14.帰還
(ミリーは最初から僕だけを逃がすために……。くそっ、結局守られてばかりじゃないか!)
脱出シュートを滑り落ちるアルフィーは為す術もなく、自分の情けなさに腹を立てていた。
眩しい光がぽっかりと浮かび、出口だと認識する。
「アルフィー様っ……!」
滑り出て来たアルフィーを毛布で受け止めてくれたのはレイだ。
「レイ……? ミリーに言われて待機していたのか?」
ミリーはレイが受け止めてくれると言っていた。自分を守るためにミリーはどれほどのことを準備してきたのか。そんなことを考えながらアルフィーはぼんやりとレイを見上げた。
「ミリー様はすごいですね。いつの間にか脱出口を作られていて……。王族に仕える彼女だからこそ考えつき、実行できるのでしょうが……」
出口は屋敷から離れた裏手に設けられていた。
レイは感嘆を漏らしながらもリゼに目配せをしている。リゼは頷くと、走ってどこかへ行ってしまった。
「ん? 王家に?」
まず、レイがミリーの呼び方を変えていることをツッコミたかったが、それよりも気になったことをアルフィーは訊ねた。
「ミリー様はオリヴィア王女の護衛をされていたそうです。しかも男装で」
「は? え? 護衛? 男装?」
情報が過多である。しかもなぜ自分が知らないミリーのことをレイが先に聞いているのか。腹立たしくも、頭が追い付かず忙しい。
「王太子殿下の秘密の恋人というのは、私たちの早とちりだったようです」
「~~っっ!?」
この勘違いに一番振り回されたのはアルフィーかもしれない。
恋を自覚した今では、もっと早くに知りたかったと思っていると。
「坊ちゃま!」
涙を流しながらマーサが走り寄って来た。
「ご無事で良かった……!」
抱きついてきたマーサを受け止める。
「心配かけてすまなかった。他の者たちは全員逃げられたんだよな?」
アルフィーの問いに微笑むと、マーサは後ろを振り返った。
「侯爵様ー!」
医者を連れて来たリゼの後ろには使用人たちが続いていた。クビにしたはずの者たちまでいる。
「何で……」
目を見開いて合流した使用人たちを見渡すと、料理長が前に出た。
「ミリー様が屋敷に突入する前、玄関前にいた俺たちに教えてくれたんです。……侯爵様、水臭いですよ。俺たちも巻き込んでください」
「……!」
ミリーと同じ言葉を発した料理長に、アルフィーの胸が熱くなる。ミリーの言っていた通りだ。
しかも使用人たちをよく見れば、顔に煤をつけて黒くなっている。消火活動をしてくれていたのだと、すぐにわかった。
「……皆、すまなかった。その……いま、さら、だが……また……僕に、仕えてくれない……だろうか」
必死に紡ぎながら言葉を吐き出す。他人を求めることは、アルフィーにとって恐怖だった。
自身のために犠牲になった母のように、また誰かを危険にさらすかもしれない。
『家族なんですから』
ミリーが言ったように、信頼できる数少ない使用人たちは、アルフィーにとって家族のようなものだった。
その言葉を反芻するように目をつぶれば、恐怖で震える手も落ち着いてくる。
(本当に、ミリーには敵わないな)
「もちろんですよ!」
アルフィーが目を開ければ、料理長が胸を叩いてニカっと笑っていた。後ろにいる使用人たちも笑顔でアルフィーを見ている。
「皆……ありがとう」
ほっこりとした空気が流れると、ゴオッと音を立て、後ろにそびえるロカール邸の尖塔の上まで炎が上がった。
「ミリーは!?」
血相を変えたアルフィーの問いに皆が顔を見合わせる。
「リゼ……ミリーは……」
アルフィーは自然とミリー付きだったリゼに縋るように視線を向けた。
リゼは断念したように目を閉じて、首を横に振った。
「……消防隊は!」
「……現在王都のあちこちでボヤ騒ぎが起こっており、こちらに回す余裕がないようです。こちらに到着するには時間がかかりそうです。おそらくこれも第二王子派の計画のうちかと……」
「ミリー……!」
屋敷全体が炎に包まれてしまい、誰の目から見ても脱出は不可能だ。
「ミリー!」
「アルフィー様っ!?」
屋敷に向かって走り出したアルフィーを、レイが慌てて追いかけてくる。その後をリゼ、料理長たちも追いかけてきた。
「お待ち下さい、アルフィー様!」
「離せ! ミリーがまだ中に!」
屋敷の正面まで回れば、炎の熱さでそれ以上は近付けない。火の粉も舞い、ここにいることすら危険だ。
「ダメです、アルフィー様!」
それでも屋敷の中に入ろうとすれば、レイは身体を張って止めてきた。さらに駆けつけた料理長が加勢することにより、アルフィーは身動きがとれなくなってしまう。
「ミリー!!」
真っ赤に染まる屋敷へ叫んでも、返事が返ってくることはない。
ミシミシと一部が焼け落ちてくる。
「危ないです、下がってください!」
リゼの叫びとともに、屋敷の屋根が崩れ落ちた。
「ああ……ああ……」
その場に崩れ落ちたアルフィーは、レイと料理長に抱えられ、正面口中央にある噴水の場所まで下がった。
先ほどまでの消化活動はここからされていたのだろう。噴水内の水深が浅くなっている。
レイと料理長に支えられていたアルフィーは、そのまま噴水の縁へと倒れ込むように手をついた。
(巻き込んだ結果がこれか……! 僕はミリーを失うのか……?)
