18.ソワイエ家にて②
「ソワイエ伯爵家は自分で何でもするというのは本当だったんだな……」
今日はこのままミリーとソワイエ邸に泊まることとなった。本来なら帰るつもりだったのだが、もう遅いからと夫人に引き留められてしまった。夕食を断ったアルフィーのためにミリーが客間まで食事を運んで来たので、アルフィーは目を丸くしていた。
「はい。食事はシェフが作りますが、給仕をする人手が足りないので。あ、ちゃんと毒見をしますからご安心ください!」
さすがに招かれた食事の場でミリーに毒見をしてもらうわけにはいかず、アルフィーは夕食の場を断った。栄養剤で済ませようとしていたことは、ミリーにはお見通しだったようだ。
「なんだよ……鈍いくせに、こういうことには気が回るんだもんな」
アルフィーは座っていたソファーの背もたれへと頭を預ける。
「侯爵様?」
目の前のテーブルへと料理を並べていくミリーにアルフィーの言葉は聞こえていない。首を傾げてこちらを見てきたミリーに、アルフィーは慌てて誤魔化した。
「何でもない! リゼは?」
「リゼには部屋で休んでもらっています。リゼもお客様なので」
(どうせ手伝いを申し出たリゼを押し切ったんだろうな。でもリゼのことだから、二人きりにしようと気を回している可能性もあるな……)
今この客間にはアルフィーとミリーしかいない。レイも別の客間に案内され、くつろいでいるころだろう。
(いくら婚約者だからって……いいのか?)
「侯爵様?」
「!」
考え込んでいると、ミリーが顔を覗き込んでくる。その近さに、アルフィーは思わず後ろに飛びずさってしまった。
「き、君さ……いつも距離が近すぎないか? 誰にでもそうなわけ?」
自分から迫るぶんにはいいが、あちらから来られると心の準備が間に合わないのだ。アルフィーは赤くなった顔を見られないよう、顔を背けて話した。
「? 護衛はほどよい距離を保つのが常ですが、侯爵様が近いほうが護衛しやすいだろうと言ってくださいましたので」
きょとんとするミリーに、アルフィーは自身の言動を思い出す。
あれは、ミリーを膝の上に乗せて毒見させるための口実だ。ミリーに納得させて迫った仇が、こうして自分に返ってくるなんて。
(ああ、もう! 本当にミリーには調子を狂わせられる。でも……)
こうなったらそれも利用してやろうと思う。自分からならグイグイいけるのだ。
アルフィーは料理を並べ終えたミリーの手を掴む。
「じゃあ、僕から離れないでよね」
ミリーの手を引くと、そのまま自身の膝の上へと座らせた。
「侯爵様? このソワイエ伯爵家を襲撃しようと考える人なんていないですから、ここは安全ですよ?」
きょとんとするミリーの手をがっちり掴んだまま、アルフィーは答える。
「僕も侯爵家の屋敷は安全だと油断したばかりに襲われただろう?」
「……! 職務怠慢でした! 実家だからと気が緩んでおりました。申し訳ございません!」
見合わせていた顔をシャキッとさせると、ミリーは背筋を伸ばした。
「ふっ……。じゃあ、毒見よろしくね? 僕の専属護衛さん?」
アルフィーからは笑みがこぼれたが、ミリーは顔を引き締めたまま勢いよく声をあげた。
「はいっ! では、今日の夜はわたしも侯爵様と同じ客間でご一緒して護衛を……」
「却下」
ミリーの提案を遮り、アルフィーがぴしゃりと言えば、ミリーの眉がへにょりと下がる。
「でも……わたしは専属護衛になったので、侯爵様のものになりましたよね?」
「んあっ!?」
とんでもない発言に驚いて、アルフィーは思わず膝の上のミリーを落としそうになってしまった。体幹のいいミリーはしっかりと膝の上で収まっていたが。
「あのときの侯爵様の条件はクリアしているはずです。どうして却下なんですか……?」
「うっ……」
じっと見つめてくるミリーに、しどろもどろになる。素でこんなことをしてくるのだから、たまったものではない。
「僕のものって……君さあ……意味わかってない……よね?」
念のため聞いてみれば、やはりわかっていないミリーはにっこりと笑った。
「侯爵様はわたしを専属護衛にしてくださいました! それに、一生側にとおっしゃってくださいましたよね? それでもわたしはまだ信用に足らないでしょうか」
「うっ……」
上目遣いで訴えるミリーに、アルフィーは折れるしかなかった。
「わかった……。ミリーのことは信用している」
その言葉にミリーの顔が安堵で綻ぶ。
(くそ、なんでそんなに可愛いんだよ! 反則だろ!)
