15.専属契約
「ごちそうさま……でしたっ!」
目の前のごちそうを優雅に、かつ素早く平らげたミリーには笑顔が戻った。
――小さな身体でよくあんなに食べられるな!?
使用人たちからはどよめきがおこり、目をぱちくりとさせている。
アルフィーもよく食べるなとは思っていたものの、ミリーのここまでの爆食を見るのは初見であった。
「王都に別邸があるなんて、さすがロカール侯爵家ですねえ」
ミリーはぽわわんといつもの調子で笑いながら、紅茶のカップを手にする。
「アルフィー様がお命を狙われてからは、避難先を何ヶ所かご用意しております」
レイの説明に、「ふわ〜」と感嘆の声をあげながら、ミリーは紅茶をすすった。
「……ところでミリー」
斜め前に座っていたアルフィーは、改まった表情でミリーを見つめた。
ミリーはカップをソーサーに戻すと、アルフィーに向き直る。
「君は……祝福持ちだったんだね?」
「祝福!?」
アルフィーの問いに、ミリーはその大きな瞳をよりまんまるにさせたかと思うと、目を伏せた。
レイも動揺した様子でミリーを凝視している。
祝福は、神から選ばれた特別な存在に与えられるもの。それを与えられた人物は国の宝とされる。
しかし選ばれし者は非常に希少なため、王家から存在を秘匿されていることが多い。
「……能力がバレないこと……、侯爵様の護衛をするために付けられた条件だったんですけど……。やっぱり、わたしはまだまだ未熟です」
「僕を護衛する条件って何?」
しゅんとした顔で話すミリーに、アルフィーは食いついた。
「ミリー様は、自らアルフィー様の護衛を申し出たそうですよ」
「なんで……」
代わりに答えたレイには目を向けず、アルフィーは前のめりで席を立った。期待で胸を高鳴らせ、ミリーをじっと見つめる。
「昔、侯爵様に助けていただいたんです。その恩返しがしたくて……」
へにゃりと笑うミリーに、アルフィーは首を傾げた。
「恩返し……? 僕は覚えていない」
「わたしは男装していましたから」
そういえばレイがそんなことを言っていたなと思い出しながら、アルフィーはミリーの横へと移動する。
「祝福持ちが厳重に秘匿されているのは僕だって知っている。でも君は……危険を冒してまで僕の護衛をするためにここへ来た」
アルフィーは椅子に座るミリーと目線を合わせるようにひざを床につけると、ミリーの両手を握った。
「ミリー様は、アルフィー様に笑ってほしいともおっしゃっていましたね」
「!」
レイの援護射撃に、アルフィーの期待は高まった。
「ほんと? ミリー」
ミリーの手を握りしめる手にわずかに力が入る。
「はい」
アルフィーの問いに、ミリーがふわりと笑った。
「もしかして、もしかしなくても、君は昔から僕のことを……」
煩い心臓を落ち着かせるように、ゆっくりと丁寧に気持ちを確かめていく。
「侯爵様は、空腹だったわたしにお菓子をくださったんです!」
「…………は?」
ミリーの発言に、その場の全員が目を点にして絶句している。アルフィーからは思わず素っ頓狂な声が漏れた。
期待した答えとは違うものが返ってくるという状況には既視感がある。アルフィーの口は開いたままだ。
「あれは、王女様の護衛中でした。ルーク様が侯爵様にオリヴィア様をご紹介していたときに……」
しかしそんなアルフィーに気づかないミリーは、もじもじと説明を続けている。
(オリヴィア王女を初めてご紹介していただいたとき……)
昔の記憶を手繰り寄せるように、アルフィーの眉間のシワが深くなる。
「お腹を鳴らしたわたしに、持っていたお菓子を差し出してくださったのです」
「……ああ!」
そこまで聞いて、記憶が繋がった。
(確かに王女殿下に付き従う騎士の一人が腹を鳴らしていたな)
地味な存在だったため、アルフィーもすっかり忘れていた。
「えっと……祝福はですね、行使するととてもお腹が空くのです」
「ええ……どういう仕組みですか? 燃費の悪い……」
会話を聞いていたレイが割り込んできたので、アルフィーはぎろりと睨んだ。レイは一礼してすぐに後ろへと下がる。
「わたしは王女様の護衛中で、倒れるわけにはいかなかったのです。だから……お菓子をくださった侯爵様はわたしの恩人なのです!」
(やっぱり、ご飯絡み……!)
