かつて神の分霊を頂戴した、というカイル家創立からずっとあると言われている祭壇、それが置かれている一階の一間に行って、祈りを捧げた。
どうか、父をお守りください、神が本当にいるのなら、今こうして危険を感じ取っている自分の勘が正しいのであれば、どうか父をお守りください。
その為に、自分の命に幾許かの危険が及んでも構いません、どうか、父を。
そう祈った、神に何かを願うのであれば、それは何か代償を払った結果でなければならない、というパトロックの言葉に従って、ならば自分の命を捧げよう、賢者の石と言う特別な鉱石、出出来ているこの体が、どうして奇跡の石の結果だと言われているのか、それもルベライトは知らない、ただ、奇跡の結果に自分が生きているのならば、その軌跡を以てパトロックの無事を祈りたい、と。
「……?」
願いを祈った瞬間、体が一瞬暖かくなった、気がした
何故かはわからない、そして何が起こったのかもわからない、ただ、刹那の合間に体が温まって、そしてその熱が何処かに行った、それだけをルベライトは理解した。
「ふぅ……。」
パトロックは、結界石をもう一つ消費して、休息の時間を取っていた。
意識ははっきりとしてきた、呼吸法特有の意識の混濁も、そして失血による意識の混濁も、何とか乗り越えたと感じていた、そろそろ動きださなければ、今の緩慢な動作の中では、転移処に戻る事も出来ない、そう感じているのが現在だ。
緩慢な動作になるだろう、と言うのは、健脚で足が速い方であるパトロックが、その速度を出せなくなってしまっている現在がある、という話で、それでもパトロックは一般的に見たら足が速い方なのだろうが、いまフルパワーのコンディションであるか、今その動力が残っているのか、と問われると、パトロックは否と答えるだろう。
結界石は残り六つ、今さっき発動した現在進行形で発動しているのを抜いて六つ、一度発動した結界石は光となって消えてしまう、結界石は「結界師という専門職が、その魔力を物質化して、己の得意分野である結界に昇華する」のが役割であって、再利用や途中切断という事を目的に造られていない、想定されていない、パトロックはそう説明を受けていた為、それをしようとしなかった。
つまり、今の毒が回っている状態で歩き回るにしても、アルニードに戻るにしても、後六つの結界石で何とかしなければならない、それがパトロックの現状だった。
「……?ルベ……?」
呼吸を通常の状態に戻して、出血の状態的にも一度アルニードに戻るのが利口だろう、と判断したパトロックが、結界を出て転移処に向かおうとした、その時だった。
どうしてか、ルベライトの温かさを感じた、というよりは、賢者の石がルベライトに起こした奇跡の時の様な暖かさを感じた。
それがいったい何なのか、何が起こったのか、それをパトロックは知る由もなかった、ただ、それを感じてからすぐに、体の調子の変化には気づいた。
毒による鈍痛、それを感じなくなっているのだ。
何某かの意思が働いたのか、それともパトロックの呼吸法が正しく、毒の巡りが何とかなったのか、そのどちらかだったのだろう、兎にも角にもパトロックは毒による鈍痛を感じなくなっていた。
「ルベ……?」
ルベライトが何かをした、という認識には至らなかった、ただ、ルベライトの温かさを感じた、本当にルベライトが小さかった頃、おむつを替える為に抱っこをして、ベビーベッドからおむつ台に乗せる時に抱き上げた時、その時の温かさを感じた、とても、とても懐かしい暖かさ、ある意味では「クォーツの時には殆ど参加しなかった育児」にルベライトの事に関して過保護だったパトロックが、ルチルだけにそれを負担させるわけにはいかない、と言って、参加した育児の時の温かさ、時折確かめていた鼓動の音色、ルベライトの「人間より少し小さく、そして確かにそこにある鼓動」を感じていた時の温かさ、に似た何かをパトロックは感じていた。
「ルベ……。俺に、生きろって言うんだな……?捨てたと思われても、仕方が無いってのに……。まったく、母さんに似て、お人よしだな、ルベ。」
ルベライトの温かさを今感じた、それは間違いのない事実だ、ならばルベライトが何某かをした、ならばルベライトの祈りが奇跡の欠片を呼び覚ました、と考えられるかもしれない、と感じたパトロックは、母ルチルに似てお人よしに育ったルベライトの想いを、喜んでいた。
もしかするに自分は嫌われているのかもしれない、構いすぎな父として、敬遠されてしまっているのかもしれない、そういった思考をしていたパトロックは、儚げな温もりを感じて、改めて「生き延びなければ」と奮起した、まだ出血が完全に収まったわけではない、ここからアルニードまで行って、医者の手当てを受けて、そしてもう一度ここメルンに来て、賢者の石の製造法を探す、それが「ルベライトが在っていい理由」に繋がるとパトロックは直感していた、採取方法こそ理解した、そして原材料こそ理解したが、その製造方法、ならばどうして自分達ローランの民の魂は賢者の石と化さないのか、どうしてここメルンには沢山の賢者の石が遺されているのか、それを確かめなければならない、と。
ルベライトが存在して良い理由、生きていていい理由、そして、賢人機関に都合の良い様にされてしまわない様に、奇跡の保存をと言って、賢人機関の実験道具になってしまわない様に、パトロックは改めて決意をした、自分が賢者の石の製造法を探して、そして賢者の石の運用法として何が正しく、何が間違っているのかを確かめなければならない、それを決意した。
その為にも、一度戻って立て直さなければ、一度傷の治癒をして、そこからメルンに籠っても遅くはないはずだ、もはやパトロックの中に「クォーツやルチル、ルベライトに負担をかけてしまうかもしれない」という迷いは介在していなかった、パトロックは「己の宿命、宿業」として、賢者の石の在り方を調査して、そして持ち帰らなければ、そう決断を下した。