ズンッと大きな音に振り返れば、屋敷が崩れていくのが目に映る。それを呆然と眺めながら、アルフィーの目からは涙が溢れた。
「ミリーぃぃぃぃぃ!」
「侯爵様〜!」
力いっぱい屋敷に向かって叫べば、今度は返事が返ってきた。
「ミリー!?」
遠くのほうから微かに聞こえるミリーの声に、アルフィーは耳を傾ける。
「侯爵様〜!」
アルフィーを呼ぶミリーの声がだんだんと近付いてくる。目を凝らせば、燃えさかり崩れ落ちていく屋敷をバックに、ミリーがこちらに向かって歩いくるのが見えた。
「ミリー!」
アルフィーはすぐにミリーの元へ走った。
「ミリー様!」
リゼを始めとした使用人たちもアルフィーの後ろを追いかけてくる。
アルフィーが近付くと、ミリーは肩に刺客を担いでいた。
あの業火の中男一人抱えて脱出してきたのも信じられないが、アルフィーはミリーの状態に目を瞠った。ミリーの騎士服は焦げた部分があるものの、煤で黒くなっているだけで、綺麗な状態だったからだ。
「ミリー、君はやっぱり……」
アルフィーの推測が確信に変わっていく。
ミリーは気を失った刺客を地面に下ろすと、きょとんとした顔でアルフィーを見た。
(いや、今はそんなことより……)
アルフィーは目の端に残っていた涙をぐいっと手で拭うと、ミリーに一歩近付く。
「無事で良かった……よく戻って来てくれた」
手を広げミリーを抱きしめようとしたアルフィーの胸元に、ミリーが顔を埋めてきた。
「ミリー!?」
ドッドッと心拍数を上げながらアルフィーの顔が赤くなる。
(もしかして、ミリーも僕を……?)
ミリーは王太子の恋人なんかではなかった。二人の間に障害はない。さすがに鈍いミリーも、危機に瀕してアルフィーへの恋心を芽生えさせてくれたのかもしれない。期待に胸を高鳴らせ、アルフィーは胸にもたれるミリーの背中にそっと触れた。
「ミリー……僕は君を……」
もう片方の手をミリーの頬に添え、そっとミリーの顔を持ち上げれば、栗色の目は虚ろだった。
「え?」
期待していた表情と違う。アルフィーはぎょっとしてミリーを見た。
「お腹……すいた……」
「うわー! ミリー、しっかりしろ!」
その場にパタリと倒れ込んだミリーを必死に支えながら、アルフィーは叫んだ。
「え? 今のは愛を確かめ合うところじゃね?」
「そもそもミリー様の感情に、恋とか愛とかあるのでしょうか?」
料理長とリゼがひそひそとアルフィーの後ろで話している。
いつの間にかアルフィーを追いかけてきていた使用人たちが、後方でひっそり二人を見守っていたようだ。
二人の会話を聞いていたアルフィーがわなわなと振り返る。
「はい、急いで別邸に移りますよ! 準備しなさい」
しかしレイがいつもの様子で皆を仕切り始めたので、使用人たちは逃げるように散っていってしまった。
燃えさかる屋敷の周りでは、消化活動が進められている。ようやく消防隊が到着したようだ。




