6.毒味とは
「ごちそうさまでした!」
二人で食べ進めたサンドイッチは、ほとんどミリーが平らげてしまった。
「あ……侯爵様のお食事が」
それに気づいたミリーの顔が曇ると、アルフィーはふっと笑みを浮かべた。
「一緒にダイニングへ行くか」
アルフィーがミリーの頭をポンポンと撫でると、ミリーはキラキラと瞳を輝かせた。
「……! はい!」
(僕が食事をとるのがそんなに嬉しいのか)
心底嬉しそうな笑みを向けてくるミリーに、アルフィーの心がぽかぽかとする。
二人は部屋を出ると、一緒にダイニングへと向かった。
* * *
いきなりダイニングに現れた主人に、料理長やメイドたちは慌てふためいた。しかし先回りしていたレイとリゼが取り仕切ったおかげで、瞬く間にテーブルはセッティングされていく。
コース料理はさすがに無理なので、余り物――それでも高級食材によるリゾットが、席に着いたアルフィーの前に運ばれてきた。
「美味しそうですねえ」
護衛と称するミリーが一歩後ろでごくりと喉を鳴らす。
「君、まだ食べられるの?」
ぷっと笑いながらも、アルフィーはリゾットをスプーンですくった。
「ん」
「え?」
アルフィーが差し出したスプーンにミリーはきょとんとしている。
「毒見、してくれるんでしょ?」
「はい!!」
照れくさそうに目だけ逸らしたアルフィーにミリーは返事をすると、スプーンをぱくりと口に入れた。
「おい、しいっっ!!」
ミリーはすぐさま両手で頬を挟み、リゾットの味を噛みしめるように目を閉じた。
「そうか」
そんなミリーを見たアルフィーがリゾットをまたすくい、今度は自身の口に入れる。
「…………! 侯爵様がお食事をされる姿を見たのは何年ぶりだ!?」
食堂の脇でワゴンを持っていた料理長が、興奮しながらもひそひそとリゼに話しかける。
「ミリー様のおかげですわ」
リゼは紅茶を用意しながら、嬉しそうに二人を見ていた。
リゼの視線の先にいるアルフィーは、リゾットを口にするとミリーに顔を向けた。
「こっち来て」
アルフィーはきょとんとするミリーの手を取ると、膝の上にミリーを座らせた。
「「「!?!?!?」」」
その場にいた使用人からどよめきが起こる。
「あの、侯爵様、これは?」
動揺を一切見せないミリーは、アルフィーを見つめて訊ねた。
「このほうが毒見しやすいでしょ」
横座りになったミリーの背に手を回し、アルフィーがもう一方の手でスプーンをミリーの口元へと差し出す。
「んむ。もぐもぐ。でも、お行儀が悪くないでしょうか?」
差し出されたリゾットをしっかりと頬張りながらも、ミリーは首を傾げた。
「この方が僕を守りやすいだろ?」
「なるほど!」
――何でそれで納得できるんですか!
