40.二人でなら
「侯爵様!!」
「おわっ!?」
突然ミリーが飛びついてきたので、アルフィーは動揺した。
(落ち着け、僕。ミリーは護衛を続けたいだけなんだ)
抱きしめ返せずに宙に浮いた手を握りしめ、アルフィーはそっとミリーの肩に手をやって、身体を離した。
「ミリー、不安にさせてすまない。療養するなら実家のほうがいいと思って、マテウスにミリーを託したんだ」
「そうだったのですね……。侯爵様、わたしを迎えに来てくださったのですか?」
(うっ……なんだ? くっそ可愛いな……)
安心しきった様子のミリーは、アルフィーに身を委ねながら訊ねた。それがなんだか甘えているように見える。
今までにはないミリーの態度に、アルフィーは自身を制御するため理性を総動員させた。
そうだよ、と返事をしようとしたところで、マテウスの冷たい声が割って入る。
「どうしてこちらに? 閣下」
名前ではなく敬称で呼ぶマテウスは、恭しい態度ながらも、声色が固い。「よく顔を出せたものだな」と言われているようだ。
「閣下はミリーを危険に遭わせてしまったことをお詫びに来てくださったのよ」
ソワイエ夫人の説明に、マテウスがにっこりと笑う。
「そうですか。わざわざありがとうございます。さあ、閣下はお忙しいのだからお送りしよう、ミリー」
笑っているはずなのに、マテウスの声色からは冷たさを感じる。早く帰れということだろう。アルフィーはマテウスとの約束を破ったのだから、当然だ。
(にゃろう……引き下がってたまるか)
そう思っていると、ミリーがぎゅうっとアルフィーの肩に縋りついた。
ミリーはマテウスに向かって、アルフィーを守りたいと主張してくれたいた。あの言葉がどれほど嬉しかったか。今までどんなに側にいろと言っても、ミリーはどこか離れていってしまいそうな節があったのだから。
「君が望んでくれるなら、僕はもう遠慮しない」
ミリーの手に自身の手を重ねて、ぎゅっと握りしめる。
「あなたが遠慮をしていたことがありましたかね?」
皮肉を込めて笑うマテウスに、アルフィーはミリーから手を離すと一歩前に出た。
「確かに僕はマテウスとの約束を破った。僕の側にいればミリーはまた危険な目に遭うかもしれない。だけど……」
アルフィーはマテウスにそこまで言うと、ゆっくりと頭を下げた。
「侯爵様!?」
慌てるミリーの声が聞こえたが、アルフィーは構わず続けた。爵位が上だとしても、自分が頭を下げることなんて、アルフィーにはどうでもいいことだ。そんなプライドよりも手に入れたいものがある。
「ミリーと二人なら、きっと乗り越えられる。だからマテウス……僕と勝負してほしい」
顔を上げれば、 ニヤリと笑うマテウスと目があう。
「なるほど。それでアルフィーが勝てば、ミリーを返してほしいというわけですね?」
「ああ」
「では、負けたら金輪際ミリーとは関わらないでもらいましょう」
マテウスの返事は予想していた通りのものだ。当然そうくるよなと思っていれば、後ろにいたミリーが叫んだ。
「わたしも一緒に勝負します!」
アルフィーは自分一人ではマテウスに勝てないことなどわかっていた。だからこそ、この勝負にはミリーの協力が必須だ。
「もう……僕からお願いしようと思っていたのに、先に言われちゃったな」
アルフィーが眉尻を下げてミリーを見れば、ミリーは嬉しそうに微笑んだ。
「だって、一人で戦っているんじゃないんですよね? 侯爵様」
ミリーの言葉に、アルフィーはああ、と思う。自分の言葉がミリーに届いていたからこそ、ミリーを近くに感じられるようになったのだ。
「うん……一緒に戦って、ミリー」
「はいっ!」
手を差し出せば、ミリーは当たり前のように握り返してくれる。たとえこれが恋とか愛ではないとしても、生涯側にいて一緒に戦ってくれるという、ミリーの意志の表れだ。
(うん、今はそれでいい)
アルフィーはミリーと手を繋いだまま、マテウスに向き直った。
「いいでしょう。ただし、ミリーは防御だけで私に攻撃をするのはアルフィーだけとさせてもらいます。わたしに一撃でも入れられれば、ミリーをあなたの護衛として認めましょう」
「ああ」
マテウスの条件にアルフィーは笑ってみせる。正直、ミリーと二人がかりでやっとマテウスに勝てる算段だった。
(僕が……マテウスに一撃入れられるか?)
散々稽古で吹っ飛ばされてきたアルフィーは、マテウスの本気さえ引き出したことがない。マテウスはこの国の騎士を束ねる騎士団長なのだ。
ごくりと息を呑めば、繋いでいたミリーの手に力が入る。
「侯爵様! わたしが必ずお守りするので、安心して戦ってください!」
「…………ああ」
ミリーの笑顔を見れば、不思議と心が凪いだ。
(そうか……僕はミリーを愛しいと思うのと同じくらい、命を預けられるほど信頼しているんだ)
アルフィーは掴んだ光を手放すまいと画策してきた。だけどその光はすでにアルフィーの側から離れす、当たり前のように寄り添ってくれている。ミリーもまた、アルフィーを信頼してくれているのだ。
思えば、ミリーが来てからアルフィーはいろんなことを諦めなくなった気がする。
人を信じること、堂々と外にでること、人を好きになること――。
「父上と母上もそれでよろしいですね?」
後ろで静観していたソワイエ夫妻にマテウスが声をかける。
「えっ、あっ、ええ……」
動揺するソワイエ伯爵とは違い、夫人は落ち着いた声で言った。
「ええ。あなたに一任するわ、マテウス。ミリーもそれでいいのよね?」
隣にいるミリーは夫人に向かって力強く頷いた。
勝利を確信しているような力強い栗色の瞳が頼もしく、アルフィーを鼓舞した。




