第五十二話 航海大荒れ模様
どうにか緑峰大陸から離れることに成功した俺たち、
海に出て最初の頃はトラブルはなかった。
「海って綺麗ですねケルエタさん」
「もしかして初めて見ました?」
「初めてです」
むしろ少し楽しんでるレベルだったが、
3時間もするとトラブルが起きた。
「お、おい! なんか海面に出てきたぞ!」
シルフさんがそう言ったのが発端だ。
この世界の海は水族が支配している。
水中じゃ水族は最強、種族的な強さじゃ敵わない。
「リルメスお嬢様、操縦をお任せします」
「え、えぇ、任せなさい!」
この辺りの海域は【四地中央海】って呼ばれてて、
世界の中心に位置するデッカい海だ。
水深もかなり深いらしいし、水族も多い。
加えて【芯宴の灘】って海域も近い。
俺たちが向かう港はハンドラ王国の最北端にある、
ハルグーラ港。思いっきり芯宴の灘を通る。
そもそもなんでこの海域が問題かと言うと、
そこには水族が住んでないのが問題なんだ。
海と海との境目には強力な水族が集まる。
「触手……ってことは」
「王蛸族ですか……!」
海面から伸びる赤黒い触手、
それを見たグラバさんが種族名を言い放った。
【全知脳発動】
【王蛸族について(後書きにて記載)】
ダイオウイカならぬダイオウタコってことかよ!
ってよりも……クラーケンみたいじゃん!
「ケルエタ様、私以外をリルメス様のすぐ近くに。
船に危害が及ばぬよう早急に討伐いたします」
グラバさんは慣れてる様子で指示してくれた。
だから俺も言われた通りにして、離れた場所からグラバさんの後ろ姿を見つめる。
王蛸族は特殊個体以外は英級程度、
負けるってことはないと思うが……
「炎道灰界、火の神はそう言った。
旭日の下、一本の炎道に達する者、
黎明の暁を身に、一切を灰燼と化せ。
炎天炎……!」
グラバさんが杖を取り出して放つのは俊級火魔法、
水族は基本的に熱に弱い奴が多い。
炎天炎は広範囲を火の光線で埋め尽くす魔法、
王蛸族は身体が大きいから、
まさに大正解とも言える魔法の選択だ。
「グラバの魔法を見てるといつも思うのだけど、
なんだか……あれになれるか不安だわ」
リルメスがポロッとそう本音を漏らした。
「リルメスちゃんは魔法の天才だからなれるよ。
グラバさんも認めてくれてるし……?」
フリィアちゃんのフォローが早い。
しかもリルメスにとってそれは大正解なフォローだ。
「ふへ、え〜〜? そう? あたしは天才?
そうよ! 魔法の天才なんだからなれるわ!」
チョロすぎるのもちょっとダメだな……
そんなチョロいリルメスが話す中、
グラバさんはこっちへ歩いて戻ってきた。
「王蛸族は討伐完了です。
引き続き進みましょうか」
呆気ない……というよりグラバさんが強すぎる。
死のリストも赤文字じゃなかったしなぁ。
やっぱ心強いなグラバさんは──
【*死のリストが更新されました
赤文字追加:赫耀の王蛸による殺害
対象:フリィア・サタニルド
:リルメス・レクセト・ボルワール】
見やすくなってる……ってことよりも、
特殊個体じゃん!! なんで!?
「全員今すぐ何かに掴まって!!」
俺が咄嗟にそう言った瞬間、
船が大きく揺れて海面が真っ赤に光った。
赤い光が空に昇ってくのがわかる。
「な、何事です……!?」
「グラバ! 実は倒してなかったんでしょ!?」
「いえ! 確実に仕留めたはずですが……!」
【全知脳発動】
ははーん……そりゃ困惑するか。
めっちゃ専門知識だぞこれ……
【赫耀の王蛸についての知識。
赫耀の王蛸は王蛸族が火魔法によって絶命した際、
稀に身体が高温へと即座に適応し復活することで、
火の魔力を扱えるようになった特殊個体。
等級は準俊級から俊級ほど、
常に赤く発光しており、寿命は非常に短い】
体力の消耗が激しすぎて寿命は短いのか。
まあそりゃそうだよな。それよりも……
「準俊級から俊級レベル……
グラバさん……どうします?」
「……逃げましょう。海面から水蒸気が出てますし、
おそらく火の魔力を体内に有している。
あれ自体に知識はありませんけど……
ここで戦うよりも逃げた方がいいでしょう」
グラバさんは元々冒険者なだけあって判断が早い。
実際それはめちゃくちゃ助かる。
「逃げるって……そんな速度出ないわよ!」
「帆が破れたらそれこそ……」
リルメスとルダクルは信じられないという、
驚きながらも困った様子の表情を見せてくれた。
チッチッチ、甘いな。
この人はグラバさんだぞ?
