22.パーティー③
(ミリーの兄……)
王太子の近衛は何人かいるが、アルフィーはもちろんミリーの兄の顔も覚えていた。
マルセル・ソワイエ――王太子の近衛を務めるミリーの兄は、一番上の兄・マテウスよりも少し低いが長身だ。銀色の髪と緑色の瞳はソワイエ伯爵から受け継いだのだろう。マテウスにはミリーと似たところがあったが、マルセルには見当たらない。
「ミリー! お前のドレス姿なんて久しぶりに見たな。なんて可愛いんだ!」
マルセルは駆け寄っていったミリーをぎゅうっと抱きしめた。
「ルーちゃ……ルーク様もお久しぶりです」
「やあ、ミリー。君の活躍、耳にしているよ。先日もアルフィーを守ってくれてありがとう」
三人は幼馴染だけあって、和気あいあいと話し始めた。
その空気に気後れし、アルフィーは入れない。
「ミリー、それよりも婚約って……」
「❘フリ《、、》です、お兄様。王太子派の集まりといえど、侯爵様のお命を狙う賊が潜んでいるかもしれませんから」
ミリーは周りを警戒して顔を寄せたのだろうが、マルセルとの距離はキスをしそうなくらい近い。ひそひそと顔を寄せ合う二人を見て、アルフィーはもやっとした。
(ここの兄妹はなんでこんなに距離が近いんだ……?)
マルセルには婚約の話がいっていなかったのか、怪訝な顔を見せてくる。
「殿下、どういうことですか」
ルークはにっこり笑うとミリーを見た。
「ミリー、食事を持って来てくれるかい? あ、もちろん先に毒見をよろしくね?」
「っ! はい!」
ミリーは顔を輝かせると、いそいそと料理が並ぶテーブルに向かった。
(なんで殿下がミリーをうまく扱っているんだよ)
体よくミリーに席をはずさせたルークを、アルフィーは胡乱な目で見る。アルフィーの視線に気づいたルークは、ウインクをしてきた。
「私のほうがミリーと付き合いが長いからね?」
「~っ!」
「ふふ……ははは!」
挑発だとわかりつつもムッとしたアルフィーに、ルークはこらえきれない様子で吹き出した。
「アルフィーのそんな顔、初めて見た。ねえ気づいていたかい? 君がミリーを優しい表情でエスコートしていたの。『冷酷侯爵』も名折れだね」
「周りが勝手にそう呼んでいるだけです」
「ふうん?」
不愉快な気持ちを隠すことなく言えば、ルークはますます楽しそうに笑った。
近衛の仕事を全うするミリーの兄――マルセルは、周囲に目を配りながらも、会話には入らず後ろで控えている。
(以外に真面目なんだな。マテウスが脅すから何か言ってくるかと思ったが)
ミリーへの溺愛ぶりは見せたものの、マテウスのような敵意は感じない。近衛としての任務を全うするところはミリーを彷彿とさせ、むしろ好感が持てる。
ホッと胸をなでおろすアルフィーは気づいていなかった。周囲に目を配りながらも、マルセルがジロジロと視線を向けているのを。
「まあ、君に大切なものができるのは良いことだ。一生独り身なのかと心配したよ」
ルークが近衛に人払いさせているおかげで、彼へ挨拶にくる貴族もいない。微笑むルークに向き直ると、アルフィーは疑問を口にした。
「……殿下はなぜミリーを僕に? 祝福持ちは王家の保護下にあるのでしょう?」
「私にはオリヴィアがいるし、第二王子にミリーを渡すわけにはいかないだろう? 君に託すのが一番安全だと思ったんだ」
意外な返答にアルフィーは目を瞬いた後、頭を下げた。
「……僕を信頼してくださりありがとうございます」
「それに」
顔を上げればルークは意味深な笑みを浮かべている。そして唇に指を当てて言った。
「ミリーならきっとアルフィーを闇から引きずり出してくれると確信していたんだ。君がミリーにご執心になるのは予想外だったけどね?」
パチンと片目をつぶるルークにアルフィーは溜息をつく。
「よく言いますよ。そこまで読んでいたくせに」
「なんにせよ、君が外へ出るようになってくれて嬉しいよ」
フフッと笑っていたルークが真面目な顔になる。
「でもどうして婚約者のフリなんてしているのかな? 私はちゃんと婚約を許可したよね?」
ルークの追及にアルフィーも言葉を詰まらせる。
「まあ、ミリーも基本脳筋だからね。外堀から埋めるのもいいんじゃない? でも、ストレートなあの子には正面から挑まないと一生伝わらないと思うよ」
「っ」
ルークにはアルフィーの思惑などお見通しだった。しかも正論を突きつけられれば何も言えなくなる。
「ぼく……はっ」
「侯爵様!」
アルフィーがなんとか言葉を吐き出そうとしたところで、ミリーが複数の皿を抱えて戻ってきた。
