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第十九話 意識を取り戻して

「……、っつぅ……!」

 眼が覚める、確か自分の腕を切断して、そして結界石を起動してから自分は気を失ったはずだ、生きている、生き残っている、自分は死んでいない、パトロックは左腕の痛みと共に目を覚ます。

「はぁ……、っつぁ……!」

 鈍痛、と言うのには少々強すぎる痛み、毒が回って死んでいないのであれば、それは正解だったのだろうが、左腕を失った、それは鍛冶職人としては致命的な事だ。

 鍛冶仕事は両腕を使う、どちらかの手を遊ばせている場面、と言うのは殆ど存在しない、つまり、パトロックは「鍛冶職人としての生命を断たれた」のと同義である。

 ただ、それでも生き残っている、生きている、それだけがパトロックにとっての希望だった、それだけが、まだ生きている事だけが、パトロックの意識を絶望の中から掬いだしていた。

「どれくらい……。」

 結界石が機能している、という事はまだ気絶してから十時間が経過していない、という事になるだろう、夥しい量の出血ではある、止血に使ったタオルから血が滴って、パトロックは体を動かす事さえ億劫だと感じる、その程度には失血をしている、ただ起き上がれない程ではない、体を起こして、すぐ近くにあった壁に寄りかかって、必死に呼吸を整えようとする。

 ただ、痛みはひどい、幻肢痛という、失った四肢から来る痛みがある、という事をパトロックは医学書で読んだ事があった、勇者の中には、四肢を失って帰ってきて、そして幻肢痛に苛まれている者もいる、そう医学書には書かれていた。

 ただ、それとは少し違うかもしれない痛み、毒がもしかしたら体に残っているのかもしれない、そんな痛みにパトロックは苛まれ、脂汗をかきながらそれが止まってくれる事を祈った。

 血がぽたぽたと滴っている、タオルで吸いきれなかった血液が、地面を朱く染めている。

「今、何時だ……?」

 懐中時計を愛用のつなぎのポケットから出して、時計を確認する。

 人間のような何かに襲われたのは深夜時間帯だっただろう、そして現在は、曇天の中で空が白み始めている程度、時間としては、大体五、六時間は気絶していた事になる。

「あれは、いったいなんだったんだ……?」

 薄靄に包まれている思考の中で、夜中に噛まれた何か、が何だったのかを考える、パトロックは疑問があったらそれを解消しなければ先に進めないタイプだ、だからこそこうしてメルンまでやってきたわけだが、ある意味では「疑問を許せないタイプ」とも言いかえる事が出来るだろう、そんなパトロックは、闇を孕んだあの存在が何だったのか、モンスターであれば人語を喋る事はないはずだ、魔王の配下である「四天王」と呼ばれるモンスターは言語が通じるという話を聞いた事があったが、一般的なモンスター、低級から上級までいるモンスター達は、人語を話す事は出来ないはずだ。

 ならば人間なのか、しかし歯に毒を塗って、そしてそれを自分の体液で体内に入れずに、そして他者に注入できる人類、と言う者をパトロックは見た事も聞いた事もない。

 人間が堕ちた結果、なのであれば納得は出来そうだ、人間とモンスターの配合腫だったり、そもそもが人間の雛形を使っているモンスターだったり、元々が人間だったはずが、何かの拍子にモンスターになって、人語を話すだけの知性を残していた結果、という話に筋立てすれば、何とか納得は出来そうだ。

 ただ、今はそれ以上に痛みがひどい、体中に回っている鈍痛の事もある、左腕の切断部分だけが痛むのであれば、それは切断の結果といって間違いがないのだろうが、体中に痛みは広がっている、つまりは解毒をし切れていない、毒が完全に回って、致命傷になる事は避けられたが、痛みを感じる程度には体に毒が残っている、残留している毒の量によっては、ここから先致命傷になるかもしれない、そんな状態だ。

「はぁ……、こんな、所で……!」

 死んでたまるか、左腕を捧げて尚生きようとしたのに、左腕を失って死んでしまったら、意味がない。

 パトロックは、出来るだけ毒のめぐりが遅くなる様に、心肺機能の速度を抑える様な呼吸に切り替える、これは失血死しそうになった時、毒を喰らった時に、仲間が来て救助されるまで、の筋書きを考えた際に考案された、特殊な呼吸法だった。