それくらいどうにか──
「……迎撃しながら芯宴の灘まで逃げます。
そうしたら追って来れないはずですから」
え?
「もし追ってきたらどうするですなの……?」
「その時は詰みですね。
一か八か、私が海に飛び込んで討伐します」
えぇ!? グラバさんでも無理なの!?
速度を早くする方法とかないの……?
「リルメスお嬢様、焦らずに前方へ船を。
メアラ様やルダクル様は船内に」
リルメスが船を動かして、
戦えない二人は安全な場所に。
グラバさんは続けて指示した。
「フリィア様にはリルメス様の護衛を、
私からお願いしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです!!」
フリィアちゃんは大剣を背中から下ろして、
両手で掴んで持ち上げる。
「あの、俺たちは?」
残ったのは俺とシルフさんだけ。
「シルフさん、強化魔法を私にかけれますか?」
「できるけど……魔力増強がいい?」
「それでお願いします」
あの、俺は?
「あの〜」
「……ケルエタ様は……リルメスお嬢様の方で、
船の進む方向を指示してくださいますか?」
よかった〜!
ちゃんと俺にも役目があった〜!
「はぁい!!」
全員に指示が行き渡ったことで、
これより開戦だ。
* * *
タコは賢い生き物だ。
人の三歳児に匹敵する知性、
心臓が三つあるのも有名な話だ。
ただそれは俺が元いた世界の話。
異世界のタコは色々と魔改造されてる。
例えばだが、心臓が三つとされるタコだが、
魔力は基本的に心臓から全身に流れるため、
こいつは魔力の核を三つ持っている。
そう、超ハイスペック生物。それが蛸族なんだ。
といっても、今俺たちが対峙するのは王蛸族、
蛸族の亜種族で身体が大きい。
「水斬叨!」
超巨大な赫耀の王蛸の八本の触手は超デカい。
グラバさんはその触手を切り落とすために、
単音詠唱で上級水魔法を放った。
青い斬撃、破浄斬に似てるが威力が桁違い、
まあ言っちゃえば上位互換だ。
単音詠唱は元の魔法の十分の一しか威力を出せない。
それにも関わらずグラバさんの魔法は、
海面から伸びて船へと向かってくる赤黒い触手を、
見事真っ二つに斬り裂いたんだ。
「魔力増強……凄まじいですね」
「一応言っておくけどグラバさんが強すぎるだけね」
グラバさんの強さに魅了される中、
触手から大量の蒸気が上がり、
一瞬にして断面から触手が再生した。
「まあ……簡単にはいきませんよね」
「フリィ! 触手来てるわよ!」
「任せて!」
グラバさんの方ばかり見ていたら、
こっち側にも触手が迫ってきていた。
巨大な触手を前にしてフリィアちゃんが跳ぶ。
身体を軸にして回転し始め、触手に大剣が当たった瞬間、一気に触手が斬り裂かれた。
「さっすがフリィね!!」
フリィアちゃんはまだ十二歳だが、
すでに上級剣士の強さだ。
にしても大剣という大ハンデを背負って、
あそこまで身軽に動けるのは不思議……
なんであんなに動けるんだ?
「っと……」
フリィアちゃんは見事に着地して、
一瞬で再生する触手を見て大剣を構え直す。
逃げ切るのは難しいと思ったが、
なにも無理難題な話じゃないな。
「それにしても……これってどれくらいで、
芯宴の灘ってところには着くんですか?」
「えーと……あと、1時間くらい?」
俺がそう言うとリルメスがツッコんできた。
「はぁ!? 1時間って本気!?」
「この速度だとどうしても……!」
「1時間……これかぁ」
船底はグラバさんの空間魔法で守れてるが、
完全に安全ってわけでもない。
「……ケルエタ! この船に紐と布はあるかしら?」
「あると思いますが……物資はそのままなので」
「長い棒とかもあるかしら!」
「えぇ多分……ですがなにに使うんですか?」
リルメスが変なことを聞いてきた。
「ふふふ、聞いて驚きなさい!
あたしの天才的な発想で1時間を変えてあげる!」
「リルメスちゃんそんなことできるの!?」
……なんだ。マジで予想ができないぞ。
一体……なにをするんだ?
王蛸族についての知識
蛸族の亜種族として存在する種族。
生息地は四地中央海であり、超巨大なタコである。
黒い体表に粘液を纏っており粘液は麻痺毒、
寿命は四百歳ほどでありかなり長寿だが、
好戦的な性格のため実際はもっと短い。
水族の中でも害悪とされており、
船が沈没する原因の二割を占めている。
特殊個体になる場合もあり、赫耀・王蛸と呼ばれる。




