26.遭遇
「これは着ていくから」
「かしこまりました」
アルフィーは女主人が戻ってくるなり、てきぱきと指示を出し始めた。
「彼女の着ていた騎士服は早急に屋敷に戻しておいて」
「はい。本日中に必ず」
女主人は頭を下げたまま答えると、部屋の出口へと早足で向かった。アルフィーたちが帰るため、見送るようだ。
「あの、侯爵様?」
立ち上がったアルフィーは、ぽかんとするミリーに視線を落として言った。
「これから行くところは騎士服じゃ入れないからね。ミリーはドレスでも僕を守れるもんね? 頼もしいよ」
にっこりとアルフィーが笑えば、ミリーの顔が輝く。
「はいっ! お任せください!」
護衛として頼られたミリーはまるで忠犬のようだ。しっぽがあればブンブン振り回してそうな勢いである。
(ああ、もう、可愛いな)
それが忠誠心であろうと、まっすぐに好意を向けられれば顔が緩んでしまう。アルフィーは「んんっ」と咳払いをして自身を制する。
「ほら、行くよ」
「はいっ!」
アルフィーが手を差し出せば、ミリーは当然のように繋いできた。
(やっぱり、しばらくはこの方向で攻めるか。ずるくてごめんね……)
嬉しそうに従うミリーに、アルフィーは眉尻を下げた。
ミリーはアルフィーがこんな駆け引きで頭を悩ませているなんて気づいていないだろう。「やっぱりお腹が空いていたんだわ!」と謎に喜んでいる。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
女主人に見送られると、アルフィーはミリーの手を引いてブティックを後にした。
* * *
「アル様!?」
ミリーがアルフィーに手を引かれて外へ出ると、すれ違いざまに少女が声をかけてきた。
ミリーが警戒して前に出れば、アルフィーはすぐに後ろから顔を覗かせて、その少女に声をかけた。
「シエンナ?」
「お久しぶりです! アル様!」
どうやら知り合いらしい。名前を呼ばれたシエンナは、頬を赤く染めて一直線にアルフィーのもとへと駆け寄った。
ミリーのことは目に入っていないのか、シエナはアルフィーを見つめたままミリーの横を通り抜け、アルフィーの手を取る。
(お知り合い……)
ミリーは少しだけ警戒を緩めた。名前を呼び合う二人は、知り合いどころか仲も良さそうだ。しかもシエンナと呼ばれた少女はアルフィーを愛称で呼び、呼ばれたアルフィーも、笑顔で応じている。
(お屋敷以外の方とももちろん交流がありますよね。次期宰相様なんだもの)
ミリーが護衛としてロカール侯爵家にやってきたのは、アルフィーが引きこもるようになってから。
私的な関係を匂わせる二人のやり取りに、ミリーは驚いて目を瞬いた。この前のパーティーでも、アルフィーが対外的に笑顔を向けることはなかったのだ。
ミリーは二人の会話の邪魔にならないよう、かつ護衛ができる距離まで下がった。
(侯爵様は元々あんなふうに穏やかに笑う方だったもの。その笑顔を取り戻したくてわたしは……)
アルフィーは侯爵としての貫禄がありつつも、ミリーの前では年相応の表情を見せてくれるようになった気がする。ミリーはそれが護衛として誇らしく、嬉しかった。
今だって、外で穏やかに笑うアルフィーを見れば、嬉しく思うはずだ。それなのに、ミリーの中ではモヤモヤとした気持ちが渦巻いている。
「またわたくしのお茶会においでください! ね? アル様……」
二人を見守るミリーの目には、アルフィーの腕に自身の手を回すシエンナが映った。シエンナはアルフィーよりも小さく、上目遣いで彼を見上げている。
(とても可愛らしい方です。……ああいう方が侯爵様の奥様になられるのでしょうか……? お似合いです……)
アルフィーと同じ身長のミリーとは違い、シエンナはアルフィーを見上げるくらい小さい。桃色の髪にぱっちりとした瞳は、愛らしくて庇護欲をそそられる。自分とは真逆の令嬢に、ミリーの胸がつきりと痛んだ。
フリルがたっぷりの可愛らしいドレスを着こなすシエンナに、ミリーは自分がドレスを着ていることさえ恥ずかしくなった。伯爵令嬢としての素養は身に付けてきたものの、ミリーは騎士服のほうが慣れている。シエンナのように可愛らしく着こなせているのか不安になった。
(わたし……侯爵様のご厚意に甘えすぎて、侯爵様の足を引っ張っていないでしょうか?)
