エピローグ
「ミリー様! お帰りなさいませ!」
ソワイエ邸で一泊した後、アルフィーはミリーをロカール邸へと連れ帰った。
そもそもアルフィーが謝罪でソワイエ伯爵夫妻を訪ねたとき、二人は婚約の継続と護衛を認めていたというのに、マテウスが許さなかったのだ。どのみち兄二人を認めさせないといけなかったので、アルフィーは勝負を申し出たわけだが。
『まあ、ミリーが攫われた場所を特定できたのはアルのおかげですからね。そのおかげでディータ伯爵家を潰せたわけですし。それに、私は兄として妹の幸せを一番に望んでいます。ミリーが望むのならば反対する理由はありません』
しれっとそんなことを言うマテウスに、アルフィーは本気で怒りを覚えた。だったらあの勝負はなんだったのかと。
きっとマテウスは、アルフィーを試したのだ。アルフィーにそれ相応の覚悟があるのかと。
(やっぱり食えない奴だ……)
爽やかに笑うマテウスは、アルフィーにこんなことも告げた。
『ああ、弟にはお会いしましたよね? あの通り、弟は私のようにはいかないと思いますので、鍛錬を怠らないように。また私が稽古をつけにいきましょう』
アルフィーはげんなりした。これは妹を奪われたマテウスのいびりではないかと。それに、近いうちにあの脳筋マルセルとも決闘する日が近そうだ。
(それでも……僕はもう、ミリーを渡したりしない)
マテウスにミリーを連れ去られたときのことを思い出せば、悔しさがこみ上げる。
(稽古? 上等だ。マテウスを利用して強くなってやる)
使用人たちに囲まれるミリーを見つめながらアルフィーが心の中で誓っていると、レイが来て耳打ちしてきた。
「アルフィー様、今回の件で三日後に裁判が開かれます。王太子殿下が参加するようにと」
アルフィーは頷いて口の端を持ち上げる。
「ああ。思ったより早かったな」
「アルフィー様が手を回されたかいがありました」
「ミリーに手を出した奴らだからな。さっさと罪状を決めて地獄を味わせてやる」
冷酷に笑うアルフィーに、レイも苦笑した。
「そのお姿だけはミリー様にお見せにならないよう」
「わーってるよ。ミリーだけには怖がられたくないからな。……優しい侯爵様でいるよ」
ふっと笑ってミリーのほうを見れば、気づいたミリーが手を振ってきた。
「アル様~! 料理長さんがお食事を用意してくださいました! 一緒に食べましょう!」
嬉しそうに笑うミリーに、アルフィーも笑って手を振り返す。
「……呼び方が変わっても進展はなさそうですね」
「うるさい。これからだ」
そう。ミリーもようやく護衛としてだが、一生側にいると言ってくれた。これから好きになってもらえばいい。アルフィーにはまだたっぷりと時間があるのだ。
未来に明るい希望を持つ自分に気づいたアルフィーは、顔を緩めてミリーのもとへと向かった。
「おいで、ミリー」
食堂に着いたアルフィーは、いつも通りミリーを膝の上へと誘った。しかし手を引いてもミリーは頑として動かない。
(ん? どうしたんだ? お腹は空いている……んだよな?)
アルフィーが見上げれば、ミリーはもじもじしながら言った。
「あの……アル様、毒見はちゃんとしますので、もうお膝の上でなくても、いい、ですか?」
ガチャン、とトレーを落とす音が響く。リゼだ。
「し、失礼しました!」
慌ててトレーを拾うリゼは、何事かという目でこちらを見ている。
アルフィーは恐る恐るミリーを振り返り、視線を漂わせる。拒絶されるなんて初めてだ。
「どうして? ここなら僕の護衛もできるよ?」
「……お隣で護衛しますので」
それはそうだ。今までは納得していたのに、どうして今さらそこに気づくのか。アルフィーはショックで頭が真っ白になった。
「あの……アル様のお膝の上だと、なんだかドキドキして、護衛に集中、できない、ので!」
「……………………え?」
真っ白だった頭が動き出すのに数秒かかった。
しっかりとミリーを見れば、頬がほんのりと染まっている。
(え……?)
ミリーを引き寄せて、膝の上に座らせてみる。
「ひゃあ!」
ミリーはか細い声で叫ぶと、すぐに立ち上がって距離をとった。その顔は真っ赤である。
「ミリー、なんで僕の膝の上だと集中できないのかわかってる?」
アルフィーの問いにミリーは首を横にこてんと傾げた。
ミリーがアルフィーを男として意識しているのは確実。ただ、自覚していないようだ。
アルフィーはにっこり笑うとレイに指示を出した。
「椅子をここに」
「はっ」
レイは素早くアルフィーの隣に椅子を並べた。
「わかった。じゃあ僕の隣で毒見をしてくれるかな?」
「は、はいっ!」
ミリーはあからさまにホッとした顔を見せ、椅子のところまでやってきた。
(ミリーが僕を……?)
アルフィーの口元がにたりと弧を描く。
「でもこれは拒否しないでね。毒が盛られていたら大変だから」
アルフィーはフォークに肉を刺すと、先手とばかりにミリーの口元へと差し出した。
「そ、そそそ、そうですよね!」
明らかに挙動不審だが、ミリーは護衛という任務にキリっと表情を作ると、フォークにぱくりと食いついた。
「うん。今はそれでいいよ。時間はたっぷりあるんだ。なんせ、君は僕のものなんだからね」
「? はい……?」
ニコニコと笑うアルフィーに、ミリーは首を傾げた。
「そのうち自覚させてあげるね」
「? はい、ありがとうございます」
会話はかみ合わないが、アルフィーは上機嫌だ。それを見ていた使用人たちからは「うわあ」という声が漏れている。
「なあリゼ、いったいあの二人はどうなっているんだ??」
「私にもわかりません」
リゼと料理長がひそひそと話しているが、アルフィーは機嫌が良いので聞かないふりをする。そうこうするうちに、何やら考え込んでいたミリーが目をキラキラとさせた。
「ん……?」
既視感のある光景にアルフィーが嫌な予感でミリーを見れば、ミリーは嬉しそうに言った。
「アル様はまだまだ至らないわたしに、専属護衛としての自覚を持てるようにしてくださるのですね! やっぱりお優しいです!」
――違う!
使用人一同の心のツッコミがアルフィーにも聞こえた気がした。ミリーはやはりミリーだった。それでも、もうここで諦めるアルフィーではない。
「うん。僕の側を離れないでね、専属護衛さん」
ミリーの腕を引き寄せて顔を近付けると、その白い頬にキスを落とす。
「せん……ぞく……ごえい……」
瞬間、ミリーが固まった。
「ミリー様!? しっかり!」
リゼが呼びかけるも、ミリーは顔を真っ赤にして固まったままだ。
「うん、ミリーにはもう一歩踏み込んでアプローチしてもいいのかもな」
手ごたえを感じたアルフィーが独り言ちれば、使用人たちから生温かい目を向けられるのだった。
「警戒心バリバリだったアルフィー様が、ずいぶん他人に心を許したものです」
レイだけは主人に訪れた遅い春を一人噛みしめて、喜んでいるのだった。
〈END〉
このお話はこれで完結です!
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