17.ソワイエ家にて
「侯爵様! お話は終わったのですか?」
「……何してるの?」
客間を出てその先に続く廊下を進むと、ほうきを抱えたミリーがアルフィーを出迎えた。
騎士服になんとも不似合いである。
「掃除をしながらリゼ様を案内していました! うちは使用人が少ないので、屋敷を回るついでにやれば効率が良いです」
にこにこと答えるミリーの後ろでは、「何度も手伝いを申し出たのですが」と苦笑するリゼがいた。いろいろとツッコミたいが、ひとまずミリーの手からそっとほうきを取ると、リゼに渡した。
「ミリー、もうリゼに敬称をつけるのはやめるように」
「え……?」
「っ! 了承を得られたのですか!?」
ぽかんとするミリーの後ろからリゼが前のめりで訊ねてきた。アルフィーはにやりと笑って答える。
「ああ。ミリーはロカール侯爵である僕がもらい受ける」
「……! おめでとうございます!」
歓喜の声をあげるリゼにアルフィーが得意げな顔をすれば、首を傾げたミリーがアルフィーを見た。
「契約更新……ですよね?」
「ああ」
「それとリゼ様の呼び方になぜ関係が?」
「それは……」
さらに首を傾げるミリーに、どう説明したものかとアルフィーは思案する。
(ミリーに婚約のことを話すのはまだ早い……。護衛だと言えば側にいてくれるだろうし)
アルフィーが熟考していると、リゼが助け舟を出してくれた。
「ミリー様、私たちはアルフィー様にお仕えする同志です! 敬称はよそよそしいですので、どうかリゼとお呼びください」
「そうですか! ではわたしのこともミリーと呼んでください!」
リゼの説明に納得したミリーがパッと表情を明るくさせる。
「私はアルフィー様を守ってくださるミリー様に敬意を払っておりますので、アルフィー様に仕える者として呼び方を変えるわけにはまいりません。アルフィー様ファーストなのです」
「なるほどです……」
(納得……したか?)
リゼの説明は意味不明だったが、ミリーは勢いに押されて納得したようだった。そういうところは脳筋だなとアルフィーが思っていると、リゼから白い目で見られているのに気づく。
ミリーは正式に次期侯爵夫人となるアルフィーの婚約者になったのだ。そんなミリーを敬うのは当然のこと。しかしその事実を隠したままミリーと接しなければいけないのは骨が折れるだろう。
リゼの言いたいことはわかる。アルフィーがミリーに本当のことを言えば良いだけの話なのだ。しかし今のアルフィーには、ミリーに任務を与えることで自分の側に留めておく以外の方法が思いつかない。
「とにかく、ミリーには引き続きロカール邸で暮らしてもらうから」
アルフィーは咳払いをするとミリーに向き直った。
「期間はいつくらいまででしょうか?」
「ずっとだよ」
アルフィーはミリーの両手を自身の手で包み込み、祈るように眼差しを向けた。
「……専属契約になったのですか?」
ミリーは何もわかっていない。それでもアルフィーは恐る恐る聞いた。
「うん。僕の側にずっといるの……ミリーは嫌?」
「嫌じゃないです。ただ……」
「ただ?」
とりあえずホッとして、アルフィーは包んでいたミリーの手をぎゅっと握りしめた。ミリーは少し迷いのある表情でアルフィーを見る。
「オリヴィア様の護衛はどうなるのでしょうか?」
アルフィーがミリーの憂いに気づいてハッとしたところで、ソワイエ夫人が客間から出てきた。
「そのことは心配しなくていいわ」
「お母様!」
ソワイエ夫人はアルフィーたちのところまで歩み寄ると、ミリーを見て続けた。
「王女殿下は常に王太子殿下とご一緒に行動されるから、マルセルがお二人を護衛することになったわ」
「マルセルお兄様が……」
マルセルとは王太子の近衛をしているミリーの二番目の兄だ。アルフィーはあまり関わりはないが、王太子派なのでもちろん知っている。
「それなら安心ですね……」
夫人の言葉を受けてそう答えるミリーの表情は暗い。夫人はそんなミリーの心内を見抜いたかのように告げた。
「これはけして、あなたを解雇したとかではないの。ロカール侯爵様の護衛こそが国の最重要案件で、ミリーにしかできない任務だからそうしたのよ」
「……っ、はい!」
しょんぼりしたミリーが夫人の言葉で笑顔になった。
(そうか……ミリーは自分の任務に誇りを持っていたんだ。それなのにその任務を奪うような真似をして……僕はなんて配慮がないんだ……)
二人のやり取りを見ていたアルフィーは、自身を責めて額に皺を寄せた。
「ミリー、もう男装もしなくていいのよ。あなたのままで護衛することを閣下はお望みなのだから」
「あっ……」
こちらを振り返って目を輝かせたミリーに、アルフィーは慌てて頷いた。
「閣下、ミリーの能力は極秘のため表立って力を使えません。だからこそそれを補う努力をこの子はしてきました」