「ミリー? なんでそんなに離れているんだ」
周囲を警戒しつつもぐるぐると考えていると、ミリーに気づいたアルフィーに腰を引き寄せられた。
「こ、侯爵様……わたしは護衛ですので、後ろに下がって……」
「ミリーは僕の婚約者だろ? 隣で護衛すればいい」
きゅううん、とミリーの胸が締めつけられた。
(わたし……またお腹が空いて?)
あれこれ考えすぎていたので、アルフィーに隣にいろと言われて嬉しい。だけどこの気持ちがなんなのかはわからない。ミリーはアルフィーに腰を寄せられたまま、赤くなって俯いた。
「シエンナ、紹介するよ。彼女は――」
「ミリー・ソワイエ伯爵令嬢」
アルフィーがミリーを紹介してくれようとしたところで、シエンナが先に言葉を発した。
「お父様から伺っておりますわ。優秀な護衛にして、アルフィー様が婚約者に迎えられたとか」
「ああ」
「お父様?」
にっこりと淑女の笑みで話すシエンナに、ミリーが首を傾げる。
「ああ……彼女、ギャレー侯爵の一人娘なんだ」
「えっ」
ギャレー侯爵は、先日出席したパーティーの主催者だ。彼は自分の娘のほうがアルフィーに相応しいと言っていた。そのことを思い出したミリーは、目の前のシエンナを見てその通りだと思ってしまった。
「先日は父が失礼を申しました。ロカール家のご当主、アル様のご意向に意見しようなどと……」
目の前の少女――シエンナは、ミリーよりも年下に見えるのに、ご令嬢らしい凛とした姿で続けた。
「ロカール侯爵家と我がギャレー侯爵家は、王太子殿下のため、今後とも手を取り合ってゆかねばなりません。どうぞ見限らず、よろしくお願いいたしますわ」
「シエンナは相変わらず聡明だな。君が婿をとり、あの家を守っていくなら安心だ」
「アル様にお褒めいただけるなんて嬉しいですわ」
シエンナはアルフィーの言葉に頬を染め、控えめに笑った。アルフィーの手は自身の腰に添えられたままなのに、ミリーは二人の世界から除外された気持ちになってしまう。
(お腹が空いて苦しいなんて……。最近のわたしはたるんでいるわ! こんなことでは侯爵様を危険に晒してしまう!)
ミリーが自身を叱咤していると、シエンナが両手を合わせて明るい顔を向けてきた。
「そうだわ! 今度、お茶会に参加してくださる? わたくし、アル様の婚約者様と仲良くなりたい!」
「えっ……」
ミリーは護衛任務のため、お茶会に参加したことがない。ましてや男装して任務にあたっていたため、同性の友達がいないのだ。
ふるふると赤い顔を震わせてアルフィーを見れば、優しい笑顔が返ってくる。
「お誘いありがとう、シエンナ。ミリーも嬉しいみたいだ」
アルフィーが代わりに返事をすれば、シエンナはパッと顔を輝かせた。
「まあ、本当?」
「はっ、はい!」
両手を合わせたまま可愛らしく訊ねるシエンナに、ミリーも笑顔を返す。
「ミリーと仲良くしてやってくれ、シエンナ」
「ふふ、かしこまりましたわ。近いうちに招待状をお送りしますわね? それでは」
シエンナはふわりと微笑むと、会釈をしてミリーたちがいたブティックへと入っていった。
「……可愛らしい方でしたねえ」
ほう、とミリーが溜息をつくと、腰に添えられていたアルフィーの手が離れる。
「そう? 僕はミリーのほうが……可愛いと思うけど……って、聞いてないね?」
「えっ?」
アルフィーの言葉はごにょごにょとして聞き取れなかった。シエンナの可愛さにぼうっとしていたミリーは青ざめる。
「も、申しわけございません! 護衛失格です!」
「大したことじゃないからいいよ」
慌てるミリーに息を一つ吐くと、アルフィーはいつも通り手を絡めてきた。
「さ、行こうか。僕の専属護衛さん」
その言葉にミリーはひどく安堵して、へにゃりと笑った。




