36.人質にはならない
ミリーが次に目を覚ましたときには、知らない部屋の中にいた。
(身体……まだ痺れてる)
それでもなんとか身体を動かそうとすれば、手足を縄で拘束されているのに気づいた。
(縄は切れそうだけど……)
まずは状況把握と、屋敷の構造の確認だ。ミリーは辺りを見渡した。
部屋は物置小屋のように狭く、簡易的なベッドと小さな机があるだけ。ミリーは床に転がされており、見上げれば窓が一つだけある。明るさから見て夕方くらいのようだ。窓から見える空の高さが上階の部屋だと教えてくれる。
(シエンナ様はディータ伯爵令息にわたしを引き渡すと言っていたけど……)
辺りに人の気配はない。
ミリーは急いで靴のかかとをトントンと鳴らす。するとつま先から隠れていた刃が出てきた。その刃で手を縛る縄を切る。次は靴を脱いで足の縄を切った。
(ここ、どこだろう)
窓を開ければ、この部屋が三階にあるとわかった。外を見渡せば美しい田園風景が広がっており、ソワイエ伯爵邸がある地域とも違う。
「うっ……」
ミリーはふらりとベッドに腰掛ける。まだ痺れが残る身体では、ここから飛び降りるのも無理そうだ。
(誰か来る……)
感じた気配に身をこわばらせると、部屋の扉が開いた。
「は!? お前、何で縄を解いているんだ!?」
現れたのは予想通りディータ伯爵令息のケイレブだった。
「わたしになんのご用でしょうか? ディータ伯爵令息様」
立ち上がり、窓枠に手をついて身体を支える。ふらつくミリーに、ケイレブは口の端を持ち上げた。
「はっ。脳筋も薬には抗えないようだ。さすがオサール伯爵家が用意してくれた薬は違う」
ぺらぺらと入手先を喋るケイレブは、噂通りのバカ息子のようだ。
(でもきっと、証拠は見つからない……)
ミリーが思案していると、ケイレブは下衆の笑みを向けて近付いてきた。
「あのときの仕返しをしてやる」
「!?」
身体が麻痺しているミリーは、ケイレブによってベッドの上に組み敷かれてしまった。
「はっはっは! 脳筋も使い物にならなければただの女だな!」
(不覚でした……!)
女という言葉にミリーが唇を噛みしめると、ケイレブは愉悦の笑みで見下ろしてきた。
「俺は脳筋のお前なんて興味ないし、もっと魅惑的な身体の女が好きなんだ。でも顔は悪くない。さて、婚約者のお前が不貞を働いたとなれば、ロカール侯爵はいい恥晒しだろうな」
「!?」
ミリーを組み敷いていたケイレブが手を離し、首元のネクタイを緩めた。ミリーはその隙をついて逃れようとして、失敗した。
足に力が入らず、再びケイレブによってマットに沈められる。
「おっと……逃がすわけないだろう? お前にはロカール侯爵の破滅の駒になってもらうんだからな」
べろりと舌なめずりをしたケイレブに、ミリーの背中がぞわぞわとした。
(嫌だ……侯爵様……)
なぜ自分は女なのか。そんな目で見られたことなどなく、ミリーの頭が恐怖で支配されていく。
『ミリー、君は堂々と護衛をしていればいい。一生、僕の隣で』
そのとき、アルフィーの言葉がミリーを鼓舞させた。ありのままの自分でアルフィーの護衛として隣にいて良いと言われたあのとき、ミリーは泣きそうなほど嬉しかったのを覚えている。
(そう、わたしは侯爵様の専属護衛なんだから……!)
「俺に恥をかかせた侯爵の物を壊せるのは実に愉快だな」
胸に触れようとしたケイレブの手を掴み、ミリーはまっすぐにケイレブを見据えた。
「んな!?」
ケイレブはミリーが動けたことに驚いているようだ。震える手に力をこめたまま、ミリーは続けた。
「確かにわたしは侯爵様のものです。でもそれは、専属護衛としてです。わたしを害しても侯爵様が傷付くことはありません」
「は!? 婚約者なんだろ? 助かりたくて嘘を言っているのか!?」
ミリーの言葉に、ケイレブは狼狽えているようだ。ミリーは畳みかけるように告げる。
「本当です。婚約者というのは侯爵様を守るための嘘であって、あなたに捕まったわたしを侯爵様は切り捨てられます」
自分で説明をして、ミリーはようやく繋がった。
(そうなんですね。婚約者という影武者がいれば、本物は狙われない。これこそ真の護衛としての役割だわ)
シエンナは自分こそが婚約者だと言っていた。ミリーはそれを良く思っていないが、アルフィーが望んでいるのならば口を出す権利はない。
(あれ? でもシエンナ様はわたしが邪魔だからご子息と繋がったのですよね……? もしかしてオサール伯爵家と繋がっていることを掴むために、わざと泳がせて……?)
ミリーが婚約者のフリをしてアルフィーを守っていたように、シエンナもわざとケイレブと手を組んで、アルフィーのために暗殺犯の黒幕を突き止めようとしたのかもしれない。ミリーを囮にして。
(さすが未来の侯爵夫人だわ……)
ミリーが勝手に解釈をしたところで、ツッコむ相手はいない。どんどん思考を進めていく。
(わたしは……生きて証拠を持ちかえればいいのでしょうか? でもこのままだと……)
「嘘だろ……婚約者じゃない? くそ、あのシエンナとかいう女騙しやがったな――くっ!」
ミリーは今度こそケイレブの隙をついて、彼の拘束から逃れた。
窓のほうへ向かえば、自分を呼ぶ声がする。
「ミリー! どこだ!」
「侯爵様!?」
窓越しに外を見れば、屋敷の前にアルフィーが護衛も連れずに一人で立っているではないか。
(どうしてここに!? あ、証拠を押さえに?)
「くくくく、何だ、やっぱりお前の嘘じゃないか。わざわざ一人で婚約者を迎えにくるなんて、よっぽどお前が大事だと見た」
驚くミリーの後ろでは、ケイレブが愉快そうに笑っていた。




