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餌付けされた護衛令嬢は、冷酷侯爵の溺愛に気づかない〜美味しいご飯が専属契約の条件って最高です!〜  作者: 海空里和@電子書籍2冊発売中!


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4.食事は大切です

「お腹空いた……」

「さっき食べたばかりですよね!? しかもフルコース……」


 廊下の途中できゅるるとお腹を鳴らすミリーに、リゼは驚きで目を見開いた。

 屋敷の間取りを見て回りたいと言ったミリーに、リゼは仕方なく付き合っていた。廊下の途中で振り返れば、騎士服に着替えたミリーが泣きそうな声で壁にもたれかかっている。


(でも、王太子殿下の大切な人に粗相があってはロカール侯爵家に泥を塗ってしまうわ!)


 忠誠心あふれるリゼは、すぐさまミリーを厨房に連れて行くことにしたのだった。



「料理長、ちょっといいですか?」


 ミリーに二階を隅々まで見せた後、リゼは一階を案内して回っている途中だった。なので厨房にはすぐに辿り着けた。


「おう、リゼ、どうした?」


 リゼに気づいた料理長が作業の手を止めてこちらにやって来る。


「料理長、何かすぐに食べられるものはありませんか?」

「何だ、めずらしいな」

「いえ、私ではなく、お客様が……」


 リゼの後ろに控えていたミリーがひょこっと顔を出す。


「料理長さん……! さきほどのお食事、とっても美味しかったです! ごちそうさまでした!」

「お、おお……そうか。良かった。しかし、感謝を直接伝えられるのなんていつぶりだろうなあ」


 前に出てぎゅっと手を握ってきたミリーに、料理長はまんざらでもないようだ。


「料理長……」


 ひそっと耳打ちしたリゼに、料理長はハッと我に返る。

 ミリーが「王太子のいい人」だということは、使用人の間でとっくに周知されていた。もちろんアルフィーの耳にも入れられている。


「ちょうど侯爵様にお出ししようとしていたサンドイッチがありますよ」


 料理長が指さした大理石でできたカウンターの上には、野菜やたまごを挟んだサンドイッチを並べた皿が載っていた。


「サンドイッチ? 先ほどのお料理は?」

「侯爵様は執務室でお食事をとられることが多く……準備をしても食堂においでにならないことが多いのです」


 首を傾げるミリーに調理長が苦笑いで答える。


「あんなに美味しいのに!?」

「……ありがとうございます。でも、残り物は私たち使用人で美味しく食べさせていただくので、そこはありがたいですかね」


 力いっぱい料理を褒めるミリーに調理長の頬も緩んでいる。ジト目で見るリゼにも気づかないようだ。


「もしかして侯爵様は、みなさんに豪華で美味しい食事をとってもらいたくて、わざとたまにお越しにならないのでは!?」

「え? いえ、それは違……」

「侯爵様はやっぱりお優しい方だわ!」


 目をキラキラさせて自己完結するミリーに料理長も否定できないようで、へらりと笑った。


 ぐうう。ミリーのお腹が鳴って、リゼと料理長の目が点になる。


「うう……すみません」


 顔を赤くするミリーに、二人の表情も緩んだ。


「ミリー様、これを召し上がってください」

「え、でもこれ、侯爵様のためのものでは」

「いらないと仰ったので」


 調理長がサンドイッチの皿を差し出すも、ミリーはためらっている。リゼはミリーのお腹を満たすために彼女をここまで連れてきたのだ。早く済ませて、見回りとやらも終わらせてしまいたい。


「ミリー様、アルフィー様がお食事をとられないのは日常茶飯事なのでお気になさることはありませんよ」


 リゼはミリーがサンドイッチを食べるよう促した。しかしミリーはその可愛らしい顔をこわばらせてリゼを見てきた。


「……日常茶飯事? お腹が空いたらどうするのですか?」

「アルフィー様はお腹が空かないそうです。栄養剤でいつも済まされています」


 栄養剤とは薬師が薬草から作るもので、主に病気で食事ができない人が使用するものだ。


「そんなの……ダメです!」


 ミリーは叫ぶと、サンドイッチの皿を手にすごい勢いで厨房を出て行った。

 ぽかんとしていたリゼは慌てて後を追いかけた。


「え、ミリー様!? 早っ……!」


 廊下へ出たリゼの目に映ったのは、二階に続く螺旋階段を駆け上がるミリーの姿だった。


「もう……まったく、何なの? あのお嬢様!?」


 ミリーが目の前にいないことでつい本音が漏れ出てしまう。


「おい、それよりいいのか? あの様子だとあのお嬢様、侯爵様に突撃するんじゃないか?」

「! それはいけないわ!」


 料理長の言葉にミリーを追いかけようとリゼは顔を上げたが、すでにその姿は見えなくなっていた。


   * * *


「侯爵様!」


 先ほどの見回りで間取りを頭に入れていたミリーは、アルフィーの執務室の扉の前に立って、扉をノックした。


「侯爵様!?」


 返事がない。

 ――まさか空腹で倒れているのではないか? 

