25.街へ
「あの、侯爵様? これはいったい……」
パーティーから数日後、王都一の高級ブティックにミリーはいた。たくさんのドレスに囲まれ、目をぱちくりと瞬く。
すでに袖を通したドレスが何着も目の前に積み上げられているのだが、女店主がさらにドレスを運んでくるものだから、ミリーは慌てて目の前のソファーで寛ぐアルフィーに呼びかけた。
(今日は侯爵様が街にお出かけされるからと、わたしは護衛でついてきたはずよね?)
今のミリーはなぜか騎士服を脱がされて、真っ青なドレスを着ていた。目の前に積み上がったドレスを見れば、そのどれもに青い生地が使われている。淡いピンクのドレスもあるが、青糸で刺繍されており、必ず青があしらわれていた。
「ミリーにはこれからも僕の婚約者としていろいろな場に同行してもらうからね。必要だろう?」
アルフィーは片手に持っていた本から目線をずらすし、満足そうに微笑んでいる。
「この前いただいたドレスで十分だと思いますが……」
令嬢としての作法は身に付けてきたものの、ドレスを新調するなんて初めてのことだ。この前のドレスも青だった。似たようなドレスを新調する必要などあるのだろうか? その前にミリーは護衛なので、騎士服で過ごすのが基本である。そのことも含めておずおずとアルフィーに訴えたが、ばっさりと却下されてしまった。
「僕の婚約者が毎回同じドレスなんて、ロカール侯爵家がなめられるからダメ」
「う……」
侯爵家の威厳を持ち出され、ミリーは何も言えない。
「じゃあ、ここまで試着したの全部、ミリーに合わせて仕立て直してくれる?」
「ぜっ!?」
絶叫しそうな言葉を飲み込み、ミリーが飛び上がる。
「かしこまりました!!」
女店主は嬉々として頭を下げると、いそいそと裏に下がっていった。
女店主の背中を見送り、ミリーはドレスの山をじっと見る。
(わたしのお給料で払えるのでしょうか……)
「もちろん僕からのプレゼントだからね」
「ふぇ!?」
ミリーの考えていることなどお見通しだと、アルフィーは不敵に笑っている。
本を閉じて立ち上がると、アルフィーはミリーが立っている試着台まで歩いてきた。
「あの……?」
戸惑うミリーの首にアルフィーの手が触れる。そこにはブラックダイヤを下げたチェーンがあった。
このネックレスはミリーがアルフィーの婚約者と示すもので、護衛で動き回るミリーのために小ぶりで作られた特別なものらしい。そう言われてしまえば、「常に身に付けてね」というアルフィーの願いを断れなかった。
「んっ……」
アルフィーの手がミリーの首筋をなぞっていき、胸元のブラックダイヤに触れる。ミリーはくすぐったさから思わず身をよじった。アルフィーはミリーの反応を確かめるように上目遣いで囁く。
「婚約者にドレスのお金を払わせる男がどこにいる。僕の評判にも関わるじゃないか」
「そっ、そういうものですか……」
この前の手へのキスから、アルフィーのスキンシップが増えたように思う。アルフィーはダイヤに触れていた指をミリーの頬に移動させた。
(距離が近いのは護衛のため……ですよね?)