ミリーから離れた夫人はアルフィーへ向かって歩いてくると、正面に立った。厳しい顔でアルフィーを見下ろす夫人は、母親の顔をしている。だからこそアルフィーはそれを甘んじて受け入れた。
「ああ、わかっている」
「それでも、女だと侮られるため男装させていました」
「ああ……」
自分も最初はミリーを侮っていた。その後悔と恥ずかしさでアルフィーは表情を曇らせて俯いた。
「……この子が自ら護衛を申し出たと聞いたときは驚きました。しかも自分を偽らず、ありのままの自分で行きたいと」
耳打ちをしてきたソワイエ夫人に、アルフィーが顔を上げる。
「よほど、あなたに会いに行きたかったのでしょうね」
「…………飯の恩だけどな」
それは勘違いしてはいけない案件である。アルフィーは自嘲気味に笑った。
「ふふ、あの子の食の恩は、海よりも深いですわよ。それに、本当にそれだけでしょうか?」
「え?」
茶目っ気たっぷりに片目を閉じたソワイエ夫人に、アルフィーの両眉が寄る。
「婚約のことを隠すのは、あの子のためでもあるのですか?」
見透かしたような顔の夫人に、アルフィーは頭をガシガシとかいた。さすがは騎士一家をまとめる家の夫人だ。
アルフィーは息を吐くと、夫人を見上げた。
「ああ。護衛の任務を全うすることが今のミリーの望みだろうからな。それに、女とか男とか関係ない。僕を守り切ることで、ミリーの実力を国中に認めさせてやるさ」
アルフィーは、ミリーが自分から去ってしまわないよう専属護衛の契約だということにした。それはミリーを手に入れるための嘘だ。しかし、アルフィーにはもう一つ目的があった。
ミリーの護衛としての腕は本物だ。アルフィーはミリーがいなければ命を落としていただろう。心だけではなく、ミリーはアルフィーの命までも守ってくれたのだから。
それなのに、今までのミリーは男装をして誰にも気づかれず空気のように過ごしていた。男社会の騎士団では仕方ないのかもしれない。しかしアルフィーはそれが悔しかった。ミリーの力を認めさせてやりたいと思ったのだ。
「……ミリーをよろしくお願いします、閣下」
母親の顔で微笑むと、ソワイエ夫人はお辞儀をしてその場を去っていった。
「侯爵様……!」
夫人を見送るアルフィーの後ろに、気付けば目をキラキラとさせたミリーが立っていた。
「私の今後のキャリアまで考えてくださって、ありがとうございます……!」
最後のアルフィーの言葉はミリーにも聞こえていたらしく、ミリーは頬を紅潮させ、感動した様子で震えていた。
「ああ、うん……」
アルフィーは気恥ずかしさを隠すように歯切れの悪い返事をする。
「今は専属契約ですが、いつかわたしがお屋敷を出たときのためを考えてくださっているのですよね」
「違う! 僕は君を手放すなんて、絶対にしない!」
そこは勘違いされたくない。アルフィーは食い気味に叫んでしまった。
「侯爵様?」
目をぱちくりとさせるミリーにしまったと思い、ミリーの手を握る。
「ミリー、君は堂々と護衛をしていればいい。一生、僕の隣で」
アルフィーの真剣な瞳が栗色の瞳に映ったかと思うと、ミリーはにっこりと笑った。
「はい! お任せください! 近いうちにいらっしゃる奥様も、わたしがお守りしますので!」
「…………は? 奥……なんだって!?」
アルフィーの想いが通じるとは思っていない。しかし斜め上のミリーの意気込みに、アルフィーも意表を突かれて目が点になってしまった。
「マーサさんが、それらしいことを話されていましたので!」
笑顔で続けたミリーに、空気に徹していたリゼが顔を覆うのが見えた。
「…………アルフィー様、それ、ミリー様のことだと思います」
「だろうな……」
リゼとひそひそと話していると、きょとんとしていたミリーと目があう。アルフィーはキッと力強くミリーを見返すと言った。
「いいか、ミリー。僕はまだ結婚なんてしない」
嘘は言っていない。ミリーとはまだ婚約を進めているだけで、結婚はまだ先なのだから。
「そうなのですか?」
まだきょとんとしているミリーに、アルフィーは念を押すように告げる。
「ああ。だから君は僕だけに集中して」
「……かしこまりました」
返事をしたミリーに安堵しつつも、他の女と結婚すると思われていたなんて心外だと思う。
(もしかして僕、ミリーに一ミリも男として見てもらえていないのか!?)
うなだれるアルフィーは、ミリーがホッとした表情をしているのに気づかなかった。
* * *
(あれ……? 護衛対象が少なくなったから安心したのでしょうか? まだまだ未熟です……)
ミリーはアルフィーがまだ結婚しないと聞いて、ホッとしてしまった自分に落ち込んでいた。そんなミリーに周りも気づかず、ツッコミは不在のままだった。




