23.パーティー④
「まあ、なんて可憐なのかしら」
「こうして改めて見ると、お似合いですわね」
しっとりとした曲調に変わったところで、ホールの中央で踊るアルフィーとミリーは注目を浴びていた。
武道を極めるミリーは、本人が言う通りダンスも完璧だった。アルフィーのエスコートに合わせて優雅に踊っている。その表情は憂いに帯びており、ミリーの儚い美しさに周りの貴族たちがほうっと溜息をついた。
しかしアルフィーだけは違う見方をしていた。ミリーの耳に唇を寄せて囁く。
「ミリー、お腹が空いたんだろう?」
「えっ! どうしてわかったんですか!?」
自分の見解は当たっていた。驚いた表情を見せるミリーに、アルフィーは口元をニヤつかせた。
「食べ足りないって顔してる」
「えっ? えっ!?」
額がつきそうなくらいミリーへと顔を寄せ、アルフィーは意地悪く言った。
「そんなに美味しかったんだ? ここの料理」
「う……はい」
顔を赤くさせて俯くミリーのステップはそれでもぶれない。アルフィーはミリーの身体を自分のほうへとさらに寄せた。
周りからは「きゃあ」と声が上がる。アルフィーは周りの反応を見てほくそ笑む。もちろん狙ってやったのだ。ミリーに視線を戻して話を続ける。
「うちのよりも美味しかった?」
「料理長さんのお料理を超えるものはありません!」
「そう」
きっぱりと言い切るミリーに、思わずアルフィーから笑みがこぼれる。
「侯爵様が笑った……!?」
周りがざわつき始めたが、可愛さのあまりミリーしか目に映っていないアルフィーは気づかない。
「じゃあ、もう少し僕の婚約者を頑張って? 帰ったらいっぱい料理長が夜食を作ってくれるからね」
「はいっ!」
「うん」
ミリーの満面の笑顔に、アルフィーは引き寄せられるようにミリーとおでこを合わせた。
ミリーとマルセルのように、自分ももっと距離を縮めることを許されるのではないかと期待したのだ。
「……? お腹が空きすぎて苦しいみたいです?」
「何それ」
ミリーは目をぱちくりさせると、いつも通りの発言をした。アルフィーの気持ちなど気づいていないのだろう。しかし今はそのいつもどおりがアルフィーの気持ちを救う。
(良かった……拒否されなかった。これからだ……焦るな)
ミリーと物理的な距離は近付いた。このまま囲って、気持ちなど後からゆっくりとわからせていけばいい。政治での駆け引きもそれで成功させてきたのだから、確実なやり方だ。それなのに、とアルフィーの心は揺れる。
アルフィーはミリーと顔を寄せたままダンスを続けた。二人の本当の関係など周囲は知らない。ただお似合いの二人をうっとりと見つめるのだった。
楽団の演奏する曲が終わると、わっと歓声が起こった。大勢の貴族たちがアルフィーとミリーに拍手を送っている。その中にはわなわなと震えながらアルフィーを睨むマルセルがいたが、アルフィーは気づかなかった。
* * *
ミリーはアルフィーに手を引かれてバルコニーへと出た。
バルコニーは月明かりで照らされていたが、それでも暗い。ミリーは暗闇でも目を慣らすことに慣れている。護衛のためにもそうすれば、アルフィーの顔が赤らんでいるのが見えた。
(ずっと机の上でお仕事されてきたからお疲れなのかも)
アルフィーのリードは完璧なものだった。身長も同じくらいなので、兄たちとよりも踊りやすい。ただ、おでこをつけられたときだけは落ち着かなかった。兄たちとは違う感覚に、ミリーは戸惑っていた。
(良かった……お腹落ち着いたみたい。護衛中なのに集中しないと)
きっとお腹が空いたせいだ。その証拠にバルコニーへ来る前、アルフィーがデザートの皿を渡してくれ、それを口にしたら先ほどの苦しい気持ちが和らいだ。
(お腹が空いて苦しくなるなんて……なんてわたしは未熟なんだろう)
初めての感覚が何なのかミリーに答えは出せない。心の中で反省していると、バルコニーの手すりの前で止まったアルフィーが振り向いた。
「ミリーは本当にダンスが上手だね」
そう言いながらもアルフィーの瞳は熱を孕んでいる。
(大変! もしかしてお疲れのせいで熱が?)