今までなんとも思わなかった距離に、ミリーの心臓がドキドキと音を立てる。このドキドキの正体がわからず、ミリーは不安になるばかり。
「やっと僕を意識するようになったか……?」
「え……?」
呟かれたアルフィーの声は小さく、聞き取れなかった。これでは護衛失格だ。
「いや……なんでもない。油断は大敵だな」
そう言って苦笑したアルフィーに、ミリーはしょんぼりとする。
(護衛なのに油断していたから……)
このままではアルフィーの信頼を失ってしまう。そう思ったミリーは、ぐっと拳を握ると、姿勢を正してアルフィーを見据えた。
「わたしは護衛ですから、将来の奥様のために少しづつお金をお返ししていきます!」
ミリーの表明に、アルフィーの片眉がぴくりと上がる。
「くそ……あの兄のせいだな」
「侯爵様?」
アルフィーはなぜか怒ったような口調で呟くと、ミリーに背を向け、離れていってしまった。
ミリーはまたしょんぼりと俯く。
「……ほら」
アルフィーはすぐにミリーのところまで戻ってきたようだ。優しい声に弾かれるように顔を上げれば、ミリーの口にはマカロンが差し込まれた。
「むぐっ……」
どうやらアルフィーは、テーブルに用意されていたマカロンを取りに行っていただけのようだ。
優しく見つめるアルフィーの視線に嬉しくなって、ミリーは思わず声をあげた。
「おい、しいっ!」
実際にマカロンは驚くほど美味しくて、ミリーが食べてきた中で一番だった。口の中でほろほろと崩れる甘さに、両頬を手で包み込んで目を閉じる。
「ふっ。だろ? 王都でも有名なパティスリーのものだ」
得意げに笑うアルフィーにミリーは顔を輝かせた。
「わたし、お菓子の中でマカロンが一番好きなんです!」
「知ってる……マーサから聞いた」
どうやらアルフィーは、ミリーがマカロンを好きだとマーサから聞いた上で用意してくれたらしい。
侯爵で、このブティックの特別室にも通されるほどのアルフィーならば、用意できないものなどないだろう。それでもミリーは、自分のためにマカロンを用意してくれたアルフィーに心臓がきゅうっと鳴るのを感じた。
「おいで」
アルフィーに手を引かれてソファーへと歩く。腰を掛けたアルフィーの膝の上にミリーは座らされた。これは毒見のときの体勢だ。
テーブルの上には色とりどりのマカロンが並べられており、ミリーが視線を向ければ、アルフィーはマカロンを一つ取り、ミリーの口元へと差し出した。
「ほら、この味も安全か確かめて?」
差し出されたマカロンをおずおずと口に入れる。アルフィーも一緒に食べるから毒見をする必要があるのだろうか? でもアルフィーは、マカロンを口にしようとしない。ミリーは首を傾げながらも咀嚼した。
(あれ……? さっきは美味しく感じたのに、味がわからない……。マカロンに異常はない……ですよね)
ミリーがマカロンを凝視していると、アルフィーがコホンと咳ばらいをしながらミリーを膝から下ろした。
「ミリー、僕はこれでも国の重鎮だ。君はそんな僕を守るんだから、ドレスを受け取るくらいでは安すぎるだろう」
アルフィーは主人としての威厳を放ちながら隣へ座るミリーに話す。
「はい」
ミリーはピシっと背筋を正すと、端的に返事をした。
(そうだ……侯爵様はこの国になくてはならない人です。そのお命をお金で測ることはできないけど……)
それでもその報酬を示してくれるアルフィーに、ミリーは報いろうと思った。
(あれ? マカロンの甘さを今さらじわじわと感じてきました。奥が深いですね……?)
仕事脳になれば味覚も戻ってくる。もちろ原因などわからないミリーは、マカロンを見てまた首を傾げたのだった。
* * *
(やっぱりミリーには、護衛の仕事だと告げるのが一番効果があるな)
首を傾げているミリーの横では、アルフィーがジレンマに苦しんでいた。
(君に愛していると告げられたらどんなにいいか……。けっきょく僕は、ミリーの仕事を周囲に認めさせると言いながらも、本当のことを知ったミリーが僕の元を去るのが怖いだけなんだ)
仕事にかこつけてミリーに甘く迫る。気づいてほしいと思いながらも、拒まれたらと思うと怖い。今の生温い関係に甘えているだけだと、アルフィーは気づいている。
「侯爵様?」
心配そうに見つめるミリーと目があえば、アルフィーは泣きそうになった。
「……それでも君を手放す気はないから覚悟して」
「え?」
消え入りそうに呟いた声はミリーには届いていない。これはアルフィーの願いでもあり、決意だ。
「とりあえず、あの兄に認めさせないとな」
「???」
アルフィーは笑みを作ると、ミリーの口にマカロンを押し込んだ。
「ミリーは引き続き、僕の護衛をよろしくね」
「ふぁ、ふぁいっ!」
ミリーはマカロンを味わいながらも、顔をキリっとさせて返事をした。




