第十六話 賢者の石
「本当に誰もいねぇんだな……。」
メルンの中を歩きながら、パトロックはいつモンスターが現れても良い様にと、片手剣に右手を添えて歩いていた。
お目当ての転移処は、地図によると南の方にあるらしく、ここから数時間程度歩けば到着する、程度の認識だった。
「……。」
誰もいない廃墟の都市メルン、この都市が機能していた頃、の話は歴史で聞いた事がある程度だ、防衛拠点として、最前線の都市だった城塞都市、美しいながらに堅牢な造りをした都市だった、という言い伝えは信じられない程度には、外壁も街並みもボロボロになっていた、その程度には、魔王の進軍が凄まじかった、と言えるのだろう。
街中を歩いていると、残骸も残骸、骨が風化して欠片になったのであろう、数千年の時を経て、人間や生命体の痕跡がなくなってきたのであろう痕跡が残っていた、他の世界では、人間の骨と言うのは土に埋めると微生物が百年程度の時間をかけて分解していく、らしいが、この世界にはその微生物が存在しない、つまり、人骨や動物の骨を分解して大地へ還す機構がない、だから基本的には火葬が主流で、そして骨は砕いて粉にして大地へと撒いて、そして次代への栄養として還元していく、それがこの世界における葬儀のやり方だった。
それをする暇がなかったメルンの人々の欠片、風化した何かは、まだ残っていた、未だに残っていて、まるで誰かに弔って貰いたいと願っている、そんな叫びが聞こえてくる様だった。
「……。」
丁寧に、地図と街並みの違い、同じ場所と違う場所を確認しつつ、転移処へと向かっていく、ただ、一つだけ疑問が残っていた、魔王がこの大陸アルドを支配しようとしていて、この都市メルンを滅ぼしたのであれば、転移処と言う勇者の逃げ道を取っておくだろうか?と。
ただ、なんとなくではあるが、転移処は残っている気がした、気がしただけで確証でも何でもなかったのだが、そんな気がしていた。
兎にも角にも、退路は確保しておかないといけないだろう、それが使えるかどうか、そしてそもそも残っているのかどうか、を確かめなければならない、パトロックはそう考えて、移動を続けた。
「……?」
転移処まであと少し、と言った場所で、ふと気配を感じたパトロックは、足を止めた。
気配、と言っても人間や生物の気配ではない、何か、触れた事がある様な、ない様な、そんな気配だ。
「……。」
人間の魂は物質的に存在している、それがこの世界における宗教だ。
魂の重さ、人間が死んだ直後、体重に変化がある、それは魂の抜けた結果、軽くなったという事なのだろう、というのが通説だった。
ならば、この触れた事がある様なない様な気配は、何か。
「……。これは……。」
賢者の石、それは、賢者の石だった。
パトロックがルベライトの肉体を作るにあたって触った賢者の石、それが人骨のすぐ近くに転がっていた。
それは水色をしていて、おそらくではあるが水属性に類する賢者の石であろう、という事が伺えた、パトロックは賢人機関の書物を読むまで知らなかったが、賢者の石にも地水火風、光と闇と言う属性があり、それは人間や生命体が持つ属性と一緒なのだ、と記述があった。
「……。人間の、魂が……。」
人骨のすぐ近く、というよりは人骨に埋もれる様にそれはあった、水色をした賢者の石、それは人骨の心臓部分、肋骨の左側に填まっていた。
「……、そうか……。」
パトロックは博識な方だ、勉学に励んでいたわけではないが、しかし鍛冶職人としての修行の合間に図書館に通って、自主的に勉強をする方だった、父トルマリンは「余計な知識は身を亡ぼす」と言って推奨はしていなかったが、パトロックが学校にも通えずに鍛冶職人の息子として、勇者の武器を鍛造出来る唯一の担い手の未来として生きる事、を承諾していた以上、それ以外の事に関しては放任していた、だからこそ、パトロックはルチルと出会って、交際をしてという経緯を辿ったのだ。
人間の魂は二百グラムあると言われている、それがこの世界における通説で、俗説だ。
そして、この賢者の石は二百グラム程度の重さがある、と触る前から分かっていた、パトロックは伊達に鍛冶職人として息が長いわけではない、鉱石の重さなど、見ただけで分かってしまう。
それが人間の魂と同じ場所に安置されている事、人間の魂と同じ重さである事、それらだけでも、パトロックは「賢者の石が何で出来ているのか」を自ずと理解した、だからこそ、賢者の石は奇跡の意思と言われているのだろう、それはそうだ、人間の魂を材料として使っているのだから、人間が起こしうる奇跡であれば起こせるのだろう。
「ルベ……。」
人骨から賢者の石を取って、手にもって考える。
ルベライトは、魂を以てこの事を知っていたのだろうか、だからこそ、肉体が欲しいと願ったのだろうか。
ならば、二千グラム程度で作られたルベライトの体は、何人もの人間の魂の残骸で出来ている、というよりも「何人もの人間の魂そのもので出来ている」と回答するのが正しいのだろう。
「ルベ、俺は……。」
パトロックの行動は正しかったのだろうか、ルベライトの願いは正しかったのだろうか。
ならば、ローランで死んだ人間が賢者の石にならずに、ここメルンで亡くなった人間の魂が賢者の石になる理由は、それを探さなければならないだろう。
「……。どうか、安らかに。」
祈りを捧げる、賢者の石となった魂に、天に還れるようにと祈りを捧げて、賢者の石を背負っていたバッグに入れて、パトロックは歩き出した。
兎にも角にも、まずは転移処、それをどうにかしなければ、この事実をどうする事も出来ないだろう、ルベライトやクォーツ、ルチルに伝えるかどうかは別として、帰る事すら出来なくなってしまう前に、その手段を確保しておきたい、と。
パトロックは、どうしてこの街メルンで賢者の石が採取できるのか、ならば賢者の意思とはどうやって製造されているのか、それを知る為にもう少しここに滞在しなければ、そう感じていた、というよりは、中途半端に知ってしまった以上、ここで引き返して賢者の石を一つ持って、という事をパトロックは選べなかった。
転移処を探す、そして賢者の石の在り方、賢者の石の製造法を探す、それがパトロックの新しい目的になった、それに対して許される期間は、転移処がきちんと動いていたとしても、一か月と一週間だ。
モンスターに襲われた場合、モンスターを避ける為に結界石を使った場合、それらはまた変わってくるのだろうが、どうした事か、アルニードを出てから暫くは戦い続けていたモンスターの姿が、ここメルンには一切無かった。
どうしてなのか、ならば魔王がこの都市を破壊した後「メルンにモンスターが侵入出来ない理由」が何某かあるのか、それも確かめなければならないだろう、パトロックはいつ襲われても良い様に、剣の柄に手を添えたまま、街中を探索していった。