 心拍の機能を、出来る限り停止に近く、尚かつ生存できる範囲で遅くしていく、血流の流れ、心臓の鼓動の速度、それらを出来る限りスローペースにしていく、勇者達が考案した独自の呼吸法、それをパトロックは真似しようとしていた。

「ふー……、ふー……。」

 心肺機能を低下させる、それは一歩間違えれば自決の方法論だ、パトロックは慎重に、慎重に、かつて勇者から教わったその呼吸で出血を止めようとする、心肺機能を低下させる事で、血液の巡る速度を会えて落とす事で、死と毒のめぐりを遅くして、そして生還する為に何とか生き延びようとする。

 この城塞都市メルンにはモンスターはいない、それが歴史書における大前提の知識だった、数千年前に滅ぼされた際に、それ以来モンスターはいなくなった、観測出来る範囲で、モンスターは見られなくなった、そう歴史書には記されていた、パトロックはそれを知っていたから、多少なれど危険を冒して、この都市にやってきたのだ。

「ふー……。」

 心肺機能を低下させる事のデメリット、それは意識レベルの低下が上げられる、と勇者は話していた覚えがある、意識レベルが低下してしまう為に、単独でそれを行ってしまうと、意識が混濁して、別の意味で生死の境を彷徨う事になりかねない、と。

 ただ、パトロックにはそれ以外選択肢が遺されていなかった、ここで失血死するか、それとも呼吸法をもって生き延びて、応急処置をしてから転移処を使ってアルニードに戻るか、どちらかしか選択肢はなかった。

「……。」

 力の入らない右腕を使って、改めて左腕を縛っているロープをきつくする、それも止血法の一つだ、その為にロープを持ってきていた、意味はあった。

 確か、バッグの中に止血剤を入れていたはずだ、この世界における止血剤は錠剤で、魔法の力を使って飲んだ人間の出血を止めるのだ、という話だった、他の世界における止血剤は違う、という事も、パトロックはテレビで見た事があったが、この世界においては、止血剤は錠剤だ。

「ん……。ん……。」

 白んできた景色の中で、バッグの中から止血剤を取り出して、メルンに入る前に近くの川で汲んで、水質浄化剤を入れておいた水を飲んで、一旦呼吸を整える。

「俺は……、生き延びれる、のか……?」

 当然の疑問、パトロックには生きていく理由がある、意義がある、だから死ぬ訳にはいかない、ただ現実として、死ぬ可能性は依然にして高い。

 止血を出来たとして、毒が全身に回ってしまったら死ぬ、そもそも結界石の在庫が切れて、そしてあの人間のような何かがまたやってきて、毒を注入されたら死ぬ、失血死する可能性もある、死ぬ可能性と生き抜く可能性を考えた際、現実主義なパトロックは「死ぬ確率が高い」と答えるだろう。

 もしかするに、血の匂いに吸い寄せられて何かが来る可能性もある、吸血種と呼ばれるモンスターは、血の匂いに反応して現れる事があるのだ、とかつて本で勉強をした覚えがあった、パトロックの中の知識で「人間のカタチをした何か」の判別が付かない、と言うだけで、パトロックはそもそも博学な方だ、だからこそ勇者の扱う独特な呼吸法を知っていた、万が一の事を考えて、真似出来る程度に習得していた、それらはパトロックが知的好奇心に富んでいたから、の証左になる。

「ルチル……、クォーツ……、ルベ……。」

 我が子達、そして愛する妻の名を呼ぶ、それがパトロックの生き抜く理由になる、パトロックにとって、生き抜かなければならない意味は、家族にあった。

 クォーツの習熟度からして、一人前になれているだろうか、家の外まで歩ける様になったルベライトは、何処まで体が発達しているだろうか、ルチルが少々病弱で、貧血気味なのは大丈夫だろうか、そんな日常の事を思い出して、パトロックは生き抜くという道を選んだ。

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