34.じれじれ
「ミリー様と想いを確かめ合われたのですよね? 婚約者として、節度ある距離を保たれてはいかがですか」
レイは朝食を終えたアルフィーと一緒に執務室へやってきた。部屋に入るなりアルフィーへ苦言を呈する。
アルフィーは不機嫌な表情になると、中央のソファーへ乱暴に腰掛けた。
「はあ? ミリーは相変わらず護衛脳だったよ。何が、押してダメなら引いてみろは当たってるだよ」
レイは目の前でブツブツ文句をたれる主人を見て、目を丸くした。
「はい? では何もなかったと?」
「ああ」
アルフィーはぶすっとしたまま、ローテーブルの上の書類に手を伸ばして目を通し始めた。執務机も同様に書類が積み上がっているが、アルフィーはこうして場所を変えて、ソファーの上で仕事をすることもあるのだ。
(いや……でもミリー様のご様子では……)
レイは眼鏡の奥の瞳を細めて、朝食の様子を思い返す。
ミリーは冷静を装っていたが、挙動不審なところがあった。しかしそれに気づいていたのは、どうやらレイだけのようだ。
(何がどうしてこんなに拗れて……?)
ミリーは確かにアルフィーを意識していた。赤く染めた頬をアルフィーに見られまいとしていたのを、レイは見ている。
「だから、また押すことにした」
レイが思案していると、書類に目を通しながらアルフィーが言った。
「どうせミリーは意識しないんだ。なら僕の好きなように接するさ」
一周回ってアルフィーは、なんだか吹っ切れたようだ。拗れに拗れてミリーに対しては正しい気さえするが。
ここで「ミリー様はアルフィー様を意識されていますよ」と言ったところで、もう信じないだろう。それくらいアルフィーは達観していた。
(まあ……お二人は本当に婚約されているのですし)
レイもこれ以上は口出ししないことにした。ミリーは専属護衛の契約だと思い込んでいるが、ソワイエ伯爵家へ正式に申し込まれた婚約は、すでに結ばれているのだ。
「それで……ミリー様には婚約のことをいつ話されるのですか?」
本当のことを話せば解決するのでは? という指摘は口に出さずにレイはアルフィーを見た。
「今は護衛にかこつけてミリーに触れているが、そういうことに免疫がない初心なミリーは、責め間違えると逃げてしまうだろうな……まあ、逃がさないけど」
うわあ、と顔を引きつらせたレイのことは無視して、アルフィーは続けた。
「時間はあるんだ。本当のことはそのうち話す。万が一婚約していることがバレても、護衛のためだと言えば納得するだろう、ミリーなら」
悲しいかな、ミリーならばありえそうで否定できない。レイは黙ってしまった。
(しかし、まだるっこしいですね)
そう思いながらも、レイの口の端がわずかに上がる。
アルフィーがこんなにも誰かに執着するのは初めてだった。命を狙われ、他人を巻き込むことを恐れて閉じこもっていた主人が外に出て、昔のようにいろんな表情を見せてくれるようになった。
(ミリー様、ありがとうございます)
そのことに救われているのはレイも同じだ。
あの火事の日、一緒に想いを伝えに行こうと言えたのはミリーのおかげだ。そしてミリーがアルフィーを助け出し、レイは今度こそアルフィーを守ることができた。
(お二人ならば、きっと大丈夫でしょう)
今は拗れているが、二人はきっと同じ気持ちだ。だったら、レイは二人の主人を信じて見守るのみである。
「ところで、この屋敷の場所は第二王子派にバレていないだろうな?」
書類に目を通していたアルフィーが顔を上げる。前回は王宮からの使者と偽った第二王子派が屋敷を襲撃するという、予想外のことが起きた。なので、今いる屋敷の場所は王太子とマテウスしか知らない。屋敷に業者を招くこともないので、買い出しは使用人が変装をして街へ出るという徹底ぶりだ。その場合の帰宅ルートもわざと遠回りして複雑にされている。
「はい。確実に。ただ……第二王子派に怪しい動きがあるようです」
「怪しい動き?」
眉をひそめたアルフィーに、レイは頷いて続ける。
「はい。ディータ伯爵家のご子息、ケイレブ・ディータが郊外に別荘を買ったという話を聞きました」
「別荘ぅ? あいつ個人でか?」
「はい。ディータ伯爵を通さずに、オサール伯爵から直接援助を受けたようです」
レイの報告にアルフィーが溜息をつく。
「どうせ金のやり取りは痕跡を残していないんだろう」
「はい。証拠はございません」
「ケイレブはバカだから何も考えていなさそうだが……オサールは何を考えているかわからん。とりあえず泳がせておけ」
ロカール侯爵家には、アルフィーのために情報を収集する密偵のような部隊が存在する。前侯爵から引き継ぎ、王太子とレイ以外はその存在を知らない。
「かしこまりました……それと、ミリー様にお茶会の招待状が届いております」
レイはアルフィーに礼を取ると、一通の封筒を差し出した。
ロカール邸への郵便はもちろん屋敷には届けられない。ギルドにとどめてあるものを数日ごとに回収に行くのだ。
「ああ、シエンナからだ」
アルフィーは差出人を見て表情を和らげた。
「ギャレー侯爵令嬢……ですか」
シエンナは昔、アルフィーの婚約者候補にあがった令嬢だ。ギャレー侯爵が王太子派の結束を強めるためにと息巻いていたが、前侯爵であるアルフィーの父が断ったのだ。
シエンナの祖父にあたる前ギャレー侯爵は温厚で人望もあったが、現侯爵は野心が強く、次期宰相のアルフィーを娘を送り込むことで操りたいと思っているようだった。もちろんアルフィーは操られるような愚かな人間ではないが、ギャレー侯爵の執着は強く、アルフィーが引きこもってからも婚約申し入れの手紙が届いていたほどだ。
唯一の救いは、娘のシエンナが聡明だったこと。
『父もいつか諦めるでしょう。わたくしはギャレー侯爵家の一員として、生涯アル様を支えますわ』
シエンナは一人娘のため、どのみちギャレー家には跡取りがいない。侯爵は養子を迎えるつもりらしいが、シエンナは婿を迎えて、ロカール侯爵家と協力していくつもりらしい。
アルフィーの一つ下ながらも凛とした佇まいに、レイは感心したものである。
(あのときは、シエンナ様のような方なら嫁がれてこられても……と思いましたが、愚考でしたね……)
レイがしみじみ思っていると、アルフィーから封筒を差し出される。
「ミリーはこういうことに縁がなかったみたいで、喜んでいたな。レイ、手配してあげて」
「かしこまりました」
未来のロカール侯爵夫人とギャレー侯爵夫人の仲が深まるのは、アルフィーにとっても良い。
(まあアルフィー様は、ミリー様の笑顔を見たいというのが一番でしょうけどね)
レイは唇の端を少しだけ持ち上げると、ミリーへ招待状を届けるべく退室した。




