16.ソワイエ伯爵家へ
ソワイエ伯爵家の屋敷は、王都の外れにある。
舗装された石畳が途切れて砂利道になると、風景もガラリと変わって馬車がガタガタと揺れ始めた。
今日はソワイエ伯爵家へ訪問する日。リゼはミリー付きのため、当然同じ馬車に乗り込んでいた。
「そもそも何でソワイエ伯爵家の屋敷がこんな外れにあるのさ」
リゼの目の前に座るアルフィーは、隣のミリーへと倦怠感のある表情で話しかけた。
目の前の主人はずっと屋敷にこもりきりだった。一歩外へ出ただけでも驚きなのに、トラウマがあるだろう馬車に乗って遠出をしている。リゼは改めてミリーがアルフィーにもたらした変化に喜んでいた。
「ソワイエ家は代々王家のために騎士を務めておりますので、領地を持ちません。修行のための森が近く、王城へ駆けつけやすい場所に屋敷を賜ったと聞いております」
「ふうん……」
ミリーの説明に相槌を打つと、アルフィーは顔を窓へと向けた。外を眺めながらも、アルフィーの手にはしっかりとミリーの手が握られている。
隣り合って座る二人の向かいで、リゼはレイと共に空気に徹していた。が、たまらなくなって小声でレイに話しかける。
「いまさらながらアルフィー様って、恋に落ちると大胆になるのね」
「基本、狙った獲物は逃がしませんからね」
レイはいつもの落ち着いた声色で、眼鏡のフレームをくいっと上げた。
「あ、ソワイエ家が見えてきましたよ、侯爵様!」
ミリーは立ち上がると、窓を覗き込んだ。ミリーの両手は窓枠につき、その身体はアルフィーの背中に密着している。
「んあ!? あっ……ああ……」
外を見ていたアルフィーは、ミリーの突然の密着に動揺したようだ。顔を真っ赤にさせ、裏返った声で返事をしていた。
「でも、逆に迫られるとダメみたい」
こんな風に感情を顔に出すアルフィーを見るのは何年ぶりだろうか。リゼは嬉しくて微笑んでしまう。それはレイも同じだったようで、隣をちらりと見れば、レイの口元も綻んでいた。
そうこうするうちに、馬車はソワイエ家の門を通り玄関先へと到着する。
「わざわざお越しいただきありがとうございます、閣下」
馬車を降りれば、ソワイエ伯爵夫妻が恭しく礼をしながらアルフィーを出迎えた。
「ああ。こちらも急な訪問に応じてもらい感謝する」
伯爵夫妻のほうがずっと年上なのに、アルフィーのほうが威厳がある。侯爵としての堂々とした振る舞いをリゼは見慣れているが、ミリーは圧倒されているようだ。大きな瞳をパチパチとさせている。
「その……それで、例のお話ですが……」
伯爵がちらりと見やった視線の先には、しっかりと握り合うアルフィーとミリーの手があった。
(気になりますよね)
挨拶に来た立場のアルフィーが、いきなり夫妻の前で娘と手を繋いで登場したのだから驚いて当然だ。むしろ見せつけるようにわざとやっている気さえする。リゼは表情を変えずに後ろで会話を見守った。
「ああ、詳しい話は僕だけで。ミリーは久しぶりの実家だろう? ゆっくりしておいで」
アルフィーは伯爵からミリーへ視線を移すと、右手をミリーの頬に添えて微笑んだ。
「でも専属契約のお話は、わたしにも関わりのあることで……」
ミリーはアルフィーのそんな甘い仕草よりも、話に参加できないことが気がかりのようだ。
(ミリー様は婚約には気づいていない。アルフィー様はミリー様を席からはずさせたいのよね)
リゼとしてもミリーには嫁いできてもらいたい。ちらりと視線を向ければアルフィーの視線とぶつかる。アルフィーは話し合いの席にミリーを近付けないよう無言で訴えていた。リゼがこくりとうなずけば、アルフィーはミリーに視線を戻して甘い顔に戻る。
「大丈夫。僕に任せておけば全てうまくいくから。ミリーもうちの食事、毎日いっぱい食べたいでしょ?」
「……! はいっ!」
「うん」
元気よく返事をしたミリーにアルフィーは目を細めると、添えていた手でミリーの頬を撫でた。
「……なあ、二人はもうそういう仲なのか?」
「だから婚約を申し入れられたのでしょう?」
「護衛に出しただけなのに、どうしてそんな話になるんだ!?」
ひそひそと話す伯爵夫妻の声はアルフィーとミリーには聞こえていないようだ。ある意味二人の世界に入ってしまっているようにも見える。
(……残念ながらアルフィー様の一方通行です)
リゼは半目で苦笑すると、心の中で全方向に突っ込みを入れたのだった。
* * *
「さて、ミリーを僕の婚約者として迎えたいという申し出だけど」
場所を改め、アルフィーはソワイエ家の客間に通された。
ソファーに腰を沈め、出された紅茶には手を付けていない。アルフィーの後ろにはレイが控えており、リゼにはミリーとともに席をはずしてもらった。万が一にもミリーがこの場に来ないよう見張らせるため。言葉にはせずとも、聡いリゼには伝わったようだ。
アルフィーの目の前には自身の次の言葉を恐る恐る待つソワイエ伯爵とその夫人が座っている。
伯爵は婿養子で、ミリーの祖父にあたる前ソワイエ伯爵で騎士団長だった彼の部下だ。その腕を買われ娘の婿にと白羽の矢が立ったが、気が弱いと噂されていた。そのソワイエ伯爵は銀色の短髪に淡い緑の瞳をしている。ミリーは夫人に似たのだろう。同じ栗色の髪と瞳だ。
