27.憧れの場所
「こ……ここはっ」
アルフィーがミリーを連れてきた場所は、王都の中心地にある劇場だった。
三階建ての劇場は赤い円形の屋根に白いレンガ造りの立派な建物で、それを正面に見据えたミリーが感動で震えている。
「ここは常に貴族の間で話題になるからね。僕も観ておかないと。付き合ってくれるよね?」
クスリと笑い、もっともらしい理由を告げれば、ミリーは興奮した様子でアルフィーを見てきた。
「は、はいっ! ……実はオリヴィア様からよくお話を聞いていて、いつか入ってみたいと思っていたんです!」
「そう、ならちょうど良かった」
ミリーがここに憧れを持っていたことなど、リゼから調査済みである。ミリーは王女の護衛でここに足を運んだことはあるが、劇場の外に控えていたため、中に入ったことがないらしい。アルフィーは素知らぬ顔でちらりとミリーを見た。
(食べ物以外でもこんなに喜ぶことがあるんだな)
瞳をキラキラとさせるミリーからは、喜びが伝わってくる。
(可愛いな。僕の側にいれば、いくらだって君の願いを叶えてあげられるよ?)
「侯爵様?」
絡めた手に思わずぎゅっと力を入れれば、ミリーが視線を向けてくる。
アルフィーはじっと見つめてくる栗色の瞳から目を逸らし、思考を巡らせた。
(恋愛劇なんてくだらないと思っていたが、ミリーもこれを見れば恋人がどういうものか意識するんじゃないか?)
今宵の演目は、ご令嬢の間で特に人気の恋愛ものらしい。泣けると評判で、貴族たちはこぞってボックス席を押さえているのだとか。アルフィーはジャケットの胸元からチケットを取り出して、目線を落とした。もちろんボックス席である。あわよくばミリーと良い雰囲気になって……そこまで妄想して我に返る。
「……行こうか」
その間もずっとミリーに見つめられていたらしい。耐えきれなくなったアルフィーは、ミリーの手を取り歩き出した。
「はいっ!」
手を引かれたミリーからは嬉しそうな返事が返ってくる。そのことにホッとしつつ、アルフィーは人の流れから外れて辺りを見回した。
(えっと支配人は……)
予定では支配人がアルフィーたちを出迎え、裏口から席まで案内してくれる手筈だ。アルフィーが支配人を探していると、チケットカウンターのほうから揉める声が聞こえてきた。
「そんな! 確かに予約したはずなのに!」
「そう言われましても……本日ボックス席は満席でして……」
声をあげる男に低姿勢で対応するのは、この劇場の支配人だ。どうやら客の対応で足止めされていたらしい。
「ミリー、ちょっと待ってて」
アルフィーはミリーに声をかけると、支配人へ呼びかけようと足を進める。
「マーク、もういいわよ」
「よくない! 今日は記念すべき君の誕生日なのにっ……。俺はこの日のために入手困難なチケットを……」
目の前では男の恋人であろう女が彼を宥めているが、男は納得できないようだ。
「一階の一番後ろのお席でしたらご用意できますが……」
「それじゃあ意味がないんだ!」
(必死だな)
アルフィーは支配人に同情しつつも、ポケットからチケットを取り出す。声をかけようとすれば、後ろからジャケットの袖を掴まれた。ミリーがついてきていたらしく、真後ろからアルフィーの手元を覗き込んでいる。
「侯爵様、それはボックス席のチケットですか? あのお二人に譲ってさしあげることは可能でしょうか?」
「は?」
思いもよらないミリーの提案に、アルフィーの目が点になる。
「記念すべきお誕生日なのに可哀想です。それに、舞台は近くで観るほうが臨場感があるらしいですよ! わたしたちは一階で観ませんか?」
ミリーはオリヴィアから情報を得たのだろう。得意げにアルフィーへ披露してみせた。しかしアルフィーは知っている。国賓で王太子の婚約者であるオリヴィアが観劇をするときは、一階フロアのすべてが貸し切りになるということを。
アルフィーが言葉を詰まらせていると、男が食い気味に話しかけてきた。どうやらミリーとの会話が聞こえていたらしい。
「それ、本当ですか!? ボックス席を譲ってくださるのですか!?」
ミリーを見れば、キラキラとした目でアルフィーを見ている。おまけに恋人の二人まで期待の目を向けているではないか。
「~っ、ああ! 支配人、僕の席をこの二人に。それで、その空いている席とやらを僕たちに手配してくれ」
半ば自棄になって支配人に呼びかければ、支配人はようやくアルフィーに気づいたようだ。慌てた様子でアルフィーのところまで走ってきた。
「こ、これはロカール侯爵様!」
「ロカール侯爵様!?」
恋人たちはアルフィーの正体に驚き、恐縮した。ミリーがニコニコと二人の前に出る。
「良かったですねえ。侯爵様はお優しい方なのです。どうぞ、素敵なお誕生日をお過ごしください」
二人はミリーの言葉に安堵すると、何度もお礼を述べて劇場へ入っていった。
(まあ、一番後ろの席なら目立たないか……)
アルフィーがそう思っていると、支配人はすごい剣幕で言ってきた。
「侯爵様に一番後ろのお席なんて!! 聞くところ、お連れ様はお近くで観劇されたいとのこと。この私が一番いい席をご用意いたします!」
「は?」
ぽかんとするアルフィーの横では、ミリーが歓喜の声をあげていた。
※ ※ ※
「見て、ロカール侯爵様よ」
「じゃあお隣が噂の婚約者様?」
一階席七列目のど真ん中。支配人が用意した席は、観劇をするには最高の席だった。
(くそ……目立ってんじゃないか)
しかし、高位の貴族がその他大勢に混じって観劇するなど見たことがない。左右に分かれたサイドのボックス席で、優雅に観劇するのが常だ。ざわざわと周りの視線がアルフィーへと刺さる。
「こちらでございます」
支配人に案内され席へ着くも、ジロジロと視線がうるさい。支配人の計らいで前後左右二席ずつ空けられてはいるようだが、これでは意味がない。
「侯爵様、劇場の構造は理解しております。わたしがお守りしますので、楽しんでくださいね!」
ミリーはどうやら、アルフィーがこの劇を楽しみにしていると思ったらしい。むんっと力こぶを作ってみせた。その笑顔を見れば、周りの視線などどうでもよくなる。
「ミリーこそたまには任務を忘れて楽しんだら? 劇、見たかったんでしょう?」
「でも……」
ミリーがためらうので、アルフィーはミリーの耳元へ唇を近付けて囁いた。
「劇場には専属の騎士がいるから大丈夫だよ。ここには貴族が大勢来るからね。それに観劇中に何かあっても、ミリーなら切り替えてすぐに対処できるでしょ?」
「はい! お任せください!」
「じゃあ、ミリーも劇を楽しむこと。これも任務の内だよ」
アルフィーの言葉に、ミリーは感動を表すかのように頬を紅潮させ、ぷるぷると震えた。
「侯爵様は優しすぎます……護衛のわたしに席を与えてくれたばかりか、楽しんでいいだなんて……」
純粋に喜ぶミリーを見て、アルフィーは邪な気持ちを抱いていたことに罪悪感を覚えた。それでも、ミリーへの愛しさは止まらない。
アルフィーはそっと隣のミリーの手を取ると、二人の間を隔てる肘置きに移動させ、自身の手を重ねた。
「護衛のため……だよ」
まっすぐ前を向いたまま告げれば、ミリーからは「はい」と嬉しそうな返事が返ってきた。