「お料理、とっても美味しいですよ!」
「そうか」
すでに毒見をしたであろうミリーはニコニコ笑っている。そんなミリーを見ればアルフィーの心も安らぐ。
(わかっているさ。ミリーに小細工なんて通用しない。正面から向き合わないといけないことくらい。でも今は……)
「侯爵様?」
アルフィーがミリーの腰を寄せれば、二人の距離は一気に縮まった。
両手を皿で塞いでいたミリーは、体幹の良さを活かして落とすまいと踏ん張っている。
「僕と踊ってくれるか? ミリー」
「えっ」
ホールの中央では楽団の演奏による音楽が流れ始めていた。パートナーたちがダンスをするために中央へと集まっている。
「行っておいで、ミリー。これも任務だよ」
「任務! かしこまりました!」
ルークの言葉にミリーがビシッと姿勢を正す。
「うんうん。君たちが婚約したこと、存分に見せつけておいで」
意気込むミリーに笑いかけるルークをアルフィーが睨む。やはりルークのほうがミリーの扱いに慣れているようだ。それが悔しい。
「ルーク様も婚約者のフリをすることで、護衛の任を果たせとおっしゃっているのですね!」
自分が言ったことだが、ルークもそう言うことによって、ミリーの納得度が増しているのがさらに悔しい。
(まあいい。ミリーが僕のものだとこの場にいる貴族たちへ見せつけられれば)
ルークも一応はアルフィーへの援護射撃をしてくれたのだ。ミリーがダンスに応じてくれたことには感謝しようと思った。
「侯爵様、わたしはダンスも嗜んでおりますのでご安心ください!」
いつの間にかミリーはアルフィーの腕からすり抜け、テーブルに皿を置いていた。こちらを見て笑うミリーにアルフィーは眉尻を下げて笑った。
「うん。じゃあ……」
アルフィーが手を差し出せば、ミリーは笑顔で手を重ねた。
(僕は周りを固めてからミリーを手に入れようとしている。君はこんな僕を知ったら軽蔑するだろうか?)
握りしめた手は温かく、ふわりと微笑むミリーにアルフィーは泣きそうな気持ちになった。
(でも、もう君を逃がしてあげることなんてできないんだ)
アルフィーはミリーをダンスホールへと誘うと、身体を寄せて踊り始めた。
* * *
「ははは、可愛らしい二人だよね」
ダンスホールで踊るミリーたちを見て、ルークが微笑んでいる。マルセルはルークから踊る二人へと視線を向けた。
(気心知れた相手だけあって、殿下は楽しそうにお話しされていた。でも俺は、あいつが本当に冷酷なことも知っている。だからこそミリーを近付けたくなかったのに、どうなっているんだ?)
大切な妹が冷酷な侯爵と密着して踊っている。憤慨しそうな気持ちを必死に押さえてマルセルは任務に集中する。
目の前のルークは守るべき大切な存在だ。妹は何かあっても己の身は自分で守れる。そう思いながらミリーを見たマルセルは、重大なことに気づいた。
(ミリーの可愛さばかりに目がいっていたが、よく見たら独占欲丸出しの格好じゃないか!)
青色のドレスとブラックダイヤのネックレスは、ミリーがアルフィーの婚約者であると一目瞭然だ。
先ほどミリーが料理を取りに行ったとき、遠巻きに見てはいても、声をかける男はいなかった。マルセルはミリーが可愛すぎて近付けないんだなということで片付けていたが、侯爵であるアルフィーの牽制が功を奏して男が近寄らなかったのである。
(フリでここまでするか?)
ミリーは護衛のために婚約者のフリをしていると言った。しかしルークとアルフィーの会話からそうとは思えなかった。
手を取り合って踊る二人を見れば、アルフィーが熱っぽい視線をミリーに送っているのがわかる。ミリーは気づいていないようだが。
「……殿下、結局、妹はあの冷酷侯爵と婚約をしたのですか?」
「ああ。私が認めたと言っただろう?」
まっすぐ前を見据えたままマルセルが訊ねれば、ルークからすぐに返事が返ってくる。
(そういえば……! あいつはミリーの能力を知っていた! まさか脅されて……?)
ルークとアルフィーの会話を思い出したマルセルは、頭を抱えた。
(なんてことだ……ミリーは騙されているんだ! ……許すまじ、ロカール侯爵……)
「この件に関しては口出し無用って言ったんだけどな。おーい、聞いてる? まったく、ミリーのことになると周りが見えなくなるんだから」
マルセルの考えなどお見通しなルークの声はもちろん届いていない。可愛い妹をあの侯爵から救い出さねばということが頭を占めていた。
そんなマルセルの様子を見たルークが呟く。
「まあ……面白そうだから、いいか」




