33.いつも通り?
翌日から、ミリーもアルフィーと稽古に参加することとなった。
「はあっ!」
(侯爵様……毎日お仕事もされて、すごいなあ)
今はアルフィーがマテウスと打ち合っている。ミリーは一人素振りをしながら横をちらりと見た。
「だから脇が甘いですよ!」
「ぐわっ!」
斬りかかったアルフィーを、マテウスが剣で受け流しながら吹っ飛ばした。
「侯爵様!」
ミリーはアルフィーの背後に回ると、吹っ飛んだアルフィーの身体を受け止める。地面に尻もちをつく姿勢で、アルフィーが地面に打ちつけられるのは防げた。
「ミリー、手出しは無用だ」
「でもお兄様、わたしは侯爵様の護衛です。侯爵様を守るのが仕事ですから」
剣を下ろしてミリーたちを見下ろすマテウスに、ミリーは訴える。
「ミリー、マテウスの言う通りだ」
ミリーから離れてアルフィーが立ち上がる。ミリーが「でも」と言いかければ、アルフィーはミリーの腕を取って立ち上がらせてくれた。
「今は稽古だから命の危険はない。僕もそうそうやられてばかりじゃないから」
そう言って微笑むアルフィーは本当に平気そうだ。
「そうそう。吹っ飛ばされる回数も減りましたしね」
「うるさいぞ、マテウス」
くすくすと笑うマテウスに、アルフィーは不機嫌そうな顔を向けた。
(侯爵様は本当にすごくて……素敵です)
きゅうっと締めつけられた胸元を握りしめ、ミリーは言い合う二人を見た。ずっと稽古をしてきたせいか、砕け合った態度で仲良く見える。
(レイ様以外にも心を開かれるようになって良かった)
ミリーが目を細めて見ていれば、アルフィーがぐるんとこちらに向き直った。
「ミリー、いつかマテウスに一撃入れてやるから、見ていろよ」
「はいっ!」
前向きで頼もしいアルフィーの発言に、ミリーは心の底から嬉しいと感じて満面の笑みになった。
「アルフィー様、ミリー様、朝食のお時間です」
庭までやって来たリゼから声をかけられ、ミリーはベンチに置いてあったタオルを手に取った。
「お兄様、本日もありがとうございました」
タオルを受け取ったマテウスが汗を拭きながらアルフィーを見る。
「ああ、またな。アルフィーは明日の朝までに素振り百回しておくように」
「んあ!? ……わかったよ」
アルフィーは目を剥くと、一息ついてから渋々と頷いた。
「侯爵様……お忙しいのですから、あまり無理は……」
アルフィーは朝食の後、執務室で山のような仕事を片付けなければいけないのだ。そんな時間がどこにあるのだろう。ミリーは心配を口にしながらタオルをアルフィーへと手渡す。タオルを受け取ったアルフィーは、ふわりと笑った。
「僕がやりたくてやっているんだ。大丈夫だよ。ミリーは心配するな」
「そうですか」
本当に逞しくなったな、とミリーの心臓がとくん、とくんと音を立てる。
「お腹空いただろう? 行こう」
「はい」
アルフィーは当たり前のように手を差し出してくれる。それが、何かあってもミリーがすぐにアルフィーを守れるようにと配慮してくれてのことなのはわかっている。でも、なんだかミリーを幸せな気持ちにさせてくれるのだ。
「おはようございます。朝食のご用意ができております」
マテウスと別れて食堂に来れば、レイが頭を下げて出迎えてくれた。
細長いテーブルには、アルフィーが座る上座の角にだけ朝食が用意されていた。よく見れば二人分ありそうだ。
「ありがとう。おいで」
アルフィーは握っていたミリーの手を引くと、上座まで行き、椅子に座ってミリーを膝の上に乗せた。アルフィーいわく、護衛しやすい食事スタイルだ。
(あれれ?)
そう、いつもの日常が戻ってきただけ。それなのに、ミリーは急に恥ずかしくなった。
昨日は隣に座っての食事だったし、アルフィーの膝に乗るのは久しぶりだ。
「はい、毒見よろしく」
「!」
アルフィーはオムレツを刺したフォークをミリーの口元に差し出す。いつもはすぐに食いつくミリーだが、心臓がバクバクして、躊躇してしまった。
「ミリー? どうした?」
そんなミリーを不可解に思ったのだろう。アルフィーがミリーの顔を覗き込もうとしたので、咄嗟に下を向く。
「こ、侯爵様! お疲れなのにわたしがお膝に座るわけにはいきません! どうか隣に椅子を置いて、そこで毒見をさせてください」
「却下」
「ひゃう!?」
ミリーの提案はばっさりと拒絶されてしまった。狼狽えるミリーに、アルフィーは眉尻を下げる。
「ミリーは僕の膝の上だと毒見できないの?」
ブンブンと首を横に振る。
「ミリーがすぐ近くにいたほうが、僕が安全だよねえ? 食事のときが一番無防備になるんだから」
ミリーは今度はブンブンと首を縦に振った。
「無防備になるシーンは他にもありますけどね……」
リゼとレイが呆れてこちらを見ていたが、ミリーは気づかない。
(これは護衛のため! 任務!)
必死に自分へ言い聞かせていた。
「じゃあ、はい。あーん」
アルフィーは満足気に微笑むと、またフォークをミリーの口の前に差し出した。ミリーはええい! とオムレツを口に入れる。
「美味しい?」
正直味がわからない。いつもは幸せな気持ちになる料理長の料理なのに。
ミリーはとりあえずコクコクと頷いた。アルフィーはそれを確認すると、またオムレツを取り分ける。
「うん。ミリーのおかげで安心だ」
そうして自身の口にもオムレツを放り込んだ。
(同じフォーク……)
これもいつものことだ。同じカトラリーを使う理由は、ミリーが安全を確認したものでないと安心して食事できないからとアルフィーが言っていた。
なのに、どうしてこんなにも恥ずかしいのだろう。ミリーは任務中だということを何度も心に言い聞かせ、なんとか表情を保っていた。敵に表情を読まれて不覚をとらない訓練を思い出す。
「ミリー、ついてる」
「?」
必死に平静を装うミリーの口元に、アルフィーの指が触れた。どうやらオムレツが残っていたようだ。
触れたアルフィーの指先が熱くて、ミリーは必死に言葉を絞り出した。
「あ、あり……!?」
だがアルフィーがつまんだオムレツを口に入れてしまい、絶句した。
「ミリーが毒見したものだから安全だね」
「そ、そうですね」
にっこり笑うアルフィーに、ミリーも笑顔を返すしかない。
その後も毒見をしながらの朝食は続いた。アルフィーがミリーに食べさせてから自身も食べるので、時間がかかる。ミリーは今まで、このことに疑問を持ったことがなかった。
しかし今日だけは、早くこの時間が終わってほしいような、ほしくないような感覚に陥ったのだった。




