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第一話 テトラマ体

 産声、それは聞こえなかった。

 ルチル・カイルという女性と、パトロック・カイルという鍛冶屋の間に生まれるはずだった子供、その出産が間近になって、ルチルは産院へと入っていた。

 そして、なかなか陣痛が来ない、という事で、帝王切開による手術で出産を迎える事になった、が。

「こ、これは……。」

「せ、せん、せい……。どうか、され、ましたか……?」

「これは……。奇形嚢腫……、ですな……。」

 奇形嚢腫、またの名をテトラマ体、元来は皮膚と骨と筋肉組織によって配置されるはずの内臓が、一つの袋に詰まって形成されてしまう奇病、祝福を受けて生まれ来るはずだった子供は、何の因果か惨酷な現実か、一つの「袋」として生まれてきた。

「奇形……、嚢腫……?私、の子供は……?我が子、は……?」

「……。残念ながら、私達ではどうしようも……。奇形嚢腫として生きていること自体が稀であって、その臓器をあるべき場所に戻す、それも我々では……。」

「母さん!生まれたか!?……?先生、その袋はどうしたってんだ?」

「旦那様ですな?残念な事ですが、生まれ来る子は……。」

 パトロックは、産声が聞こえてこない事に驚きながら、分娩室に入ってきて、袋を見て疑問符を浮かべている、ルチルの様子からするに、切開手術は終わったはずだ、ならばどうして産声が聞こえず、医者は「袋」を持っているのか、と。

「とにかく、奥様の回復を先に。旦那様、お話がございます、こちらへ。」

「あなた……。」

「……。ルチル、今は休め、お前の体が心配だ。」

 パトロックは医学的知識はない、だから、医者が抱えている袋についてはわかっていなかった、ただ、それが「我が子」である事については気づいていたのだろう、医者の言葉に従って、ルチルに回復魔法を受ける様に言ってから、医者の後をついて行く。


「旦那様、こちらが奇形嚢腫と呼ばれる、内臓の袋になります。」

「奇形嚢腫……?内臓の袋……?」

「はい、この中身は、元来子供を形成するはずだった内臓、髪の毛、神経、歯、筋肉などが入っています。……、摘出をしようとしたとして、この子が救われる道は、我々の医療技術では……。」

「は……?ちょっと待てよ!お前医者だろ?魔法も使えるんだろ?なら、魔法で何とかするって出来ねぇのか!?仮にも魔法使いだろ!?」

「……。生命を生み出す魔法、と言うのは、我々には禁じられているのです。傷を治す事は出来ても、生命を生み出す様な大魔法を扱う事は……。」

 パトロックは、医者の言葉を聞いて絶句していた、パトロックは鍛冶職人、魔法に関しては素人の類なのだが、しかし大魔法と呼ばれるそれは「賢人」と呼ばれる大魔法使いにしか許されていない魔法だった、というよりは「発動するリスクが高すぎて」使う事が出来ない人間が殆どだ、という魔法だった。

 それを知らなかったパトロックは、テトラマ体を傍に置いている医者に対して憤る、怒りを発露させてしまう、ただ、医者としてはどうしようもない事だ、魔法が発達している、と言っても、賢人以外には使えない魔法が存在する、そしてその賢人には「一般人には加担しない」という枷がある、それを医者は理解していたから、パトロックに対して「この子を救える」と言えなかった。

 それはかえってパトロックやルチルを傷つける結果になってしまう、出来ない事を出来ると言って、結果として出来なかった、は医者としては失格も良い所だ、と。

「俺の子が……、どうして……!」

「……。旦那様、貴方は鍛冶職人の方でしたな?」

「それが……、どうしたってんだ!今関係のある話か!?」

「万が一、の可能性の話でございます。貴方なら、この子を救えるのかもしれません。」

「……、は……?俺が……?」

 パトロックは医者の言葉に目を白黒させる、それもそうだろう、医療魔法の専門である医者がそれを出来ないと言っていて、パトロックにはそれが出来る、と言っているのだから、それは当たり前の感情だろう。

 ただ、我が子を救える可能性、我が子を育める可能性、と言うのに気付いたパトロックは、目つきを鋭くして、姿勢を正す。

「……。それは本当だろうな?」

「万が一、ではありますが。……、君、あれを。」

「医院長、あれは賢人の方に下賜されたものでは……。」

「私が持っていても意味がないのだ、この方が万が一を成せるのであれば、医者としてそれは正しい判断だという事になる。」

 賢人に下賜された物、が何なのか、パトロックは見当もつかなかった、ただそれが「我が子を救いうる可能性」である事は理解していた、パトロックにとっても、藁にも縋る想い、という事なのだろう、それを持ってくる看護師は、怪訝な顔をしながらその「下賜された物」を持ってきた。

「これは?」

「賢者の石でございます、これを人体の体に当てはまる様に加工し、そして内臓を填め込めば、或いは……。ただ、可能性はとても小さい、とても少ない可能性です。賢者の石が万能の鉱石と呼ばれている石ではあるのはそうなのですが、人体を生み出すという事を出来るかどうか、に関しては未知数です故……。」

「……。ルチルは、悲しむんだろうな。あいつは、ずっと楽しみにしてた、クォーツに弟か妹が出来るのを、ずっと楽しみにしてた、クォーツだってそうだ、あいつも、兄弟が出来るのをずっと楽しみに待ってた。……。俺は、家族を救う義務がある、あんたに出来ないってのなら、俺がやるしかないだろうよ。」

「……。テトラマ体はテレキネシスを扱えたりしてしまう事がありますので、我々が使っているメスなどは扱えません、その可能性が高いと見て間違いはないでしょう。まずは医療器具を揃えてください、テレキネシス、念力に耐えうる医療器具を集めて、そして賢者の石を加工して、人体と同じ形や機能をするように組み立てるのです。」

 医者の言葉を聞きながら、パトロックは賢者の石と呼ばれる鉱石を見ていた、色とりどりな色をしたそれは、何の鉱石似ているか、と問われるとわからないと答えるのが正しい、という程度に、それぞれに違う色をしていて、パトロックはなぜか「それがどこに使われるべきか」を判断していた、頭の片隅で、医者の説明を聞きながら、イメージをしていた。

「切開の際には、中から羊水が漏れ出てきます、内臓はとても繊細なので、扱いにおいては……。」

 医者がメモをしながらパトロックに説明をする、この臓器はこの形でこの部位に入れて、という話を淡々と話していく、それをパトロックは一字一句聞き逃さんと頭の中に入れていく。


「あなた……。」

「ルチル、俺に任せろ。きっと、この子は救って見せる。」

 産後の肥立ちが落ち着くまでは入院、であったルチルの元に行ったパトロックは、そう宣言すると、まだ見ぬ我が子を連れて、賢者の石を持ち帰って、工房に引き籠る様になった、五歳の子供であるクォーツの世話は世話役の女性に任せて、自身は寝食も忘れてそれを形作る為に行動をし始めた。


 この世界は、勇者と魔王が存在する世界、鍛冶師パトロックは、カイル家に生まれ多難十代目かの当代として、勇者に対して武具を作る為に生きていた、そんな存在だ。

 そのパトロックが、己が使命を忘れて、我が子の為に槌を振るう、それは対外的に視たら越権行為なのだろう、世界の為に戦う勇者の為ではなく、己の子供だけの為に槌を振るう、それはパトロック自身も想像しえない事だった、誰にもそれは想像できない事だった。

 ルベライト・セレン・カイルが生まれるまで、というよりは「人の形を成すまで」は、もう少し時間がかかる、その為に、パトロックは槌をふるい続けた。

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