38.もう必要がないくらい
「くそっ! 失敗だ! お前たち、出てこい!」
ケイレブがそう叫ぶと、部屋にぞろぞろと五人の男たちが入ってきた。ガラの悪い見た目から、貴族の護衛ではないことがわかる。
「大方、金で雇った殺し屋たちだろう。計画が失敗したときのために控えさせていたんだな」
ミリーと合流したアルフィーが冷静な声で言う。
「ミリー、その魔道具は証拠になる。大事に持っていろ」
「はいっ」
「それから……」
「はいっ」
「今度自分の命を粗末にしようとしたら、クビだからな」
アルフィーの言葉にミリーはぽかんとした。死んでしまえば、クビにされても意味がないというのに。
「でも侯爵様、わたしは侯爵様の護衛ですので、あなたの命を優先させるのは当然のことです」
「ミリーの命を守ることが、僕の命も守ることだと思え」
ぴしゃりとミリーの言葉を否定するアルフィーに、ミリーの胸が高鳴っていく。
「ミリーならそれができると言っただろ? 僕の専属護衛なんだから」
それは、劇を観た日に言ってくれた言葉だ。あの日、ミリーは自分ならば命に代えてもアルフィーを死なせないと泣いた。アルフィーはそんなミリーに、自分を犠牲にせずとも僕を守れるだろう? と絶大な信頼を寄せてくれたのだ。
(それなのに、わたしは……)
ミリーは自分の行いを恥じて、頬をパンっと挟むように叩いた。不敵に笑ったアルフィーと目が合う。
「じゃあ、反撃といこうか。もう少し耐えられるな?」
こくりと頷いたミリーへアルフィーが耳打ちをする。
「君の能力、なんとなくわかった。ミリーは僕に指示して」
「! はい!」
やっぱり侯爵様は凄い、とミリーは興奮して頷いた。
「おい! 別れは済んだのか? お前たち、やれ!」
アルフィーと示し終えると、ケイレブがタイミングよく叫んだ。
「侯爵様、右、右、左下です!」
ミリーはアルフィーに指示を出すと、彼とは反対側の男たちに向かって走り出した。まだ痺れが残るが、不思議と身体が軽く感じた。
「了解!」
アルフィーは楽しそうに返事をすると、目の前の男たちの攻撃をかわして剣を振るう。
「次、左右、上です!」
ミリーが素早く二人の男を倒し、アルフィーに叫ぶ。
アルフィーはミリーの指示を的確に受け取り、もう一人の男を殺さない程度に剣で痛めつけた。
「く、くそ!」
おののいたケイレブが開いていた扉に向かって逃げようとしたそのとき、騎士団が踏み入ってきた。
「そこまでだ! 大人しくしろ!」
「おにい、さま……」
騎士団を率いてきたのはマテウスだ。
マテウスの指示ですぐさまケイレブ、五人の殺し屋たちが拘束されていく。
「良かった……」
限界が近かったミリーは、その場にへなへなと座り込んだ。
「でもどうして……」
「僕が連れて来たからだ」
疑問に答えるアルフィーの声が頭上から降ってくる。ミリーは見上げたと同時に、アルフィーから横抱きで持ち上げられてしまった。
「侯爵様!? ダメです、護衛がお手を煩わせるなんて――っ、」
慌てるミリーの唇に、アルフィーの人差し指が触れる。ミリーはそろりとアルフィーを見上げた。
「ミリーは僕の護衛だけど、婚約者でもあるだろう? ここは男として僕を頼ってほしい」
「っ、っ……!」
ケイレブに女として視線を向けられたときは、ぞわぞわとして気持ちが悪かった。しかし今、アルフィーに女の子扱いをされたミリーは、胸の奥がムズムズとしてくすぐったい。
赤い顔を俯かせれば、アルフィーが呆れ気味に続けた。
「まったく……無茶して。まだ身体に薬も残っているだろう? ほら、僕にもたれて」
「薬のこと……なんで」
もう限界のミリーは、アルフィーの優しい声にとろんとしながらも、顔を上げた。
