19.兄
「ミリー、久しぶりに手合わせをしようか?」
アルフィーが身構えるも、マテウスは挨拶もそこそこにミリーへ笑顔で向き直った。
「よろしいのですか!?」
嬉しそうに顔を輝かせたミリーを見れば、アルフィーの強張った顔も緩む。
「侯爵様も見学されませんか?」
「いいの?」
ミリーに存在を忘れられていなかったことにアルフィーは安堵した。
「はい、ぜひ! マテウスお兄様はわたしの師匠で、とっても強いんですよ! ……あ、騎士団長なのでご存じですよね」
興奮した様子で話すミリーは、我に返ると顔を赤くさせた。その可愛らしさにアルフィーはくすりと笑う。
「うん。でも、実際に見たことはないから見たいな」
アルフィーの言葉にミリーは花を咲かせたように顔を綻ばせた。
「はい! それにマテウスお兄様がいてくだされば、侯爵様も安心ですよね」
「僕は君がいてくれるだけでも安心だよ」
アルフィーはミリーの手を取り、顔を近付けて囁いた。予想通りミリーにアルフィーの気持ちは伝わらなかったが、ミリーが嬉しそうにはにかんでみせたので良しとする。
「ふむ」
二人の会話を後ろで聞いていたマテウスが顎に手をやり、考えるそぶりを見せる。そしてミリーに呼びかけた。
「ミリー、遅くならないうちにやろうか」
「! はい! よろしくお願いします!」
マテウスはミリーの背に手をやると、アルフィーから奪うようにして連れ出した。
(お前なんかに妹は譲らないってことか? 望むところだ)
挑戦的な目で振り返ってきたマテウスに、アルフィーは不敵に笑ってみせた。
* * *
「やあっ!」
中庭に場所を移すと、さっそく二人は剣の打ち合いを始めた。
「すごい……」
隅にあるベンチに座って見学するアルフィーは絶句した。
ミリーは騎士団長であるマテウスと渡り合っており、その剣を振るう姿に釘付けになった。
(なんて綺麗な剣筋なんだ)
アルフィーは嗜み程度になら剣術を教わったことがある。ただその才能はなく、護衛もいるため極めることはなかった。アルフィーの武器は知力なのだ。
そんなアルフィーでも、ミリーの動きには無駄が無いとわかる。それは騎士団長であるマテウスを相手にしているからこそ際立って見えた。
(騎士としてのミリーか……)
普段ぽややんとしているのに、剣を持つミリーの表情は凛々しい。
(綺麗だな……)
その美しさに、アルフィーの心臓が鷲掴みされたようにドクドクと大きな音を立てた。
『閣下、ミリーの能力は秘密なので、表立って力を使えません。それを補う努力をこの子はしてきました』
ソワイエ夫人の言葉を咀嚼したところで、ふと思う。
(そういえば、ミリーの祝福ってどういうものなんだ?)
ミリーが祝福持ちだと知ったものの、実際にどういう能力なのか聞いていない。国の機密事項だからと聞けずにいたというのもある。
「ありがとうございました!」
ふと顔を上げれば、ミリーとマテウスは剣を下ろしてお互いに礼をしていた。どうやら手合わせが終わったらしい。
「任務中も鍛錬を怠っていないようだね、偉いよ」
「ありがとうございます」
マテウスがミリーの頭を優しく撫でる。ミリーは「えへへ」と笑いながらいつもの表情へと変えた。
「でも、まだ甘いところもある。また稽古をつけてやるからな」
「はいっ!」
まるでキスをしそうなくらいに顔を近付けて、またしても二人だけの世界に入る。
(いくら兄妹とはいえ、近すぎないか!?)