ミリーはアルフィーに駆け寄ると、そっと彼の額に触れた。
「……っ、君、本当にわからずにやっているの?」
ミリーの触れた箇所がさらに熱くなる。ミリーは心配でアルフィーの顔を覗き込んだ。
「侯爵様? やっぱりお加減悪いですか?」
アルフィーはミリーの手を額から引き剥がすと、そのまま握りしめてきた。真剣な表情のアルフィーにミリーはきょとんとする。
「悪いって言ったら……君は何でもしてくれるの?」
「? はい、護衛ですので」
「じゃあ、キスしてよ」
「侯爵様……?」
アルフィーの様子がいつもと違う。やはり体調が悪いようだ。
(キスをすることで、手っ取り早くわたしに風邪をうつそうと? でも護衛のわたしが倒れるわけには……)
ミリーが真剣に悩んでいると、アルフィーはミリーを握りしめる手の力を強めた。
「僕たち……今日、婚約したって大勢にお披露目したんだよ」
アルフィーは熱のせいで気弱になっているに違いない。そう思ったミリーは、アルフィーを安心させようと元気よく答えた。
「侯爵様をお守りするためですからね! でも大丈夫です! 婚約破棄の不名誉を侯爵様が負うことのないよう、ルーク様にお願いしますから!」
しかしアルフィーの表情はますます翳ってしまう。
「そう……だね。でもミリーこそ傷物になったら困るんじゃない?」
(わたしのことまで心配してくださるなんて、侯爵様はやっぱり優しい!)
そう捉えたミリーは、アルフィーにきっぱりと告げた。
「わたしはずっと護衛の仕事で生きていこうと思いますので、結婚できなくとも大丈夫です! 侯爵様のお側を離れたらまた――」
そう言いかけて、つきりと胸が痛む。
(いつか侯爵様のお側を離れる日が来るのでしょうか……でもわたしは雇われの身だから、必要とされなくなれば去るしかないですし……)
護衛対象に忠誠を尽くして守りたいというのならまだしも、側にいたいと願うのはお門違いだ。
「一生僕の側にいろと言っただろう」
言葉を詰まらせていたミリーは、アルフィーに引き寄せられる。
「侯爵様……?」
アルフィーはミリーの頬に手を添えると、辛そうな表情のまま顔を近付けた。
「もう限界だ……僕だけがこんなにもミリーを想っているなんて」
「え……」
「ミリーが嫌だと言っても、僕は君を手放す気なんてない。ずっと……死ぬまで僕の側にいてもらう」
(侯爵様、どうしてそんなに苦しそうなの?)
ミリーの心臓がぎゅうっと締めつけられる。アルフィーはミリーの欲しい言葉をくれた。嬉しいのに、アルフィーの辛そうな表情を見れば手放しでは喜べない。
「わかったか?」
「……はい」
アルフィーの有無を言わさぬ声色から発せられるのは、主人としての命令だ。ミリーが固い表情で答えれば、アルフィーがおでこを合わせてきた。
お互いの吐息がかかるくらいの距離に、ミリーが目を瞬く。アルフィーは目を細めると、顔を斜めにずらして唇を寄せてきた。
(あっ、やっぱり風邪はうつす方向で??)
唇が重なるまであと数センチのところで、マルセルの叫び声がバルコニーに響き渡った。
「何をしているんだ!?」
「お兄様!」
マルセルはミリーの所まで早足でやってくると、ミリーをアルフィーから引き剥がした。それから剣を抜き、アルフィーに突きつける。
「表に出ろ! 俺は妹を守れる男としか婚約を認めない!」
「は?」
剣を突きつけられたアルフィーが目を点にしている。
兄と言えど遅れをとってしまった。危険がないことはわかっている。しかしミリーは、自身の護衛対象が剣を突きつけられて黙ってはいられなかった。