「シエンナに口を割らせたよ。ごめん、まさかあいつがディータと手を組むなんて。ディータが別荘を買ったことは突き止めていたんだけど、やっぱりろくでもない使い道だったな」
アルフィーは帰ってこないミリーを心配して、シエンナを訪ねた。シエンナはミリーはとっくに帰宅したと言ったらしいが、すぐさま情報収集をしたアルフィーに問い詰められ、本当のことを話したらしい。
(侯爵様はやっぱりすごいな……剣もお強くなられていたし、わたしなんてもう必要ないくらい……)
そう思うと、しょんぼりしてくる。
アルフィーは違うことを思ったようで、ミリーを安心させるように続けた。
「シエンナも騎士団に拘束させたから、そのうち修道院送りになるだろ。あと、ギャレー侯爵は娘の管理不行き届きで本来ならば罪に問われるところだけど、王太子派の大事な一員ということもあって、僕に服従を誓う約束でお咎めは無しだ」
てきぱきと報告のように話すアルフィーに目を瞬きながら、ミリーは首を傾げた。
「本物の婚約者が拘束されてしまって、侯爵様は大丈夫なのですか?」
「は? 誰が?」
目を大きく見開いたアルフィーは、わずかに怪訝そうな顔を見せる。ミリーはおずおずと続けた。
「シエンナ様が……本当の婚約者で、わたしは影武者だったの、です、よね?」
「はああ? それ、シエンナが言ったの?」
なぜか怒り気味のアルフィーに、ミリーはビクビクしながら頷いた。
「その嘘、ミリーは信じたの?」
「だって……シエンナ様だけが侯爵様を愛称で呼んでいたから……」
「ちっ、あの女」
アルフィーの舌打ちにミリーはぽかんとした。アルフィーは本当に嫌そうな顔をしている。どうやらアルフィーの言う通り、シエンナが彼の婚約者というのは嘘だったようだ。
(良かった……)
そう思ったミリーは首を傾げる。
(どうして良かったと思うのでしょう?)
「ミリー?」
覗き込むアルフィーと目が合えば、急激に心臓が暴れ出す。
(へええ!? わわわ?)
「ミリー? どうした? 毒か?」
煩い鼓動に目を回すミリーに、アルフィーが顔を寄せる。ミリーはドクドクと心臓の高鳴りが頂点に達すると、そのまま意識を失った。
* * *
「ミリー!?」
「お腹……空いた……」
アルフィーの腕の中でミリーはそう呟くと、気を失った。
アルフィーはミリーの胸に耳を澄ませる。トクトクと音を立てるミリーの心臓の音に安堵すると、息を吐いた。
「ミリー……良かった……」
自分の腕の中で眠るミリーを抱きしめ、アルフィーは自分の甘さに奥歯を噛みしめた。
(今回のことは、シエンナの本性を見抜けなかった僕の落ち度だ……)
ケイレブの動きを知って泳がせていたのは、アルフィーだ。だからこそマテウスと連絡を取って早くに動けたわけだが、ミリーを巻き込んだのは事実だ。
アルフィーの前にマテウスが立ち塞がる。騎士たちは拘束したケイレブたちを馬車に詰め込み、外で護送待ちだ。
「あなたはミリーを危ない目に遭わせないという私との約束を破りました。ミリーは実家に連れて帰ります」
アルフィーは何も言えず、マテウスが己の腕からミリーを奪っていくのをただ黙って見ていた。
「あなたはご自分の馬車がありましたね。お疲れでしょうから、事情徴収は明日また伺います」
マテウスはミリーを大事そうに抱えると、アルフィーを置いて部屋を出ていった。
「くそっ……!」
一人残されたアルフィーは壁を殴りつけた。
(それでも僕は……ミリーを手放す気などないんだ)
ようやく手にした温かさを奪われてしまった。アルフィーは残る温もりを確かめるように、両手を握りしめた。




