第二話 テレパス
「……。ん?」
ルチルが産院から退院した頃、パトロックは工房に籠って「我が子のパーツ」を作っていた、まずはテレキネシス、所謂念力に負けないメスを作って、そこから内臓を填め込む為の人体の模倣品を作る、という工程を踏んでいた、パトロックは独りで工房に籠っていたのだが、声が聞こえた気がしていた。
「……。そうか、お前か。待ってろ、父ちゃんがちゃんとした体を作ってやるからな。」
テトラマ体として生まれた我が子、名もつけていない我が子が、念力を通して声をかけてきていた、それに気づいたパトロックは「この子は生きようとしている」と判断した、テトラマ体として摘出されて、元来なら命などすぐに鳴動を止めてしまう所を、魂や心臓、内臓の機能を停止させずに踏ん張っている、パトロックが「自分の体」を作ってくれるまで待っている、それに対して踏ん張っている、とパトロックは感じていた。
「……。俺はな、人体の事なんてまったく分かっちゃいないんだ。医者から説明されたって言っても、臓器をしまうだけの入れ物、なんて作れねぇ、最初はそう思った。でもな、お前さんを見てると、不思議とそれがわかるんだ。この賢者の石って言ったか?賢人しか持っちゃいけねぇって言われてるこの鉱石を見てるとな、お前を育てられる気がするんだよ。……、名前も付けてねぇお前にゃ、わからん話かもしれんがな。ただ、俺はお前の事を救いたい、生まれ来る子を救いたい、それが親としてのプライドってもんだ。」
親としてのプライド、鍛冶職人としての矜持、そう言った諸々がパトロックを動かす原動力だった、パトロックは今いる家族、妻ルチルと息子のクォーツに、悲しい思いをさせたくなかった、我が子を、兄弟を待ち望んでいた二人の為にも、そしてこの袋に入っている子供の為にも、自分自身の為にも、最後まで諦めるつもりはない、と断言できると考えていた、パトロックは、万が一の可能性だったとしても、それが万に一つだったとしても、賭ける価値はある、と考える。
「そうだ、お前は男の子なのか?それとも女の子なのか?」
問いかける、パトロックはテトラマ体である我が子に問いかける、それは重要な事なのだろうと考えて、性器をどちらにするか、という自然的に発生するはずの、しかしテトラマ体の中では陰嚢が出来ているのか、睾丸が出来ているのか、それとも子宮が出来ているのか、それが開けてみないとわからないという事もあって、テレキネシスで話が出来る我が子に問いかける。
「そうかそうか、お前は男の子だったか。」
テレパスによる会話、それを聞いたものがいたら、パトロックが狂ったと思われても仕方が無いだろう、事実、テトラマ体の赤子はパトロックには熱心に話しかけていたが、ルチルやクォーツと言った家族には一切テレパスを送っていなかった、それともパトロックだけがテレパスを受信する何かがあったのだろうか、そこに関してはどちらかなのだろうが、兎にも角にも「パトロックだけが聞こえる声」に導かれて、パトロックは体のパーツを作っていく、医者が賢人から下賜されたという賢者の石は、未熟児一人分程度、二千グラムから二千五百グラム程度、の量だった、それに填まってくれるか、ならば健常児と同じ内臓の大きさだった場合、それでは賢者の石が足りなくなってしまう、ただ、パトロックはそれで「足りる」と直感していた、不思議な話、オカルトの類をあまり信じないパトロックではあったが、武器に魂が宿る、という話しだったりは信じていた、それと同じかどうか、と問われるとわからないと答えるのが正解だとパトロックは言うのだろうが、不思議と「この子にはこの量の賢者の石が丁度良い」という、確信めいた何かがある、とパトロックは感じていた。
「あなた、食事をとらないと……。」
「いや、散々蓄えてきたからな、大丈夫だ。それよりルチル、この子は男の子だって言ってるぞ?名前、考えてやらないとな。」
「……、あなた……。」
ルチルが工房に食事を運んで、水分と食事をとらないと倒れてしまう、と忠告してもパトロックは耳を貸さない、そもそもパトロックは、勇者への餞として武器を鍛造する鍛冶屋、その鍛冶職人としての仕事中は、碌に食事も睡眠もとらず、ある意味儀式的に熱心に鍛造に打ち込むのが当たり前だった、だからそれがパトロックの中での常識で、ルチルはそれに従っていたのだが、今回は違う、我が子を救うといっているパトロックの言葉を疑っている訳ではないが、テトラマ体に意識があって、自分に語り掛けている、というパトロックの言葉が信じられなかった、羊水に包まれた我が子、一枚の皮膚と言う皮に何もかもを包まれた我が子を見て、それを救える可能性、と言うのをルチルは信じられなかった、パトロックが何か確信めいた感情を持っているのに対して、ルチルはそれが信じられていなかった。
パトロックが狂ってしまった、テトラマ体と言う奇形嚢腫で子供が生まれてしまって、それによってパトロックが狂ってしまった、ルチルの目にはそうとしか映らなかった、無理もない、医者に万が一と言われて信じているパトロックに対して、子供の事は忘れた方がいいと言われていたルチル、その違いからしても、ルチルの目にはパトロックが狂って現実逃避をしている、と見えてしまっても仕方がないのだろう。
「あなた……。」
「ルチル、ここの熱さは産後の体には障るだろう、戻ってなさい。」
「……、えぇ。」
その事をパトロックには言えなかった、ルチルは「あなたは狂ってしまった」という言葉を夫であるパトロックに投げかけられなかった。
もし万が一テトラマ体の中で臓器が生きているのだとして、それを肉体を与える事で生かす事が出来る、というオカルトを超えた創造論、にルチルはついて行けなかった、否、パトロックでさえ「どうしてそう確信しているのか」を説明は出来なかった、ただ、赤子が訴えかけてきている、生きていると言っている、とテレパスを受け取っていたパトロックと、それを受け取っていなかったルチル、の差があるのだろう。
「ここはこうして……。」
数日を工房に引きこもって過ごして、パトロックは入念に、丹念に臓器をいれる「肉体」を賢者の石で生成していく、構築していく、人間の体と同じ構造になる様に、土台である肉体から内部である関節まで、丁寧に鍛造していく。
数日、水を時折飲むだけでそれ以外何も摂取していなかったパトロックの瞳は、希望を失っていなかった、テトラマ体が発するテレパスを聴き続けて、生きていると信じて、パトロックは鍛造を続けていく。
「もう少しだからな、堪えてくれ。」
あと少し、あと少しで「入れ物」が出来上がる、賢者の石と言う未知の鉱石、パトロックが勇者に対して渡していた武器を鍛造する時にも扱った事がなかった未知の物質、叩けば伸びる、熱して叩けば形が変わる、そんな金属に性質の似ている不思議な鉱石を使って、パトロックは肉体となる入れ物を鍛造し続ける、医者から言われていた事、医者から渡された人体の構造を注視しながら、パトロックは丁寧に、そして迅速に入れ物となる肉体の鍛造をこなしていった。




