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餌付けされた護衛令嬢は、冷酷侯爵の溺愛に気づかない〜美味しいご飯が専属契約の条件って最高です!〜  作者: 海空里和@電子書籍2冊発売中!


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30.秘密の特訓

「まだまだあ!」


 アルフィーはそう叫ぶと、地面に堕ちていた剣を拾い上げた。


(侯爵様!!)


 ミリーはマテウスに向かって行くアルフィーを、祈るような気持ちで見つめた。

 マテウスの剣の腕をミリーはよく知っている。尊敬する師匠であり、騎士団をまとめるこの国の守護神と呼ばれる人物――それが兄のマテウスだ。二番目の兄・マルセルだってマテウスには敵わない。

 その兄にアルフィーは果敢にも立ち向かっているのだ。


「ほら、脇が甘いですよ」

「ぐあっ! ――――くそっ!」


 アルフィーはまたマテウスに吹っ飛ばされては立ち上がる。ミリーはハラハラしながらも、必死に食らいつくアルフィーに目が釘付けになった。


(侯爵様はどうしてお兄様と?)


 ソワイエ伯爵家を一緒に訪れたとき、アルフィーはマテウスと仲良くなっていた気がする。名前で呼び合う二人をミリーも嬉しく思ったものだ。しかし、あれからマテウスとは会っていない。いつの間に接触していたのだろうと首を傾げいると、またアルフィーが吹っ飛ばされているのが目に入った。今度はミリーのいる垣根に向かって飛んでくる。


(お兄様あ!?)


 隠れていろと言ったのはマテウスだ。ミリーがあたふたしていると、アルフィーの身体は垣根にぶつかる直前で止まった。


(わざとだわ……)


 ミリーは確信した。マテウスはアルフィーがミリーのいる垣根の手前で落ちるよう、計算して吹っ飛ばしたのだ。マテウスならばそれができる。ミリーがじっとマテウスの動きを注視していると、マテウスはアルフィーに声をかけた。


「今日はここまでにしましょう、アルフィー。もうすぐミリーの巡回の時間でしょう」


 突然自分の名前を出されて、ミリーはドキリとした。


「ん……ああ。今日もありがとな」


 ミリーに気づいていないアルフィーは、地面に腰をつけたまま頭をかくと、マテウスを見上げた。


(今日もってことは、侯爵様は毎日お兄様と剣の稽古を?)


 レイがアルフィーはミリーの朝食時間を狙っていると言っていた。ということは、この一週間毎日剣の稽古をしていたことになる。


「忙しいのに悪いな。頼める相手がマテウスしか思いつかなくてさ」


 立ち上がったアルフィーに、マテウスはよく響く声で言った。


「いいえ。このくらいなんともありませんよ。それよりも、一週間も続くとは思いませんでしたから驚いています」

「にゃろう……」


 アルフィーは嫌味を言われたと思ったのだろう。声に怒りが滲んで聞こえた。しかしミリーは、マテウスがわざとミリーに聞かせるために言ったのだと理解した。


(やっぱり侯爵様は毎朝剣の稽古をされて……)


 しかしそれを理解したところで、ミリーの気持ちは晴れない。


(侯爵様はどうしてわざわざわたしの朝食時間を狙って? 言ってくださればわたしだって一緒に稽古をしたのに……)


 リゼに渡されたパンの包みを握りしめ、ミリーはリゼの言葉を思い返す。


『殿方とはカッコつける生き物なのです』


 それはレディに対することを言うのではないか。護衛として生きてきたミリーは、自分がその対象になりえるとは思っていなかった。だからこそ、リゼの言葉の意味を理解できない。


(護衛であるわたしに隠す理由は……)


 やはり婚約者としての役を務められず、信頼を失ってしまったのだろうか。

 そんなふうに思ってしまうのは、アルフィーが朝だけではなく、夕食にも顔を出さないからだ。ミリーが避けられていると思っても仕方ない。


「しかし、どうしてまた剣の稽古をしようと? あなたにはたくさんの護衛がついているし、ソワイエ家からミリーも派遣しています。あなたが剣を持つ必要はないでしょう」


 マルセルがミリーの言葉を代弁するかのようにアルフィーに訊ねた。


「あ? ミリーは護衛である前に僕の婚約者だろう。ミリーだって護衛の対象だ」

(えっ……)


 何をいまさらといった声音でアルフィーは答えた。

 ミリーは目をパチパチと瞬いた。自分は護衛をすることはあっても、されることなどないのだ。それに、婚約者というのは、アルフィーを身近で守るため、敵を欺くためのただの役だったはずだ。


「ミリーはそこらの騎士よりよっぽど強いですよ? なにせ私が鍛えたのですから」

「わかってる! それでも僕だってミリーを守りたい。せめて足手まといにはなりたくないんだ!」

(侯爵様……!)


 アルフィーの心の内を聞いたミリーは声をあげそうになって、両手で口元を押さえた。


(まさか侯爵様もわたしと同じように悩まれていたなんて……)


 ミリーはアルフィーを護衛するだけならば身体を張ってできる。でも、それだけではアルフィーの側にいられないと思っていたのだ。アルフィーを守るためには、婚約者としての振る舞いも必要とされる。劇場で侯爵であるアルフィーに恥をかかせたような失態はもう許されない。もう彼の立場を揺るがすような、足を引っ張る真似はしたくない――ミリーはそう思っていた。


「だそうだよ、ミリー」


 気づけばマテウスがミリーの頭上にいて、こちらを見下ろしていた。


「は!? ミリーだって!?」


 アルフィーが驚きの声をあげたところで、ミリーはそろりと垣根の後ろから姿を見せた。


「おはようございます……侯爵様」

「いつからそこに!?」


 気まずさを拭えないまま、ミリーはとりあえず挨拶をした。アルフィーは顔を赤く染め、口をパクパクとさせている。


「ミリーをここに来させるよう、私があなたの従者に言づけました」

「は!?」

「ちなみにここに隠れるようミリーへ指示したのも私です」

「はああ!?」


 しれっと説明をするマテウスに、アルフィーの怒声が響き渡る。ミリーがオロオロしていると、マテウスが肩を抱いてきた。


「ミリーと私は言葉がなくとも意思疎通がはかれるのです。かたーい絆で結ばれていますから」


 絆はあるかもしれないが、訓練の賜物である。ミリーは目をぱちくりとさせた。するとアルフィーから腕を引かれる。


「このシスコン。ミリーは僕のものだ」

「まだ……そうおっしゃってくださるのですか?」

「は……?」


 ミリーはアルフィーの言葉に身体を震わせた。泣きそうなのを我慢し、じっとアルフィーを見つめる。アルフィーは驚いた表情でミリーを見返していた。

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