39.守ってあげたい
(あれ……ここ、は……)
ミリーは実家であるソワイエ家の自室で目を覚ました。
アルフィーと一緒にここを訪れたのは少し前のことだというのに、ずいぶん懐かしく感じる。
「ミリー、目を覚ましたのかい?」
マテウスの声がして、ミリーは入口に顔を向ける。もう痺れは残っていないらしく、身体が軽い。身体を起こすと、ぐううとお腹が鳴った。
「はは。食事を持ってきて正解だったね」
マテウスは優しく目を細めると、ミリーの側までトレーを運んできた。
「ほら」
マテウスはミリーの膝の上にトレーを載せてくれる。トレーには皿いっぱいに盛りつけられたリゾット。
ミリーは初めてアルフィーと食堂で食事をしたことを思い出し、ハッとした。
「お兄様、侯爵様は!? ディータ伯爵家の裏にはオサール伯爵家がいると掴めましたか!?」
「……ちゃんと説明するから、食べなさい」
マテウスはミリーの頭を撫でると、椅子を引き寄せてベッドに向き合うように座った。
ミリーは目の前のリゾットに目を落とす。祝福を行使したせいでお腹がペコペコだ。
「わたしは……どれくらい寝ていたのでしょうか?」
「ミリーは三日、目を覚まさなかった」
「三日!?」
驚いて前のめりになるも、体幹の良いミリーはリゾットのトレーを揺らさずにいる。
「こんなことは初めてで、みんな心配していたよ。特にマルセルは、ミリーが目を覚ますまでずっと側にいると騒いでいたけど、こんな事件があったのだから殿下の護衛をより厳重にする必要があってね。泣く泣く仕事に向かったよ」
マテウスはクスクスと笑いながら話しているが、ミリーには笑い事ではない。青ざめた顔でマテウスを見た。
「わたしが至らず、ご迷惑をおかけしてすみませんでした……。マテウスお兄様も騎士団のお仕事があるのに……」
下げたミリーの頭をマテウスが優しく撫でてくれ、ミリーは顔を上げた。
「ミリー、お前は護衛としての任務をちゃんと果たしたよ。今回の件でオサール伯爵家との繫がりはやはり究明できなかったが、第二王子派の筆頭である一角のディータ伯爵家を追い詰めることができたのだから。これでしばらく第二王子派は静かになるだろう」
「そう……ですか」
やはりオサール伯爵にはなかなかたどり着けないらしい。今は大人しくなっても、そのうちまた動き出すだろう。そうすればアルフィーの命だって狙われる。
ミリーは膝の上のトレーをベッドの上に置くと、足を床に投げ出した。
「ひゃっ……」
立ち上がろうとすれば、空腹から身体がよろめいた。そこをすかさずマテウスが抱きとめてくれる。
「ミリー、まだ安静にしていないと。慣れない毒を受けて祝福まで行使したんだ。消耗が激しいだろう」
「でもお兄様……わたしは侯爵様の護衛ですので、すぐに任務に戻らないと……」
いくら事件が収束してしばらくは安全だとはいえ、何があるかわからない。ミリーははやる気持ちでマテウスを見上げた。
「ああ、ミリー、お前はクビだそうだよ」
「えっ……」
マテウスの言葉に、ミリーの頭は一瞬真っ白になった。しかしすぐに姿勢を正して、マテウスから離れる。
「侯爵様はわたしをクビになさるはずがありません」
アルフィーは今度命を粗末にしたらクビだとミリーに告げた。それは、それ以外でのクビは無いということだ。
(侯爵様はずっとわたしに一生側にいろと言い続けてくれていたもの)
それはアルフィーの優しさから出る言葉なのだと思っていた。でも、今のミリーはしっかりと自信が持てる。アルフィーはミリーを信頼してくれ、他の使用人同様家族の一員だと思ってくれているのだと。あのとき、互いの背中を預けながら戦ったからこそ、その確信が持てる。
「……ずいぶんと強い目をするようになったじゃないか」
まっすぐに見据えるミリーを見下ろし、マテウスは諦めたように溜息をついた。
「アルフィーを悪者にして、ミリーには護衛を諦めてもらうつもりだったんだがな」
「どうして……」
マテウスはミリーの尊敬する兄でもあり、師匠だ。ミリーが護衛の仕事に誇りを持っていることは、マテウスが一番理解してくれているはずだ。そのマテウスが、ミリーにそれを諦めさせるとはどういうことだろうか。
マテウスは優しい眼差しから厳しい表情に変えてミリーを見た。
「アルフィーの側にいると、ミリーは遭わなくてもいい危険に遭遇してしまう。現に耐性のない毒を盛られたり、命を狙われたりしただろう」
「そんな危険から侯爵様をお守りするのが護衛の仕事ではないのですか!?」
「アルフィーの婚約者という立場で人質になってしまっては、護衛も意味がないだろう」
「っ……っ!!」
マテウスの厳しい言葉に、ミリーは喉を詰まらせた。
ミリーは人質として自らが敵の手に落ちたとき、切り捨てられる存在だと思っていた。しかし、あろうことかアルフィーはミリーを助けに来たのだ。それはアルフィーが、護衛であるミリーのことも家族のように思ってくれているから。
(確かにわたしは、優しい侯爵様を危険な目に遭わせてしまいました)
いつもならその通りだと、兄の言うことを聞き入れただろう。でも、ミリーの胸には訴える声が響く。
『ミリー、一人で戦ってるんじゃないんだ。頼りないかもしれないが、僕を頼れ』
「ミリーにはそろそろ普通の伯爵令嬢としての幸せも手にしてほしいというのが家族の総意だ。お前には騎士団の中でも有望な男を……」
「お兄様」
ミリーはマテウスの話を遮ると、キッと睨む。
マルセルに対して怒ることはあっても、マテウスにこんな態度を取るのは初めてだ。目を瞬くマテウスに、ミリーはきっぱりと告げた。
「わたしは普通の女の子の幸せなんていりません。お願いします、わたしに侯爵様の護衛をさせてください」
「ダメだ。お前じゃなくとも良いだろう」
ミリーの懇願をマテウスは受け入れない。ミリーはマテウスに縋りついた。
「お願いします、お兄様! わたしが侯爵様をお守りしたいんです! 他の誰でもない、わたしが側にいて守ってさしあげたいんです!」
ミリーが叫び終わると同時に、部屋の扉が開いた。ミリーの父と母だ。
ミリーは二人にも懇願するため足を向けようとして、止めた。二人の後ろにもう一人いる。
「僕も、側に置きたい護衛はミリーだけだ」
「侯爵様……!」
姿を現したアルフィーに、ミリーは思わず駆け出していた。




