31.いつか来るかもしれない終わり
自分はまだアルフィーの専属護衛なのだとミリーが安堵していると、マテウスが呆れ気味にアルフィーを見た。
「いくら自分の不甲斐なさにどういう顔をしたらいいかわからないとはいえ、ずっと避けられれば、ミリーがクビにされると勘違いして当然です」
「はあ!? なんでそんなことまで知っているんだ?」
「あなたの従者に聞きました」
「ちっ、レイのやつ……」
どうやらアルフィーがミリーを避けていた理由は、ミリーに失望したからではないらしい。
ぽかんとするミリーに、アルフィーはバツが悪そうな顔で目線だけ向けてきた。
「違うからな。ミリーをクビにしようなんて一度も思ったことはない。……一生僕の側にいろと言っただろう」
「はい……」
きゅうんとミリーの胸が締めつけられる。これは空腹ではなく、嬉しくてそうなっているのだ。ミリーがふにゃりと笑えば、二人の様子を見ていたマテウスが目を細める。
「ミリー、アルフィーとちゃんと話すといい」
「はい……ありがとうございます」
マテウスはミリーの憂いを取り除くために、アルフィーとの間を取り持ってくれたのだ。
(……本来はわたしが雇い主ときちんと向き合って解決すべきことなのに)
自分の未熟さに恥じていると、マテウスがミリーの頬にキスをしてきた。
「んな!?」
なぜかアルフィーがミリーよりも早く驚きの声をあげた。マテウスはミリーに微笑むと、アルフィーに顔を向ける。
「今度ミリーにこんな顔をさせたら、家に連れて帰りますね」
「お兄様っ……」
逆である。護衛である自分がアルフィーを煩わせれば、クビだと言われる立場である。
「わかってるよ!」
しかしアルフィーはマテウスに怒ることなく、そう言ってくれた。その優しさにミリーの顔がまたふにゃりと緩む。
「じゃあ、また明日。次からはミリーも参加しなさい」
マテウスはそう言いながら手を振って、門のほうまで歩いていった。
マテウスを見送るミリーの手を、アルフィーがそっと引く。ミリーはそのまま庭の隅にある小さなガゼボまで連れて行かれた。
「ミリー……避けていてごめんね」
白い椅子に座らされ、ミリーはアルフィーを見上げた。立ったままのアルフィーは視線を逸らして気まずそうにしている。
「侯爵様……どうして何も言ってくださらなかったのですか?」
マテウスはちゃんと話せと言っていた。ミリーもそうするべきだと思い直球を投げかければ、アルフィーは肩を竦める。
「だって……カッコ悪いだろう?」
「え?」
リゼの言葉が浮かんだが、ミリーは首を傾げた。自分はアルフィーからカッコつけられる対象ではないのだ。
「ミリーに守ってもらってばかりで……男のくせにカッコ悪いだろう!?」
アルフィーは顔を真っ赤にして叫んだ。なるほど、男の矜持というやつかとミリーは思う。
「女であるわたしが護衛でも良いと言ってくださったのは侯爵様です。だから、男だからって守られる侯爵様はカッコ悪くないです。侯爵様は他にカッコイイところがたくさんありますから!」
アルフィーはミリーと同じ歳なのに、侯爵として立派にやっている。その立ち居振る舞いは完璧で、次期宰相としての仕事もこなす。どれもミリーには真似できないことで、尊敬すべきことだ。
ミリーが力いっぱい語ってみせれば、アルフィーは眉尻を下げてミリーの右手をとった。そしてそのままミリーの足元で跪き、見上げる。
「……それでも頭脳だけじゃミリーを守れないときだってあるだろう?」
「侯爵様をお守りするのはわたしの役目です。侯爵様に守っていただくわけにはいきません」
ミリーがはっきり告げれば、アルフィーは困ったように笑った。
「僕は君に守られているだけじゃ嫌なんだ」
そう言うと、アルフィーはミリーの右手に口付けた。
「こ、侯爵様?」
顔を赤くさせたミリーに、アルフィーの目元が緩む。
「それが婚約者というものだろう? お互いに守り合うんだ」
その大人びた表情に、ミリーの胸が軋む。
(侯爵様が自身も婚約者さえも守れるようになったら、わたしはいらない……)
アルフィーはいつか本当の婚約者を迎えるのだ。
アルフィーもその相手さえも守る必要がなくなるのなら、ミリーの存在意義はなくなる。
「いつかミリーを守れるくらい強くなるよ」
そう言いきったアルフィーの表情を眩しく感じる。
屋敷に閉じこもり、他人を拒絶していた彼が変わろうとしている。いや、それこそが本来のアルフィーなのだ。
(良かった……)
嬉しいと思うと同時に、ミリーは寂しさに襲われる。
アルフィーの笑顔をもう一度取り戻したいと思っていた。それが今では、彼の笑顔をずっと見ていたいと思っている。ミリーはそんな自分の気持ちに気づいて戸惑った。
(わたしの役目が終わる日はそう遠くないのかもしれません……)
わかっていたはずなのに胸が痛む。
アルフィーは一生側にいろと言ってくれたが、きっとミリーは必要なくなる。ミリーは本当の婚約者ではなく、雇われた専属護衛なのだから。
「僕は屋敷に戻る。ミリーは巡回するだろ?」
「はい」
立ち上がったアルフィーに、ミリーは笑顔を張り付けて返事をした。
(リゼに持たせてもらったパン……食べられそうにないわ)
本当のことを知らないミリーは、一人気持ちを沈ませていくのだった。




