41.二人でなら②
決闘の場所は中庭ではなく、屋敷の裏手にある広場だった。この広場の奥には森が広がっており、ミリーはよくマテウスと修行でこもったのを懐かしく思う。
(この広場は中庭と違って広いから動きやすいけど……)
ミリーはちらりと隣のアルフィーを見た。
実戦経験のないアルフィーにとって、この広さは仇となるかもしれない。
(マテウスお兄様相手なら、最初から祝福を行使していかないと……)
ミリーはそのためにお腹をいっぱいにしてきていた。
「では、始めます」
マテウスの合図でアルフィーが剣を構えた。
「ミリー、指示を出してくれ」
「はいっ! ――!?」
ミリーが祝福を行使するより早く、マテウスが先制攻撃を仕掛けてきた。トップスピードでアルフィーに迫ると、剣を振り下ろす。
「くっ……!」
間一髪のところでミリーがマテウスの攻撃を受け止め、広場には刃がこすれる金属音が響いた。
(ダメっ……力だと押し負けるっ……)
マテウスの上からの攻撃に、ミリーは全ての力を腕に集めて耐えているが、このままでは後ろにいるアルフィーごと吹っ飛ばされてしまう。このスピードにアルフィーがついていけないのは当然だ。いきなり力の差を見せつけてきたマテウスに、ミリーがどうすべきか考えていると、後ろにいたアルフィーが前に飛び出した。
「ミリー、すまない! ありがとう!」
アルフィーはマテウスの横に回ると剣を振り下ろした。
(ああ……侯爵様は本当ならもうわたしなんて必要ないのに……)
アルフィーは剣の腕こそマテウスに劣るかもしれないが、頭脳の面では勝っている。こうして咄嗟に動けるのも、きちんと鍛錬を続けていたからだ。だからもう、ミリーの護衛なんて必要ないのかもしれない。
(それでも、わたしを必要だと言ってくださった侯爵様の期待に応えたい……!)
ミリーは祝福を行使すると、叫んだ。
「侯爵様、後ろに跳ねます!」
次のマテウスの動きは読めている。ミリーの指示に、アルフィーは剣筋をずらした。
(あっ……ダメっ!)
マテウスの次の次の動きを読んだミリーは、アルフィーの前に出ると、マテウスの剣を受け止めた。
「きゃあっ!」
「ミリー!」
吹っ飛ばされそうになった身体をアルフィーが抱きとめてくれる。
「どれだけ時間がかかってもいいですよ? 私に一撃入れられますかね?」
マテウスは余裕の表情で立ち止まると、剣を構え直した。次を打ってこないのは、ハンデのつもりだろうか。
ミリーはアルフィーにこっそり耳打ちした。
「侯爵様……わたしの指示はお兄様も聞いています」
「あのやろう……」
それだけ言えばアルフィーにも伝わった。やっぱり侯爵様は頭が回るなと思っていると、今度はアルフィーがミリーに耳打ちしてきた。
「…………!? それだと、侯爵様が混乱しませんか?」
アルフィーの告げてきた作戦にミリーは驚愕した。
「きちんとタイミングを決めておけば大丈夫だ。それなら勝機もあるだろう?」
そう言って笑ったアルフィーは、勝利を確信している顔だ。
ミリーはアルフィーを守れる権利を、この戦いで終わらせたくはない。ぎゅっと唇を結ぶと、短く頷いた。
この間の短い作戦時間にもマテウスは攻撃をしてこなかった。どうやら最初に仕掛けてきただけで、あとは受けの姿勢のようだ。剣で肩をトントンと叩き、こちらの出方を窺っている。
「よし、行こう」
「はい!」
アルフィーが剣を構え、マテウスに向かって走り出せば、ミリーも付き従う。
「侯爵様! 右からの右下です!」
「おう!」
アルフィーが攻撃を仕掛ければ、マテウスは次の次の動きでそれを防いだ。
(やっぱりお兄様は、わたしの能力を逆手に取っているわ)
ミリーは先回りして、アルフィーの身体を抱えてマテウスから離した。
「次、右とみせかけて左です!」
アルフィーは体勢を立て直すと、ミリーの指示通りまた剣を振り下ろす。しかしまたマテウスの剣によって阻まれてしまった。
マテウスはミリーの指示を聞き、その逆の動きを瞬時にしてみせていた。ミリーの能力を知り、身体能力に長けたマテウスだからこそできる芸当だ。
アルフィーの動きよりも先回りして動かれるのだから、敵うはずがない。ハンデを与えてもなおこの余裕の動きは、さすが騎士団長だ。
(でもっ……!)