アルフィーはたまらなくなって立ち上がる。ミリーの元まで行くと、ミリーの手を掴み、自身へと引き寄せた。
「侯爵様?」
「ミリーは僕のものだ」
目をぱちくりとさせるミリーを背にやり、アルフィーはマテウスの前に出た。
「……ミリー、水を持って来てくれないか?」
「? かしこまりました」
マテウスが目配せすると、後ろにいたミリーはその場を離れた。
「……さて、侯爵閣下。あなたが妹と婚約をすることは両親から聞きました」
マテウスはミリーが見えなくなったのを確認すると、アルフィーに視線を戻した。
(くそっ、上から見下ろしやがって)
アルフィーはミリーと同じ身長だ。マテウスとの身長差に尻込みしたものの、ふんっと鼻を鳴らして言った。
「ああ。僕のことはアルフィーと呼んでいい、マテウス。家族になるんだからな?」
「ふっ……」
アルフィーが強気な態度を示せば、マテウスは視線を逸らして笑いをこぼした。
「まさか冷酷と噂のあなたが、そんなにも独占欲の強い人だとは思いませんでした。まあ、妹は可愛いですから独占したくなって当然ですけどね」
「……このシスコン」
「なんとでも」
こちらに視線を戻したマテウスと見合う。髪は伯爵と同じ銀色だが、瞳の色はミリーと同じ栗色だ。その瞳からはもう敵意を感じない。
今度はアルフィーがふっと笑みをこぼした。
「僕のこと、認めていなかったんじゃないのか?」
「認めていますよ。王太子派筆頭のロカール侯爵家なんて、誰でも縁を結びたいでしょう」
皮肉っぽく微笑むマテウスに、アルフィーは眉をひそめた。マテウスが一拍置いて続ける。
「……それはさておき、妹が望みを口にするのは初めてでしたので」
「ミリーの?」
ミリーの話になればアルフィーは前のめりになる。
「あの子は祝福を隠すため、自らの存在を空気化させていました。伯爵家の令嬢として生まれながら、受けるべき幸せを与えてやれなかった」
「だから代わりにお前たちが溺愛しているのか?」
「それはミリーが可愛いからです!」
即答したマテウスに、アルフィーは「そうかよ」と呆れながらも話の続きを促す。
「秘密が漏れる危険を冒してまで護衛することを願い、ミリーが外に出るのは初めてでした。よっぽどあなたを守りたかったのでしょうね」
「……飯の恩だけどな」
アルフィーはもうその話でぬか喜びしない。渋い顔でマテウスを見れば、にっこりと笑みが返ってきた。
「それでちょっと嫉妬したので、あんな態度をとってしまいました。すみません」
「やっぱ敵意剥き出しだったよなあ!? てか、あれでちょっと!?」
アルフィーが抗議の顔を向けても、マテウスの笑顔は崩れない。
「ふふ、あの程度で怯むようなら妹をお任せできないと思っていましたから」
「今は思ってないのかよ?」
掴みどころのないマテウスに、アルフィーの調子も狂う。
(くそ、ソワイエ家は脳筋の集まりじゃないのかよ? こいつもやりにくいな)
アルフィーが頭をガシガシかいていると、マテウスから手を差し出された。
「妹を危ない目に合わせないでくださいね、アルフィー」
「……任せておけ」
これは認められたということでいいのだろうか? アルフィーは差し出された手を取ってマテウスを見上げた。
(やっぱり兄妹だな)
微笑むマテウスの瞳は穏やかだが、どこか嬉しそうに輝いていて見えた。その姿がミリーと重なる。
「あ、そうだアルフィー」
手を離せば、マテウスは思い出したかのようにニコニコと告げた。
「弟は私よりも妹を溺愛しておりまして。今回の護衛の件も最後まで反対しておりました。それなりの洗礼を覚悟されておいたほうがよろしいかと」
「はあっ!?」
どうやら完全に認められたわけではないらしい。「妹を奪っておいてこんなもので済むと思うなよ」と言われているようだ。アルフィーは唇をひくつかせると、無理やり笑ってみせた。
「望むところだ」