キラキラとした笑顔で話すミリーに、アルフィーはがっくりとうなだれた。心なしか後ろで聞き耳を立てていた使用人たちの表情も残念そうに見える。
「えっと……それだけ?」
他にもあるかもしれない。一縷の望みにかけるように、アルフィーはミリーを見た。
「? はい。わたしにとって大切な思い出です!」
「……だよね」
色っぽいことなんて何一つなかった。その事実に、アルフィーは打ちのめされた。
「ミリー様、改めてお礼を言わせてください。アルフィー様を助けてくださりありがとうございました」
話が終わったとばかりに再びレイが二人の間に割って入る。
ショックを受けて固まる主人を無視して二人は会話を続ける。
「あ、あの刺客はどうなりましたか?」
「安心してください、騎士団に引き渡しましたよ。背後関係を洗い出せるかどうかはまた別でしょうが……」
「そうですよね……」
レイの深刻な表情に、ミリーの顔も曇る。
「ミリー様、アルフィー様の護衛をこれからも続けてくださるんですよね!?」
リゼはずっとミリーに話しかけたかったらしい。そわそわしていた身体をずいっと前に出した。他の使用人たちも後ろで固唾をのんでミリーの返事を待っている。しかし、ミリーは表情を曇らせたままだ。
「……ミリー?」
ミリーの様子がおかしいことに気づいたアルフィーは、ようやく平静さを取り戻してミリーを覗き込んだ。
「……条件を破ってしまったので、わたしは家に戻らなければいけません。アルフィー様の護衛は王家から新たに派遣されると思います」
「そんな……」
リゼが口を覆う。ミリーは悲しそうに微笑むと、立ち上がり、使用人たちのほうへと身体を向けた。
「みなさん、良くしていただいてありがとうございました! 侯爵様をこれからもよろしくお願いいたします」
伯爵令嬢として美しい礼をしたミリーに、使用人たちの目からは涙が溢れる。
「料理長さんのお料理は世界一美味しいです」
「ミリー様……」
「マーサさん、お手伝いできなくなりますが、無理はしないでくださいね」
「あんたがいないと坊っちゃんは……」
ミリーは使用人たちの前まで行くと、一人一人と言葉をかわす。マーサは涙を流しながらミリーを抱きしめた。
「侯爵様にはみなさんがいるから大丈夫です。わたしがいなくても……」
泣きそうな顔で笑うミリーに、アルフィーは思わず叫んだ。
「ミリー、君はみんなを僕の家族だと言ってくれた。その中に君はいないのか!?」
「侯爵様?」
振り返ったミリーへとアルフィーは距離を詰めていく。
「僕は……これからも君に側にいて欲しい!」
――頑張れアルフィー様!
じっと見守る使用人たちからは、そんな声が聞こえてきそうだ。距離を詰めたアルフィーはミリーと向かい合う。視線があえば、ミリーは躊躇いがちに目を伏せた。
「条件を破った以上、専属契約の交渉も難しいかと……」
――やっぱり、そっち!?
盛大に突っ込む使用人たちにミリーは気づかない。目の前で困っているミリーに、アルフィーは不敵な笑みを浮かべた。
「大丈夫。ロカール侯爵家の力を総動員して君をこの家に迎え入れてみせるから」
「でも……」
「この家にいれば、君が食べたいものを毎日作ってあげられるよ? ……料理長が」
「あ、侯爵様、俺を使った」
なりふり構わないアルフィーに、料理長から抗議の声が漏れる。
もちろんその声もにも気づかず、ミリーは戸惑っていた。アルフィーは勝負だとばかりに畳み掛ける。
「これからも僕の側にいれば、ミリーは空腹を気にすることなく美味しいものがたくさん食べられるんだ」
「~っ、側にいます!」
「いいのかよ!」
悩んだ割には返事が早かった。食べ物につられたミリーに、料理長は盛大にツッコんだ。
ミリーの返事を聞いたアルフィーは笑みを深くし、逃がさないとばかりにミリーの肩に手を置く。
「うんうん、一生僕の側にいるといいよ」
「はいっ!」
にっこりと笑うアルフィーにミリーは目を輝かせた。もちろんミリーはアルフィーの意図に気づいていないのだろう。大方、専属契約で一生美味しいものが食べられると思っているに違いない。
「……レイ、ソワイエ伯爵家に訪問の約束を取り付けておけ」
アルフィーはミリーを解放すると、レイを側に呼びつける。
レイは声を潜めてアルフィーを見た。
「……何といって?」
「ミリーに婚約の申し入れだ」
「……! ソワイエ伯爵家が受け入れるでしょうか?」
「受け入れさせてみせるさ。僕を誰だと思っている?」
「……かしこまりました」
ひそひそと話す二人に、リゼもひそひそと割って入ってくる。
「アルフィー様? ミリー様は護衛の専属契約だと勘違いされているようですが?」
「うん。今はそう思っておいてもらえればいいさ。先にミリーさえ手に入れておけば安心だからね。時間はたっぷりある。婚約の話は追々……ね」
「うわあ……アルフィー様の本気スイッチを入れてしまいましたね、ミリー様……」
三人が何を話しているのかなんて知らないミリーは、使用人たちと楽しそうに話をしていた。
「美味しいご飯を条件にしてくださるなんて、侯爵様はやっぱりお優しい方です!」
嬉しそうに笑うミリーに、「優しい……?」と使用人たちは各々首を傾げている。
アルフィーはそんなミリーの笑顔を見ながら、絶対に手放さないと固く誓ったのだった。