 焦ったミリーは強行突破することにした。


「侯爵様、失礼します!」


 勢いよく扉を開け中に入ると、執務机でペンを握るアルフィーが驚いた表情を向けた。


「何事だ?」

(あれ、お元気そう)


 ではなぜ返事がなかったのか。ミリーは入口で首を傾げた。


「……ソワイエ家では他人の部屋へ勝手に入ることを許しているのか」

「申し訳ございません。侯爵様がお倒れになっているのではないかと思い……。護衛対象に何かあってからでは遅いので、必要ならば押し入ります」


 アルフィーの冷やりとした言葉に、ミリーはにっこりと笑って答えた。


「僕が倒れる? どうしてそう思った」

「呼びかけてもお返事がありませんでしたので」

「ああ……仕事に集中していた」


 書類に視線を戻したアルフィーのもとに、ミリーは瞬時に駆け寄った。


「ご気分が悪いとかは?」

「なっ!?」


 急に距離を詰められたアルフィーはぎょっとしていたが、ミリーは構わずじっと見つめた。うっと声を漏らし、アルフィーが顔を逸らす。


「だ、大丈夫だ」


 アルフィーを見つめていたミリーは、へなへなとその場で机に突っ伏した。


「よかったあああ」

「……僕を心配して走って来たのか?」


 一つにまとめたミリーの髪が乱れているのが気になったのか、アルフィーから手が伸びてきた。その気配を感じながらも、ミリーは顔を上げた。


「はいっ。侯爵様がお食事をとられていないと聞いたので」


 ミリーと目があえば、アルフィーはその手を宙で漂わせる。


「ぼ、僕は今いったい何をしようと……」


 アルフィーが何やら呟いていたが、ミリーは両手に抱えていたサンドイッチの皿を意気揚々と机に置いた。


「料理長さんが作ってくださったサンドイッチです!」

「……いらない」


 アルフィーはすぐにふいっとミリーから目を逸らしてしまった。それでもミリーはアルフィーにぐいぐい迫る。


「食べないと本当に倒れてしまいます! お顔の色だって優れないですし!」

「僕にはこれがあるから大丈夫だ」


 アルフィーは机の引き出しから栄養剤を取り出すと、ミリーへそれを見せた。


「それは、体力のない病人のために作られた薬です。食べられる人はちゃんとお食事から栄養をとらないと!」

「うるさい! 僕はずっとこれで済ませてきたからいいんだ!」


 口調を荒くしたアルフィーはハッとした様子でミリーを見た。

 しかしミリーは気にすることなく、何やら真剣に考え込んでいる。そして閃いたかのようにぽつりと溢した。


「ずっと……? だから背が伸びないのでは?」

「何だと!?」


 立ち上がったアルフィーは、自身がミリーと同じ身長だと気づいたようだ。バツが悪そうに再び椅子へと腰掛けた。


「お兄様たちはきちんと食べて大きくなりましたよ?」

「~っ、お前ら脳筋一家と一緒にするな!」


 ミリーの言葉に反応してアルフィーからは大きな声が出た。


「うん、本当にお元気そうではありますね」


 ニコニコとミリーが笑って見れば、アルフィーは頭をガシガシとかいた。


   * * *


(本当になんなんだ、こいつは……調子が狂う)


 アルフィーが冷たくあしらえば大抵の令嬢は泣き出す。だが目の前のミリーの笑顔が崩れることはない。そればかりか、アルフィーを心配して走って来たと言うではないか。その証拠に、ミリーの髪は乱れていた。


(そうだ)


 自分ばかりが翻弄されっぱなしは悔しいので、アルフィーは少し意地悪してやろうと思い至る。


「侯爵様?」


 アルフィーはミリーに身体を寄せると、きょとんとするミリーの顎を持ち上げて顔を近付けた。


「僕はこれから成長するんだ。今に君の背だって追い越すよ」

「きっとそうですね。そのためにも食べませんと!」

(あれ?)


 女性を黙らせるにはこれが一番効果的だった。アルフィーが顔を近付けて囁けば、令嬢たちは顔を赤らめて何も言えなくなる。しかしミリーには効かないようだ。

 拍子抜けするアルフィーの顔をミリーがじっと見つめてくる。


(うわ……まつげ長いな。それに何だか柔らかくて……)


 ミリーの顎を掴んでいたアルフィーの手は、ミリーの頬に吸い寄せられるように移動していた。


「……侯爵様?」


 毒気のない栗色の瞳に、アルフィーは思わず唇を寄せそうになった。が。


 ぐううう。


「お腹……空いた」


 その場でミリーがへたり込んでしまったことでアルフィーは我に返った。

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