21.パーティー②
今日の夜会の主催は王太子派・ギャレー侯爵によるものだ。
この国に侯爵家は三つあったが、そのうちの一つは王太子の母である王妃の生家だった。今は陞爵されて公爵を名乗っている。次に力のある侯爵二家も王太子を支持したため、この派閥は盤石なはずだった。
第二王子派が過激な手に出るとは誰も思わなかったのである。
アルフィーの父である前侯爵も派閥の結束を強めるために夜会を開いたりしていた。アルフィーが侯爵を継いでからは開催も参加もしなくなっていたので、アルフィー自体も社交の場は久しぶりだ。
「ミリー、手を」
「はい」
アルフィーはミリーをエスコートして玄関ホールを抜ける。ギャレー家の家令がアルフィーたちを出迎えると、会場であるホールに向かって高らかに宣言した。
「ロカール侯爵様、ならびに婚約者様ご到着です」
その宣言に、付近にいた貴族たちからどよめきがおこる。
「ロカール侯爵様の婚約者だって!?」
「数多の婚約話を無視していた侯爵様が!?」
人垣によってできた花道を歩きながら、アルフィーは今夜の主催であるギャレー侯爵を探した。しかし、アルフィーの婚約者を一目見ようと大勢集まってきてしまったため、見つけられない。
「誰だ? あの可憐なご令嬢は」
「ソワイエ伯爵家のご令嬢らしいぞ」
「ご令嬢? あそこに娘なんていたか?」
「ほら、深層の……」
遠巻きにひそひそと二人を窺う貴族たちに、アルフィーがじろりと睨む。慌てた貴族たちは笑顔を作ると、順々に挨拶をして去っていった。
「ふん、王太子派と言っても貴族の集まりはどこも変わらないな」
「侯爵様」
婚約者として貞淑な笑みをたたえていたミリーから、アルフィーは袖を掴まれて振り向く。
「お料理、美味しそうですね」
「ぷっ……」
アルフィーの辟易としていた心がミリーの一言で晴れる。
「まったく、君は……。食事に目がないね?」
アルフィーがミリーに向き直って手を握れば、後ろからギャレー侯爵が声をかけてきた。
「ロカール侯爵閣下! よくぞおいでくださいました!」
「……ああ。お招きいただきありがとう」
「あなた様をご招待しないで、誰を招待しましょう?」
アルフィーはギャレー侯爵と向かい合うと、握手をかわす。ギャレー侯爵は40代中年で、アルフィーよりもずっと年上だ。しかしロカール侯爵家は昔から王家の信頼も厚く、格上である。だからこそ若輩であるアルフィーに対してもギャレー侯爵は腰が低い。
「娘もあなたに会いたがっていましたが、この場に似つかわしくないと思い、別荘にやったんですよ」
ギャレー侯爵はアルフィーの隣にいるミリーをちらりと見る。気づいたミリーがお辞儀をしたが、ギャレー侯爵はミリーから目を逸らしてアルフィーへ向き直った。
「なぜこのご令嬢を同伴に選ばれたのですか?」
「僕の婚約者だからだ」
「なんと!」
アルフィーの返事に、ギャレー侯爵は大袈裟に驚いてみせた。
招待状の返事には婚約者も伴うと記したはずだ。ギャレー侯爵が知らないはずはない。ギャレー侯爵のわざとらしい演技に、アルフィーは眉をひそめた。しかしギャレー侯爵は、さも親切で言っているのだという口調で続けた。
「まさか、脳筋一家ソワイエ伯爵家深層のご令嬢がこんなに可憐なご令嬢だったとは! しかし、このパーティーは派閥の集まりであり、政治的にも大事なもの。パートナーを伴うということは、正式に皆へ披露してしまうことになるのですよ?」
舐め回すような視線を向けてミリーを値踏みするギャレー侯爵を、アルフィーはじろりと睨んだ。
「どういう意味だ?」
それ以上ミリーを汚い視線に晒すのが嫌で、アルフィーはミリーの前に出る。ギャレー侯爵はアルフィーに笑みを向けると、ひとさし指となか指を立てて続けた。
「王太子殿下がソワイエ伯爵家から護衛を派遣されたことは聞いております。それでソワイエ家が恩着せがましく婚約を迫ったか、あるいはそのお嬢さんが婚約者と称してあなた様を守っておられるかのどちらではないかと思いましてね」
(ふん、そうであってほしいのだろうな)
ギャレー侯爵はもちろんミリーの専属契約のくだりを知っているわけではない。普通の貴族ならばそう勘繰って当然ということだ。アルフィーはどちらのミリーも否定しないよう宣言する。
「ミリーは僕の優秀な護衛であり、れっきとした婚約者だ」
正直ぶちぎれそうだった。怒りを抑えようとして、アルフィーからは低い声が這って出た。
* * *
(優秀な護衛……嬉しい!)