なぜか納得するミリーに、使用人たちは心の中で突っ込む。
「なあリゼ、この数時間の間で何があったんだ? てかあの二人、付き合ってんのか?」
「まだです。残念ながら」
料理長の言葉にリゼが半目になる。
「てか……あのお嬢様、王太子殿下の恋人とか言ってなかったか?」
「それもこれから計画を練ります」
「ふうん。まあ、あんな侯爵様の表情を見るのは子どものとき以来だからな。いいんじゃねーか?」
リゼと料理長の間には共闘心が芽生えたようだ。二人は見合うと、ガシッと握手をした。
「あなたたち、仕事をしなさい」
そこに眼鏡のフレームを人差し指で持ち上げながら、レイがやって来る。
「あいつ、ピリピリしてないか?」
「ミリー様をまだ警戒されているのよ」
「ふーん、真面目だねえ」
それぞれ手を動かしながら、二人はまだひそひそと話す。
「レイはアルフィー様の一番近くにいて、お命が狙われたことにも責任を感じていたから……」
表情を曇らせたリゼに料理長が肩をポンと叩く。
「俺はあのお嬢様に期待するぜ。きっといい方向に行くさ」
「うん……」
二人の目には、楽しそうにリゾットを食べ合うミリーとアルフィーの姿が映っていた。
二人が食事を終えると、リゼは紅茶を給仕した。
ミリーもアルフィーの膝から降り、左横の椅子に腰掛けている。紅茶をすすりながらミリーが口を開いた。
「あ、そうだ侯爵様。わたし、侯爵様の部屋で寝泊まりします」
思い出したかのように告げたミリーの言葉に、アルフィーがぶーっと紅茶を吹く。リゼも思わずポットを落としそうになった。
「侯爵様!? 大丈夫ですか!? 紅茶、熱かったですか?」
瞬時にテーブルナプキンを手に口元を拭ってきたミリーの動きに驚きつつ、アルフィーは彼女を優しく押しのけた。
「大丈夫だ。それより、何だって?」
「侯爵様を護衛するために、同じ部屋で寝ます! あ、寝ていても殺気や気配には気づけるよう訓練してきたので安心してください!」
いろいろ突っ込みどころがあるが、アルフィーはこほん、と咳払いをして姿勢を正した。
「君、男女が同じ部屋で寝るなんて、意味をわかって言っているのか?」
「?」
こてん、と首を横に倒すミリーにアルフィーは大きな溜息を吐いた後、顔を赤らめて告げた。
「……君が襲われるぞ」
「わたしは強いので大丈夫です! それよりも侯爵様に何かあってはいけませんから!」
アルフィーの言葉の意味は、やっぱりミリーには伝わらない。アルフィーはスンとした顔でミリーを見た。
「あ、そ……」
「なので今日の夜から――」
「却下」
前のめりで話すミリーに、アルフィーはぴしゃりと言った。
「え?」
「屋敷内は安全だから、君が部屋にまで詰める必要はない」
「でも……」
立ち上がったアルフィーを追うようにミリーも立ち上がり、食い下がる。
「君が僕のものになってもいいという覚悟があるのなら話は別だけど」
「…………専属契約ですか」
――違う!
考え込むミリーの返答に、またもや聞き耳を立てていた使用人たちの心の声が突っ込んだ。
「そればかりはわたしの一存では決められません」
「じゃあ却下」
「ではせめて、お近くの部屋にわたしを配置してください!」
「…………レイ」
ミリーの頭に色恋ごとなんてものはなく、あるのは護衛という任務のみ。アルフィーはそれを理解したようだ。レイを呼びつけると、溜息混じりに告げた。
「僕の隣の部屋、空いてたでしょ」
「……! よろしいので……?」
「うん、手配よろしく」
「かしこまりました」
アルフィーの執務室と寝室は続き部屋になっている。そのフロアには他にも部屋があるが、全てが空き部屋だ。近くに人を置きたがらないアルフィーに配慮されたものである。レイでさえ一つ下の階の部屋なのだ。
「なあ、侯爵様は確実に意識しておいでだが、あのお嬢様、鈍すぎやしないか?」
「……ぽやーっとしたお方だとは思っておりましたが、まさかここまで疎いとは……」
それぞれの持ち場にいたはずのリゼと料理長が再び集結し、扉の隙間から様子を覗き見ていた。二人はひそひそと話を続ける。
「なあ、あんな鈍い子が本当に王太子殿下の恋人なのか?」
「……侯爵家に派遣されてきたことといい、もしかしてソワイエ伯爵家からいいように利用されているのかしら? 可愛らしい見た目ですし……あわよくば権力に擦り寄れるようにと純粋なミリー様を生贄にしたのかも」
「そうだなあ。あれが演技だとしたら末恐ろしいよ俺は。その線が濃厚じゃないか?」
「では、ますますこの家に嫁いできていただいたほうがミリー様にとっても幸せですね!」
リゼと料理長はお互い見合うと、うん、と頷いた。