「侯爵様? お料理が冷めますよ」
ミリーはアルフィーの膝の上で、安心しきった顔をしてにこにこと笑っている。アルフィーも主人としては信用されているのだ。男として意識されていないのがつらい。
(あー、くそ! 僕が我慢すればいいだけだ!)
アルフィーの信用を得られて嬉しそうにするミリーを見れば、いまさらなかったことになどできない。
(これ、眠れるのか……?)
「侯爵様?」
「よし、食べよう」
「はい!」
同じ部屋で過ごせば、可愛いミリーに手を出してしまいそうだ。しかしミリーの信用を失うわけにはいかない。うっかり手を出せば、今の距離感でさえ失ってしまうかもしれないのだ。アルフィーは自身の心を落ち着かせようと、無心でミリーの口へと食事を運び始めた。
* * *
「じゃあ、片付けてきますね」
食事を終えたミリーがアルフィーの膝から下りる。ワゴンへと食器を載せていくミリーを見ながら、アルフィーも立ち上がった。
「手伝うよ」
「え、お客様にそんなことさせられません!」
「護衛される僕ができるだけ側にいたほうがいいだろう?」
「! そうですね。でも、片付けは……あっ」
アルフィーはミリーの手から皿を奪うと、ワゴンに置いた。
「いいんだよ。僕がやりたいんだから」
「そうですか……ではお手伝いお願いします」
(少しでも動いて、寝られるようにしておこう……)
もちろんミリーはアルフィーの思惑になど気づかない。「侯爵様、やっぱり優しい……!」などと呟いて勘違いを拗らせていた。
アルフィーはミリーと一緒に厨房までワゴンを運ぶと、皿洗いまで手伝った。
「ありがとうございました!」
「ああ、うん」
笑顔のミリーに笑みを返したが、さすがに慣れないことをして疲弊していた。
(よし、これで疲れて眠れるな)
アルフィーがそう思っていると、慌ただしい足音が厨房に向かってくる。
「ミリー!」
「マテウスお兄様!?」
厨房に入って来たのはミリーの一番上の兄で、この国の騎士団長、マテウスだった。
「ミリーが家に戻っていると聞いて、急いで駆けつけて来たんだ。元気だったか?」
マテウスは早足でミリーの元に向かうと、ミリーを抱きしめて頭を優しく撫でた。
まるで恋人の再会のような甘い雰囲気に、アルフィーも割って入れない。それどころか、マテウスの目にはアルフィーなど入っていないようだ。
(この溺愛ぶり、やはり噂通りか)
アルフィーが二人を見れば、ミリーは自分よりも背の高い兄を見上げ、あどけなく笑った。
「はい! お兄様もお変わりないようで」
(なんだ、あの顔……。兄にはあんな甘えた表情を見せるのか)
アルフィーには見せたことがないミリーの表情にモヤっとする。アルフィーはミリーと二人の世界を作ってきたつもりだった。しかし、本物の二人の世界とやらは、目の前の二人のことを言うようだ。
アルフィーが密かに落ち込んでいると、マテウスはようやく気づいたかのようにアルフィーへと身体を向けた。
「お久しぶりです、侯爵閣下。登城されなくなってからいつぶりでしょうか?」
「ああ」
マテウスとは顔見知りだが、管轄が違うため頻繁に会う関係ではない。
それなのに嫌味っぽく棘のあるマテウスの言葉に、アルフィーは顔をしかめた。
(なんだ? なんでこいつは僕に敵意を向けているんだ?)