アルフィーの後ろで、ミリーは両手を握り合わせた。アルフィーの言葉で気持ちが満たされていく。
今までのミリーは、護衛としては空気のような存在だった。ミリーが護衛だと知るのは王家の人間だけ。オリヴィア王女だってミリーを男だと思っている。だから、護衛として自分自身が求められるのは初めてだった。
同じくらいの背丈なのに、今はアルフィーの背中が大きくさえ見える。
ぽわぽわするミリーとは反対に、正面ではギャレー侯爵が口元をひくひくとさせ、ぴりついた空気を醸し出していた。
「まさか……正式な婚約ですと? あなた様にはもっと釣り合った女性がいますでしょう……! 例えば、我が娘などいかがですか? 婚約破棄された身だとしても、ギャレー侯爵家は一向に気にしませんよ!」
(さすがはギャレー侯爵様です。この婚約が嘘だと見抜いていらっしゃるのだわ)
ミリーが感心していると、目の前のアルフィーが肩を震わせた。
(侯爵様、怒っていらっしゃる?)
アルフィーの背中からは怒りが感じ取れる。やはり護衛任務を安全に遂行しなければいけないのに、ギャレー侯爵が暴いてしまったことを怒っているのだろうか。ミリーがそう思っていると、アルフィーが口を開いた。
「黙れ」
その一言だけで会場中が静まり返った。まるでこの場が凍りついたような空気だ。
(さすが侯爵様……わたしと同じ歳なのにすごい!)
ミリーは、威厳というものを王太子や王女で見慣れている。それでも同じ侯爵と渡り合うアルフィーを、ただただ尊敬のまなざしで見つめた。ここは下手に口を挟まないのが婚約者の役割だと、周りを警戒しつつも後ろでじっとする。
「僕の婚約者をバカにして、タダで済むと思うなよ?」
「ロ、ロカール侯爵閣下?」
すっかり笑顔を消したギャレー侯爵の顔が恐怖に染まっていく。
「侯爵家といえど、僕の手にかかれば潰すことくらい――」
「はーい、ストップ。アルフィーが言うとシャレにならないからね?」
アルフィーの言葉を今回の主役である人物が遮った。
「ルーク王太子殿下!」
ミリーも思わず声を上げた。王太子の登場に会場はざわついたが、すぐに全員が頭を下げた。
ルークのプラチナブロンドの髪と瞳は王家の血筋を表すそれで、ミリーやアルフィーと同い年ながらもオーラがある。
整った目鼻立ちに美しい風貌をしていて、女性たちからは溜息がこぼれていた。
ルークは合図をして全員の頭を上げさせると、ギャレー侯爵に向き直った。
「さて、ギャレー侯爵」
「はっ」
ギャレー侯爵は再び恭しく頭を下げると返事をした。
「ソワイエ伯爵家は代々王家に仕えてくれている家だ。この国の平和はソワイエ家のおかげで成り立っていると言っても過言ではない。まさか、貴族たちの上に立つ貴殿がそんなことも理解していないとは言わないだろうな?」
「ははは、はいっ。もちろんでございます!」
汗を拭いながら必死に答えるギャレー侯爵を見下ろし、ルークはにっこりと微笑んだ。
「アルフィーとミリーの婚約を認めたのはこの私だ。大事な右腕に何かあっては大変だからね。ミリー以上に相応しい婚約者はいないんだよ。それとも君の娘は命をかけてアルフィーのことを守れると?」
「お、お言葉ながら、侯爵夫人の務めはそんなことでは――」
「そんなこと?」
ヒヤリと笑みを浮かべたルークに、ギャレー侯爵が「ひっ」と言葉を引っ込めた。
「私が求めるのはそんなこと、なんだが。どうやら侯爵は異議があるらしい」
「と、とんでもございません! さすが殿下! 深いお考え、よーく理解いたしました」
止まらない汗を拭きながら、ギャレー侯爵は必死に言葉を絞り出した。それを聞いたルークが会場内に響き渡る声で宣言する。
「そうか。ではこれ以降、この件に口を出すことはこの私が禁じる。いいな?」
「は、はいっ!」
その場にうなだれるように膝をつき、ギャレー侯爵は頭を深く下げた。
「さて、皆も騒がせてすまない。せっかく侯爵が用意してくれた席だ。挨拶は省略して、各々楽しんでくれ」
王太子とギャレー侯爵のやり取りを見守っていた貴族たちは一斉に頭を下げると、各々の歓談へと戻っていった。
「ソワイエ家の名誉をお守りくださり感謝いたします、殿下」
「君たち、噂なんて気にしないもんね。だから脳筋って言われるんだよ」
後ろに控えていた騎士がルークに声をかければ、ルークは苦笑してその騎士に振り返った。
「お兄様!」
王太子のすぐ後ろに控える長身の騎士は、ミリーの二番目の兄だ。ミリーは兄の姿を見つけると、顔を輝かせて駆け寄った。