「ロカール侯爵家に言われたら、うちは断れないよ」
「あなた、ミリーの秘密のこともあるのだからしっかりして!」
噂通り、伯爵は気が弱く夫人から尻に敷かれているらしい。ひそひそと話す二人を観察していたアルフィーは口を開く。
「ミリーは祝福持ちだそうだな」
「……!」
その言葉に場がシンとなる。狼狽えた様子の伯爵が言葉を絞り出すように言った。
「そっ、……そのことをご存知ということは……っ、ミリーの護衛の条件も聞かれたのですよね?」
「ああ」
「でしたら……っ」
縋るようにこちらを見る伯爵に、アルフィーは突き放すように告げた。
「僕が申し出ているのは護衛としてのミリーじゃない。婚約者として、このロカール侯爵の妻としてミリーが欲しいと言っているんだ」
ピリッと放ったアルフィーの空気に、ソワイエ伯爵が息を呑んでいる。
「しかし、娘は王家の庇護下にもあります。王女殿下の護衛の任もありますし、勝手に婚約というのは私どもでは……」
懐から出したハンカチで汗を拭うと、伯爵が必死に言葉を紡ぐ。夫人は表情を変えずに伯爵とアルフィーのやり取りを見ていた。
「王家の許可なら得ている」
「えっ!?」
アルフィーはそう言うと、後ろにいるレイに片手を出して合図した。
「レイ」
「はい」
目を見開いて前のめりになる伯爵と夫人の前のテーブルの上に、レイが一枚の紙を置く。
「ルーク・トルデシア王太子殿下のサイン!?」
紙には二人の婚約を許諾する旨が、王太子のサインとともに記してあった。紙を持ち上げ、伯爵が絶句した。一緒に覗き込んでいる夫人の表情もさすがに驚いたものになっている。
アルフィーは今日のために、王太子から一筆もぎ取っていたのだ。
(僕の護衛をミリーから申し出たとはいえ、許可をしたのは殿下だ。僕とソワイエ伯爵家が結び付けば、王太子派がより強固なものになると思ったんだろうな)
アルフィーは王太子の思惑を読み取り、思考を巡らせた。そして、王太子の意図は目の前のソワイエ伯爵夫妻にも伝わったのだろう。諦めたように、二人顔を見合わせている。
「……ミリーがいくら祝福持ちとはいえ、あなた様のところへ嫁げば危険が増します……」
それでも伯爵が難色を示すので、アルフィーは口の端を持ち上げ、余裕の顔で告げる。
「殿下が王位につけば派閥争いも終息するだろう」
「それまで、どうしても危険がつきまといます! 娘を巻き込むとおっしゃるのですか!?」
気弱な伯爵が声を荒げる。可愛い娘のために必死なのだろう。しかしアルフィーも引き下がるわけにはいかない。不敵な笑みで伯爵を見た。
「ミリーにはあの力を維持するために大量の食事が必要なのだろう? うちなら彼女の食費を賄えるだけの財力はある」
「うっ……」
ソワイエ伯爵家は貧乏というわけではない。国が誇る騎士一家なのだから、それなりの報酬を得ている。しかし、領地をもたない伯爵家はそれ以上の収入もない。ましてや今の伯爵は騎士団を辞任し、息子に騎士団長の座を譲っている。だから裕福というわけでもないのだ。
アルフィーはソワイエ伯爵家の懐事情を調べており、痛いところを突いてみせた。ぐうの音も出ない伯爵は胸元を押さえつつ、何とか言葉を絞り出す。
「っ、しかし……その、婚約からすぐにミリーがロカール侯爵家で暮らすというのは……」
「それもめずらしい話ではないだろう?」
「うっ……」
伯爵がそれ以上何も言えなくなってしまったところで、静観していた夫人が口を開いた。
「……閣下、あなた様がミリーを婚約者に迎えたいのは、祝福持ちだからですか? それとも護衛として有能だからですか? あなたはミリーを政治的に利用したいとお考えですか?」
「……っ、違う!」
真っ直ぐにアルフィーを見つめてきた栗色の瞳は、ミリーとよく似ている。大きくて澄んだ綺麗な瞳。そして強さも秘めた瞳だ。アルフィーはまるでミリーに問われているかのような気持ちになった。夫人のその目で見据えられてしまえば、取り繕えなくなる。アルフィーは自身の想いを吐き出すように必死に訴えた。
「僕はミリーに救われた……だから、もうミリーがいない生活なんて考えられない! 僕にはミリーが必要なんだ!」
思わず立ち上がって叫んだアルフィーに、伯爵夫妻の視線が釘付けになっていた。その顔は驚いて、口をぽかんと開けている。
「……くそっ! カッコ悪い……。もっとスマートに話をつけるつもりだったのに!」
顔を真っ赤にしたアルフィーは視線から顔を隠すように手を額に置くと、ソファーにぼすんっと腰を沈めた。
「ふっ、ふふふふ!」
正面の夫人から笑い声が漏れ聞こえてきた。
「冷酷と噂の閣下が、なんて情熱的なんでしょう!」
ぎろりとアルフィーが睨めば、夫人は怯むことなく笑みを深めた。その様はミリーの母親たるな、とアルフィーは心の中で思う。アルフィーが睨んでいた顔を緩めて眉を下げれば、夫人はきっぱりとした口調で告げた。
「私は、あの子を心の底から愛してくださるあなたにならお任せしたい。そう思います」




