24.二番目の兄
「なんだ、剣も持っていないのか? それでどうやってミリーを守るんだ!」
「マルセルお兄様!?」
バルコニーから中庭へと強制的に連れてこられたアルフィーは、マルセルと対峙していた。
「お兄様、侯爵様は護衛対象だからわたしが守るのよ! 帯剣なんてしているわけないじゃない!」
「ミリー、兄さまがこの悪魔から救ってやるからな、待ってろ!」
頭に血をのぼらせたマルセルには、可愛い妹の声も届かないらしい。先ほどから訴えるミリーへの返事はそこそこに、アルフィーを物凄い形相で睨んでいる。
「護衛はいいのか? お兄様」
アルフィーの言葉にマルセルの額には青筋が浮かび上がった。
「今は交代の時間だ。殿下はお優しいからな。妹の窮地を救う時間を与えてくださったというわけだ」
目を据わらせたマルセルを見て、アルフィーの脳内にはマテウスの言葉がよみがえった。
『弟は私よりも妹を溺愛しておりまして。今回の護衛の件も、最後まで反対しておりました。それなりの洗礼を覚悟されておいたほうがよろしいかと』
(なるほど。護衛中だから何も言ってこなかったのか。こちらは文字通りの脳筋だな。さて、どうしたものか)
「お兄様、いい加減に――」
間に入ろうとしたミリーをアルフィーは右腕を上げて止めた。
ぱちくりと目を瞬くミリーに微笑む。これは自分が解決しなければいけない事案なのだ。
アルフィーはマルセルに視線を戻すと、不敵に笑ってみせた。
「剣だけが守る術ではありませんよ、お兄様」
「なんだと!? つか、お前にお兄様と呼ぶことを許した覚えはない!!」
ストレートに感情を表すところはミリーにそっくりだ。兄は猪突猛進、といったところか。これでは話にならない。アルフィーが溜息をついたところで、マルセルはゆらりと身体を動かした。
「そうか。拳がお望みか」
マルセルは足元に剣を投げ置くと、身体の前で拳を構えた。
「何でそうなるんだ……。武闘から頭を離せ」
「うるさい! これ見よがしにガーネットなんて付けやがって! 今すぐはずせ!」
マルセルは身体を戦慄かせると、びしっとアルフィーの胸元のピンを指さした。
「はあ……兄がそんな様子じゃあ、ミリーが行き遅れると義母上が嘆いていたのもわかるな」
「何だと?」
興奮していたマルセルがピタリと身体を止めて、アルフィーを睨む。兄と呼ぶのを許さないのだから、アルフィーがソワイエ夫人を義母上と呼んだのも許せないのだろう。
仲裁に入ることを止められたミリーは、心配そうな表情でアルフィーとマルセルの顔を交互に見ている。
その顔を見て、アルフィーはここで引き下がるわけにはいかないと思った。
「そうだろう? ミリーは能力のせいじゃなくて、君たち兄が過保護なせいでお嫁にも行けないんだ」
「なんだとお!? 言わせておけば! 俺は、俺は――」
アルフィーの言葉でカッとなったマルセルは、拳を振り上げてアルフィーへと迫った。
(しまった、煽りすぎたか!?)
立ち尽くすアルフィーは覚悟をして目を瞑る。しかしマルセルの拳はアルフィーには届かず、ドカンと大きな音だけがした。
恐る恐る目を開ければ、ミリーが拳を突き出してアルフィーの前に立っており、マルセルは地面に倒れていた。
「ミリー?」
どうやらミリーがマルセルを吹っ飛ばしたらしい。ミリーは驚くアルフィーには振り返らず、マルセルに向かって怒鳴り始めた。
「いい加減にしてください、お兄様! 侯爵様を脅かす者はたとえお兄様でも許しません!」
「ミ、ミリーが飯以外のことで怒るなんて……!」
身体を起こしたマルセルは、地面に座ったままミリーを見上げて震えた。
(そこ!? てか、ミリーでも怒るんだな……初めて見た)
マルセルの言葉に内心ツッコミながらも、アルフィーは呆然と成り行きを見守る。
「いいですか!? わたしは侯爵様の専属護衛なんです!」
「でもミリー……婚約だと騙されて」
「侯爵様をお守りするためです!」
ぴしゃりと言い放つミリーに、マルセルは言い返せないでいる。
(つ、強い……。ミリーは怒らせると怖いんだな)
ミリーの新たな顔に驚いたが、アルフィーの口元は緩んだ。ミリーは尊敬するであろう兄に、自分のために怒りを向けてくれているのだ。そのことがアルフィーの心を満たしてくれる。