ミリーは何度かそれを繰り返したあと、アルフィーの合図を確認して叫んだ。
「侯爵様、後ろです!」
ミリーの指示にマテウスがいち早く反応する。アルフィーはそのタイミングを待っていた。
ミリーの指示とは逆の、正面――今は背後に変わったマテウスに向かって剣を振り下ろした。
「――っ、しまった!」
気づいたマテウスが振り向きざまに剣で受け止めようとして、ミリーがそれを阻止する。アルフィーの剣は誰にも邪魔されることなく、マテウスの肩へと振り下ろされた。
「――やった……」
アルフィーの剣がマテウスの肩をかすった。シャツが切れて肌が露わになっている。
「やった、ミリー!」
「侯爵様、すごいです!」
剣を下ろしたアルフィーは、年相応な顔で喜び、ミリーを見た。その笑顔にミリーも嬉しくなる。
「はあ……今のはアルフィーの作戦ですね? まっすぐなミリーには考えつかない作戦だ」
「はい! 侯爵様はすごいんです!」
頭をかきながら、マテウスが観念した顔で言った。嬉しそうにミリーが近寄れば、優しく頭を撫でてくれる。
「ミリーも能力を行使しながら、上手くアルフィーを守れていたね」
尊敬する兄に褒められれば、ミリーの顔も緩む。えへへと笑えばぎゅっと抱きしめられた。
「おい!?」
なぜか慌てた声のアルフィーに顔を向ければ、マテウスはミリーを抱きしめたまま言った。
「約束は約束です。ミリーをあなたの護衛として認めましょう」
「抱きしめながら言っても説得力がねえなあ?」
アルフィーが呆れた声で言えば、マテウスはミリーに頬ずりをしてくる。
「ミリーを送り出したとしても、可愛い妹であることに変わりはありませんので」
「お兄様……ありがとうございます!」
アルフィーがわなわなと震えているが、もちろんミリーは気づかない。ジーンとしながらマテウスを見た。
「アルフィーならミリーの能力を活かして上手く立ち回れそうだね。二人ならきっと大丈夫だ」
「……はい!」
――二人でなら乗り越えられる。
アルフィーが言った言葉を、マテウスは認めてくれたようだ。
ミリーはとびきりの笑顔でアルフィーに振り返る。アルフィーは目を大きく見開き、顔を赤くさせた。そしてミリーへと手を差し出す。
「ミリー、これからもよろしく」
「はいっ!」
ミリーはマテウスの腕から離れると、アルフィーの手を取った。
「ずっと侯爵様をお守りしますね!」
「あ~、ミリー、その……」
繋いだ手を両手で包み込めば、アルフィーが言いごもる。ミリーが首を傾げれば、アルフィーは熱っぽい目でミリーを見つめて言った。
「ミリーだけは僕のこと、アルって呼んでいいよ……」
シエンナだけに許されていたと思っていたその呼び方を、ミリーは許された。胸の奥がくすぐったくなって、叫びだしたい衝動に駆られる。
(本物の婚約者でもないのに、いいのかな?)
そう思っても、ミリーは自身の欲望に抗えない。
「アル……様?」
口にしてみれば、なんだか多幸感に包まれた。
気恥ずかしくなってアルフィーをちらりと上目遣いで見上げれば、彼は真っ赤になって固まっている。どうやらアルフィーも照れているようだ。
(あれ……アル様、可愛い……?)
今までとは違う感情がミリーの中に生まれる。それがなんなのか確かめたくて、ミリーはもう一度名前を呼んでみた。
「アル、様……」
「ミリー……」
ミリーはアルフィーから包んでいた手を握り返され、ドキンと胸が跳ねた。けしてお腹が空いたわけではない。
「ミリー、僕はっ……」
アルフィーが何か言いかけたところで、大きな影が二人の間に落ちた。
「ミリー、お腹が空いただろう? 屋敷に戻ろう。ああ、アルも今日は泊まっていってください」
にこやかに笑うマテウスに、ミリーは連れ出される。取り残されたアルフィーが、後ろから震える声で叫んだ。
「〜っ、お前にその呼び方を許した覚えはない!」