「侯爵様は……ありのままのわたしでお守りさせてくださるんです」
ミリーがそう言えば、マルセルはハッとした表情のままアルフィーを見た。
「女が護衛でも良い……と?」
「関係ない。僕はミリーの護衛としての能力を信用している。それに――」
アルフィーは頷くと、ミリーの背中を見つめた。気づいたかのようにミリーが振り返る。
(僕の気持ちには気づかないくせに、君って人は……)
アルフィーの中で黒く渦巻いていた気持ちも恐怖も、ミリーが払拭してくれた。
大切な人を巻き込む覚悟をして、ようやくアルフィーは外へ出られるようになったのだ。ミリーがいない世界など、もはやどう生きていけばいいのかわからない。
ミリーと視線を絡めたアルフィーに、マルセルが怪訝そうに聞く。
「それに? 何だ?」
「いや……、ミリーには僕を救ってもらった。護衛はミリー以外考えられない」
「侯爵様……」
ミリーは感動した様子でアルフィーを見ている。
(きっと暗殺者から命を救ったことだと思っているんだろうな。ミリーは、僕の心ごと救ってくれたというのに……)
しかしそれは重たい感情のように思えた。口に出すのはまだ早い。
そんな打算的な自分が嫌になる。それでもミリーがまんまるの目を細めて嬉しそうな笑顔を向けるものだから、アルフィーはつられて笑顔になった。
「そうか。護衛だな」
そう言いながら立ち上がると、マルセルはアルフィーとミリーを見下ろして告げた。
「俺はミリーの意志を尊重するし、仕事の邪魔はしない」
「お兄様!」
ミリーは嬉しそうに声を弾ませると、目の前のマルセルに抱きついた。
ミリーを取られたような気持ちになり、アルフィーはモヤっとする。しかしマルセルにも認められたのだから、我慢だと自分に言い聞かせた。
「ミリー、務めをしっかり果たすんだぞ。兄様はミリーを応援している!」
「はい! ありがとうございます!」
「うんうん。それで侯爵様が妻を迎えて契約満期になれば、ソワイエ家に帰ってくればいい!」
(ん?)
マルセルの発言に嫌な予感を覚え、アルフィーはそろりとマルセルを見た。
「でも侯爵様は死ぬまでお仕えしろと……」
「いやいやミリー、侯爵様が奥様をお迎えしてみろ。女のお前が常に側にいるのを嫌がると思うぞ」
困惑するミリーにマルセルが言い聞かせる。
「おい!」
護衛に女とかは関係ないはずだ。我慢しきれずにアルフィーが話に入ろうとすれば、ミリーは納得したように頷いた。
「それも……そうですよね……」
「ミリー!? 僕は結婚しないって――」
慌てて否定しようとしたアルフィーの声がマルセルによってかき消される。
「大丈夫だ! 任務を終えて戻ってきても、兄様が一生ミリーを守ってやるからな!」
「!!」
マルセルは大きな声でそう言うと、ミリーの頬にチュッと唇をつけた。アルフィーは大きな口を開けて固まる。
「侯爵様はお優しいから一生側にと言ってくださったけれど、確かに奥様は嫌だと思われるかもしれないわ……」
兄にされるがままのミリーはしゅんとして呟いている。しかしそれに気づかないアルフィーは、マルセルと睨み合っていた。
マルセルは抱きしめていたミリーを背中に隠すと、アルフィーに近付いてきた。睨み続けるアルフィーにひっそり耳打ちする。
「妹は護衛の仕事に誇りを持っているからな。お前の護衛は認めてやる。だが、婚約者として認めたわけじゃない。殿下が無事王位を継承したときには、婚約も破棄だ」
(こいつ……)
マルセルは侯爵であるアルフィーに敬意を示すどころか、敵意を剥き出しにしている。どうやらマテウスの言う通り、重度のシスコンらしい。
アルフィーは口元を引くつかせると、無理やり笑顔を作ってマルセルを見上げた。
「それまでに認めさせてみせますよ」
そしてマルセルの背中に回り、きょとんとしているミリーの手を取った。アルフィーはミリーの手の甲を引き寄せ、唇を落とす。
「こ、侯爵様!?」
「……このやろう」
脳筋のマルセルは、アルフィーから挑戦状を叩きつけられたと思ったのだろう。「望むところだ」と言わんばかりに口の端を上げた。
さすがのミリーも、アルフィーにキスをされたことで顔を赤らめている。
ミリーのそんな顔を見たアルフィーは嬉しそうに笑い、マルセルは悔しそうに顔を歪めたのだった。




